2013年11月26日

映像制作者と被写体の関係における倫理について(その3)




3 「リアリティTV」の憂鬱

 今回は、特集企画「6つの眼差しと<倫理マシーン>」から、アリエル・シュルマン、ヘンリー・ジュースト監督作品『キャット・フィッシュ』(アメリカ・2010)についてその感想を記す。

 これは、アメリカで大人気になっているというテレビ番組のジャンル、「リアリティTV」風の作品である。
 概要を述べると、20代の映像作家である主人公ネブが、ネットを通じて交流を始めた見知らぬ女性の正体を確かめるために、仲間とはるばる会いに行くというお話である。
 ある日、映像作家であるネブの作品(男性のダンサーが女性のダンサーを抱え上げている写真)が新聞に掲載される。すると、それを観てあなたのファンになったという8歳の少女アビィから、ファンレターとともにその写真を絵画に描いた作品が送られてくる。ネブがアビィと電子メールでやり取りをはじめると、彼女は何度も様々な対象を描いた作品を送ってくる。彼女の作品は高い評価を受け、地元のギャラリーに展示されていると言う。(このあたりから、ネブとともに映像製作の事務所を運営しているネブの兄・レイがネブの様子をビデオに記録し始めた、ということになっている。)
 そうこうしているうち、ネブはfacebookでアビィの異父姉だというメーガンと知り合い、美人でセクシーな彼女の写真をみて興味を積のらせていく。(このころから、レイとその友人が、鼻の下を伸ばしてメーガンとやり取りするネブの様子を映像作品にしようと意識して撮影し始めた、とされている。)
 しかし、メーガンとやり取りしているうちに、ひょんなことから彼女が嘘をついていたことを知り、ネブはメーガンという女性の存在そのものに疑念を抱くようになる。そして、ネブの兄と仲間の3人はメーガンの正体を確かめようと車に乗り込み、泊りがけの旅をしてアビィの住む町へ訪ねていく。
 すると、・・・アビィという少女は実在していた。だが、絵を描き、ネブとメールの交換をしていたのはアビィになりすました彼女の母親で、ナイスバディで美人のメーガンはこの太った母親が他人の画像を剽窃してネット上に作り上げた架空の存在だったことが判明する。

 さて、この作品のキモはここから先の部分にある。
 このアビィの母親である女性(名前は失念した)は、ある子持ちの男性と結婚し彼らと同居していたのだが、その前妻が残していった二十歳ほどの双子の男の子は、二人とも重度の知的障がい者なのだった。彼女は自分の夢を捨てて家庭に入り、専業主婦としてこの子どもたちの世話をする日々を過ごしていたのだ。
 この作品のクライマクスは、ネブとこの女性とが向かい合って椅子に腰掛け、対話するシーンである。
 女性は夢を諦めて家庭に入り、こうした毎日を過ごしていることを語りながら、涙を流す。それに対して、ネブは彼女を非難することも受け止めることもできないまま、ただ表面的な応対で軽薄さを曝け出すばかりなのだ。
 作品の最後に近いあたりに、この女性の夫にインタビューするシーンが挿入されている。そこで夫は、このような嘘をついて若い男性とメール交際していた妻について、「Catfish」(ナマズ)の喩えを持ち出してかばう。彼は鮮魚を輸送する仕事に関わっているのだが、タラを生きたまま輸送するために、タラの水槽にナマズを一匹入れる。するとタラはキビキビとして、生きがいい状態で輸送される。・・・妻にとって、ネットで架空の女性に成りすまして男性と交際することは、彼女の(あるいはこの家族の)日常にとってCatfishのようなものなのだと思う、と。


 上映後のディスカッションでは、まず、コーディネーターの米ミシガン大学教授の阿部マーク・ノーネス氏が、「リアリティTV」について簡単に解説した。
 「この作品はアメリカで大変な人気を呼んだ。全米の映画館で公開され、その人気ゆえにテレビでシリーズ化もされた。私の大学で映像作家を目指している学生の就職口として、『リアリティTV』製作は大きな受け皿となっている。『リアリティTV』の製作で生活費を稼ぎながらドキュメンタリー映画作家を目指す、というのが卒業後の道になっている。
『リアリティTV』は、<ダイレクト・シネマ>の流れから出てきた手法だが、撮影する者とされる者の環境を整え、そこに予想できない刺激を投げ込んで何が起こるかを観察する手法がメインになっている。出演者に対する演出はないが、撮影対象が置かれる環境については徹底した管理がなされている。」

 このディスカッションのモデレーターはブライアン・ウィンストン氏、登壇者は映画監督の関口祐加氏と映画監督でプロデューサーでもあるゴードン・クイン氏(アメリカ)。
 なお、関口監督は、自分の母親を被写体にした映画『毎日がアルツハイマー』の作者。「映画で飯が食えないので、オーストラリアの映画学校で教えている」と話していた。
 ウィンストン氏は、この作品を取り上げた視点として、ひとまずは「映画の製作や発表にあたって、被写体の同意を必ず得るべき」という倫理を挙げた。また、クイン氏について「クイン監督の『フープドリームス』は障がい者を被写体にした作品だが、クイン監督は撮影後も被写体となった障がい者に長年に亘って金銭的支援を行っている」と紹介し、製作者と被写体の関係のあり方として「被写体=出演者に金を払うべきかどうか」という提題も行った。
 ところで、「キャット・フィッシュ」には、ネブたちが、アビィ宅の訪問を決意する前、ネット検索などでメーガンが架空の人物だと見抜いた時点で、この事実にショックを受けたネブが、レイに、これ以上撮影するのを止めてくれ、と言って塞ぎ込むシーンが挿入されている。ここでは、ネブは製作者であるとともに被写体でもある。
 とはいえ、もちろんここでの倫理的課題は、嘘が暴かれるあの母親の同意を得たかどうか、そして大ヒットしたことによって得た利益から彼女に幾許かの支払いを行ったかどうか、という疑問として、ひとまずは提起された。

 支払いの問題については、ゴードン氏は「たまたま利益が出たから出演者にも還元しているということだ」とさらりと流したが、この問題は現実としてなかなか難しい要素を含んでいるように思える。
 被写体=出演者の同意を得ることについては、さらに難しい問題があるだろう。しかし、ウィンストン氏は、同意を得ない公開はドキュメンタリー作品への信頼を失わせるとして、必ず同意、それも事前同意をとる必要があると語った。

 誰からだったかは記憶していないのだが、この作品に関しては、重い障害のある夫の連れ子を二人も世話する女性に対して、その嘘を見破り正体を暴こうとして訪問した撮影者たちの方が、如何にも軽薄で愚かしく見える。架空の人物を創りだしてネット上で男を騙しつづける女の“存在の耐えられない重さ”(これは高啓の表現)に対して、映画作家の側がまったく対峙できていない、という批判が出された。
 これに対して関口監督が、「撮る方の愚かさや未熟さが出ているからこそ、このフィルムは作品として成立しているのだ」という趣旨の返しをしていたのが印象的だった。

 関口監督が言ったように、この作品に魅力があるとすれば、それは重い現実を抱えて生活しているひとりの女性のまえで、最初はスケベ心で、そして嘘を見抜いてからは正体を突き止めてやろうとする(あるいは嘘をついた人間の実態を暴いてやろうとする)、好奇心とも悪意ともいえる映像作家根性でやってきた若造が、成すすべなくうろたえる姿を定着しているからだと思える。
 だが、この映画の作風は如何にもポップなノリで、物語の進行は手際よくリズミカルに編集されている。どしっと重く、尾をひきそうな“リアリティ”が、いわば日常生活意識に対する適度な刺激として機能するCatfishの如くにアレンジされ、一方でそのリアリティに触れた主人公の作家たちは、自分たちの不細工な姿をビター・チョコレートみたいに旨く加工して観客に提供する。
 このパッケージ化された関係性の上げ底感は並みのそれではない。こんなもののために精力と時間を費やす映像作家がたくさんいるとしたら、それこそが映像の<非倫理マシーン>として唾棄さるべき存在であるだろう・・そう思ってしまう。(この項、了)



                                                                               



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Posted by 高 啓(こうひらく) at 01:07│Comments(0)映画について
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