2018年10月06日

近況報告と告知






 このブログの更新がだいぶ疎かになっています。
 その言い訳をしながら、イベントのお知らせを掲載します。

 高啓は今年の4月から職場と仕事上の身分が変わりました。つまり一兵卒に戻り、30年ほど前に担当していたような業務量の多いポストとなりました。時間外勤務の量は僅かですが、勤務時間内の労働密度は格段に上がり、緊張を強いられる要素もあって、周りの同僚とその日の天候の話をする余裕もありません。というか、周りの人たちが世間話をしていると腹が立ってくるほどです。(-_-;)
 それで、というのは口実で、じつは生来の怠惰さがもっとも大きな要因ですが、勤務を終えて帰宅すると、一日の疲れを癒す晩酌の誘惑に勝てず、その後はほとんど生産的な時間の使い方ができていません。そのうえ、来年早々に某国家試験を受験する予定のため、休日の机に向かう僅かな時間も試験勉強に充てているというタハハな次第です。
何人かの方々、面識のない方々からまで著作や同人誌をご恵送いただいておりますが、御礼の返書もほとんど差し上げておりません。全員に返事をする気は毛頭ないのですが、しなければならない方にもできていません。ほんとうに申し訳ありません。

 こんなぐうたらな日々を送っている高啓ですが、山形県詩人会の事務局長を引き受けてしまいました。山形県詩人会の事務局は山形市在住者が適任とされているのですが、山形市内在住の詩人会会員は年齢層が高く、相対的に若い高啓が引き受けざるを得なかったのです。
 加えて、山形市芸文協の会員であってかつは山形県詩人会の事務局を担当しているとの理由により、高啓は本年度の「やまがた文学祭」の実務担当責任者を引き受けることになりました。
 「やまがた文学祭」というのは、毎年、山形市芸文協会が山形市から委託されて実施している事業で、市芸文協の文学関係各部門(詩、短歌、俳句、川柳、児童文学、小説・随想・評論の6部門)が、順番に主管して実施しているイベントです。今年は6年ぶりに「詩」部門に回ってきたというわけです。
 実施するのは市芸文協のなかに置かれる「やまがた文学祭実行委員会」(文学関係各部門の芸文協役員等で構成)ですが、実務は県詩人会が中心的に担うことになりました。また、今年は「やまがた文学祭実行委員会」の委員長も、県詩人会会長の高橋英司氏が引き受けることになりました。

 ということで、今年の「やまがた文学祭」はどんなことをやるのか・・・というのが、ここに掲載したチラシの内容です。たくさんのみなさんにご来場いただきますようご案内申し上げます。

 講演は、詩人であり小説家でもある小池昌代さんに依頼しました。小池さんは翌日、ご自身が選考委員になっている大阪文学学校の「小野十三郎賞」の授賞式があるため、大阪に行かなければならないところ、スケジュールを調整して来形してくださることになりました。当日中に帰京されるため、懇親の機会をもてなくて残念ですが、山形の人々と向き合う短い時間を有意義なものにしてくださるものと期待しています。
 なお、小池さんは出席されませんが、朗読ステージを上演してくださる阿蘇孝子さんら「酒田 詩の朗読会」の皆さんを囲む懇親の場(アルコール含む飲食あり)を設ける予定です。参加希望の方は高啓まで事前にお知らせ下さい。別途ご案内を差し上げます。恐縮ですが、会費(5,000円程度)は事前に振込か書留で郵送していただきますのでご了承のうえ。

 ところで、このチラシの下の方に、当日来場者に冊子を差し上げますと記載がありますが、冊子『やまがた現代詩の流れ2018~山形の現代詩は何を描いてきたのか~』もぜひお読みいただきたいと思います。
 内容は、①この6年間の山形県における現代詩表現活動の記録、②この6年間に物故された県関係詩人各人の回顧(人物と作品の紹介)・・・ここまでは前回同様、そして今回の特集として、③「山形の現代詩は何を描いてきたのか」と題する座談会を収録しています。
 この座談会は、2014年4月から2018年3月まで山形新聞に月2回のペースで計102回連載された「やまがた名詩散歩」を分担執筆した詩人たち(近江正人、高橋英司、万理小路譲、いとう柚子、井上達也、伊藤啓子の6氏)による座談会です。高啓が開催を呼びかけました。
 「やまがた名詩散歩」(102回の掲載で実数80人ほどの詩人の作品を紹介)の記事を執筆したことを手掛かりに、「やまがたの名詩」とはどのようなものかについて意見交換してもらいました。「やまがた名詩散歩」は山形県所縁の物故詩人とその作品を取り上げて紹介・鑑賞する企画連載でしたが、座談会ではこの連載が山形県の詩史において大きな意義を持つ企画だったことが改めて語られています。その一方、高啓が企図した「やまがたの名詩」とは如何なるものかという議論に関しては話が分散して噛み合わず、自分が仕掛けておいて無責任な言い方になりますが、今一つ掘り下げを欠く印象になりました。
しかこのことを逆に考えると、「やまがたの名詩」とは如何なるものかという問いかけがそもそもとても難しい課題であること、そして「やまがたの」ということの意味、さらには「名詩」という概念が人によって大きく異なっていること、これらが改めて明らかになったというのがこの座談会の意義だったともいえます。
 さらに、この冊子には、④「酒田 詩の朗読会」によって当日会場で朗読される詩作品が掲載されています。朗読者・阿蘇孝子が選んだ“朗読したい山形の詩”です。
ぜひ、当日会場にいらして、この冊子を入手してください。
 では、11月16日にお会いしましょう。



  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 11:15Comments(0)活動・足跡

2018年04月06日

山形県詩人会主催・文学講演会(2018)





山形県詩人会文学講演会 2018

「地方」像のゆらぎ

1945~50年代山形の文学をめぐって

講師:山形大学人文社会科学部 准教授 森 岡 卓 司 氏


 戦中から戦後にかけての数年間は、「地方」を描くことが政治的・社会的に重要な意味を持った時代だと言われています。
 文学(ことに詩)の領域においても、「地方」像やその理念をめぐる議論と実践が数多く行われました。
 それらは、たんに文学的技法をめぐる論争に止まらず、生活記録、民俗(民話)研究などの隣接領域と関わりながら、文学というジャンルそのもののアイデンティティを問い直すことに繋がるものでした。
 山形大学で日本近代文学を研究されている森岡卓司先生から、当時の「地方」の代表のひとつであった山形に関する言説について、長崎浩、真壁仁、亀井勝一郎らにおける特徴的な事例を紹介いただきながら、「地方」像をめぐるゆらぎの意味をお話いただきます。

日 時 :平成30年4月21日(土)15:30~16:30
※15:00からの詩人会総会議事終了後の開始となりますので、講演会開始が遅れる場合があることを御了承ください。
会 場 :山形グランドホテル 3階 ローズルーム
申込み:山形県詩人会事務局 
 電 話:090-1064-3145   メール:cywpp(あ)yahoo.co.jp
※ 山形県詩人会の講演会を一般公開するものです。入場は無料です。
  当日の参加も可能ですが、準備の関係上なるべく事前の申し込みをお願いします
  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 00:48Comments(0)山形県詩人会関係

2017年08月29日

現代詩人会東日本ゼミナール

 山形県詩人会の告知です。

 日本現代詩人会では、毎年、東日本と西日本でそれぞれ1回ずつ「現代詩ゼミナール」を開催していますが、今年の東日本のゼミナールについて、下記の通り山形県(酒田市)での開催を引き受けることになりました。
 なお、同ゼミナールは、会員のみならず、一般の方にも参加いただいています。






 酒田開催の経緯は以下の通りです。
 日本現代詩人会から山形県開催の打診を受け、山形県詩人会の理事会で開催地を検討したところ、高橋英司会長ほかの提案により酒田市で開催することとなりました。
 内陸の県都・山形市から遠く離れ、しかも山形市に比べて各地からのアクセスが不便な日本海岸の酒田市では参加者集めがたいへんなのではないかと危惧する者(たとえば高啓)もいましたが、①前回(2008年)は山形市で開催し成功裡に終わったが、山形市だけが「山形」ではない。今回は県都以外で開催したい。②山形県内ではいま酒田市の詩人たちがいちばん活発に活動している。③テーマとして取り上げる吉野弘の出身地である。(同じくテーマとして取り上げる黒田喜夫所縁の寒河江市での開催も検討。)④江戸時代に北前船で栄えた酒田は文化的な蓄積や観光資源が豊かなので、県外からの参加者も呼べるはず。・・・などの理由で、酒田開催を決めたものです。
 また、前回は集客の意図も込めて岡井隆氏に講演を依頼したのですが、今回は有名人は招聘せず、自前(山形県内の詩人たちによる講演)で開催することにしました。
 ということもあり、テーマの方は有名な詩人たち、つまり戦後詩史に大きな足跡を残したふたりの山形県出身詩人「吉野弘」と「黒田喜夫」を取り上げました。

 吉野弘について講演する万里小路譲氏は、酒田市と隣の鶴岡市在住。『吉野弘 その展開視座の詩学』という著書があります。
 黒田喜夫について講演する木村迪夫氏は、黒田喜夫を「兄」と慕い、親交をもっていました。詩人としても現代詩人賞など数々の賞を受けられ、その生きざまは『無音の叫び声~農民詩人・木村迪夫の牧野村物語~』(原村政樹監督)という映画にもなっています。
 なお、高啓は黒田喜夫の詩「毒虫飼育」を取り上げ、従来の黒田詩をめぐる議論とは異なった観点から、この作品がもつ画期的な意義について考えを述べる予定です。

 ご参加をお待ちしております。



現代詩ゼミ ナール <東日本> in 酒田

「吉野弘と黒田喜夫の山形」

   主催 日本現代詩人会・山形県詩人会
  後援 山形新聞・山形放送 山形県芸術文化協会
  日時 20I7年Ⅰ0円2Ⅰ日(土)午後Ⅰ時30分~ (受付1時~)
会場 ホテルイン酒田駅前内 (4F ル・ポットフ一)
(酒田市幸町1-10-20 電話 0234‐26‐2218)
参加費 日本現代詩人会会員・山形県詩人会会員は無料 一般参加者:資料代 500円

  プログラム
■講演 「吉野弘について」・・・・万里小路譲
     「黒田喜夫について」・・・木村 迪夫

■吉野弘を読む
      近江正人 いとう柚子 朗読: 阿蘇孝子

■黒田喜夫を読む
       高 啓   朗読:阿蘇孝子

■自作詩朗読
       成田豊人 (秋田) 清岳こう(宮城) 鈴木良一 (新潟)
       戊丸ぜの (山形)   金井ハル (山形) 阿蘇豊 (山形)

■交流・懇親会 (同ホテル内5F スワンルーム) 午後5時30分~7時30分
       アトラクション 筝曲演奏 (高瀬雅楽秋)  会費5,000円

■研修ツアー (希望者中込) 10月22日(日)午前9時~
ホテル~本間美術館~日和山公園~山居倉庫~土門拳記念写真美術館~酒田駅 (午後3時解散予定) 参加費4,000円程度

【お問い合わせ先】
山形県詩人会 ゼミナール事務局
〒999-3503 山形県西村山郡河北町岩木259 (高橋英司方)
※ 電話番号・メルアド等はこのブログから高啓に問い合わせてください。
【宿泊】
ホテルを各自でご予約ください。
ホテルイン酒田駅前(当会場) …0234-26-8800
ホテルイン酒田…0234-22-5000 (ゼミナール参加者のバス送迎があります)

  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 16:55Comments(0)活動・足跡

2017年03月19日

東北芸術工科大学卒業・修了制作展2017 感想その2

2017年2月12日、東北芸術工科大学卒業・修了展(2月7日~12日)の感想その2は、まず、日本画コースの学部卒業生作品について。




鈴木 祥代「ほのあかり」(2260×1800 和紙・岩絵具・水干)
 少年と少年の背後霊のように黒いウサギのようなものが描かれている。
 ほのあかりに浮かび上がった像の背後に濃密な物語性が感受される。解離的幻想を生きる少年にウサギの人格が現れ、冷酷な視線を向けることでその視線の先にあるものに堪えている・・・といったような。





高橋 哲平「ゆるがるれ」(3035×1880×1853 和紙・岩絵具・墨・胡粉)
 観客は暗幕に包まれた空間に懐中電灯を持って入り込み、壁の四方に描かれたものの姿を照らし出す。
 作者はこの大学に入学して以来、ずっと龍を描いてきたという。
 暗闇の中、懐中電灯の照明範囲に浮かび上がった像が龍なのかどうかは不分明であり、不分明であることこそが龍というもの存在を感じさせる。そういうふうに仕組まれている。





前田明日美「mama adieus」1820×3000 (木材・アクリル絵具・布・段ボール・針金ほか)
 ここに掲げた画像では絵画のように見えるが、実際は絵が描かれた屏風状のコンパネのような板に、首飾りのような装飾物が掛けられたミクストメディアの作品である。床に積まれた綿の中には、ベールに包まれたマネキンの頭部みたいなものも埋もれている。
 ママ、さようなら。そして、“さらば人類!”と口にしてエスケープした先の世界は、未開拓のロマンチック・ジャングルだというのだ。ある種のデストピアが描かれているのか、軽薄過ぎない軽薄さの嫌味みたいなものが伝わってくる。そのいやらしさがこの作品の魅力である。





及川千代美「春を送る庭」 (1818×2273 和紙・水干・箔・墨・胡粉)
 ちらりと目に入れるだけで通り過ぎてしまいそうな、他の作品と比べて引っこみ思案のような画風だが、良く見ると作品の印象がそこに描かれた黒い四つ足の動物の印象に重なっていることにはっとする。
 これは黒いキツネなのか、イヌなのか。何れにしても、白い木立のむこうから背中を丸め上目づかいでこちらを覗っている気弱そうな風情が絶妙に描かれている。しかも、良く見ると、この黒い動物は絵の中に描かれた暖簾のようなものに描かれている。先ほど木立だと思ったのは少しめくれた暖簾の隙間であって、その暖簾が微妙に傾いでいることがわかると、いわば二重にも三重にも不安そうな、気弱そうな、あるいは卑屈にさえ思われそうな存在が身近なものになってくる。そういう仕掛けになっている。
 また、この作品の題名にも唸らされる。・・・そう、春はいつだって怖いものである。


 つぎに、洋画コースの学部卒業生作品について。





國府田姫菜「光へ」 (1820×3640 パネル・白亜地・油彩)
 この卒業・修了作品展には、当該作品の作者にこの世界がどのように感受されているかを鑑賞者に否応なく突きつけてくる作品が少なくない。
 先の「mama adieus」は“ロマンチック・ジャングル”への脱出を志向していたが、この「光へ」はまさに光の世界への脱出を志向している。ただしこの場合の脱出とは、自分と自然とが一体化した全体性の獲得であり、その全体性が拡張していく実感の追求である。全体性拡張の志向とは“全能感”に近づこうとする志向でもあるだろう。
 蔵王の噴火口である「お釜」、山寺立石寺とその周辺、芸工大キャンパスなどの風景が統合的に配置された世界のなかに、巫女のような女の背後から、ウマ・シカ・サル・イルカ・ウミガメ・錦鯉・鯛・イヌ・ハトなどの生物たちが、生命エネルギーの奔流のように発出されている。
筆者はこの如何にも「高校美術部!」という画風とこのスピリチャルな構図に食傷してしまうが、しかし同時に、この作品のレベルまでその画風を貫かれるともはや脱帽するほかないのでもある。





鎌田 恵理「パターンQ」1620×1300 (キャンパス・アクリル・水性ペンキ)
 ここに掲げた画像は三枚一組のうちの一枚。本人のコメントに、「『あの人でなくてよかった』と思ったり、『もし自分があの人だったらどうしよう』と思ってゾッとしてしまうことなど、そういった人との冷めきった距離を傍観するように描きました。」とある。
 「『あの人でなくてよかった』と思ったり、『もし自分があの人だったらどうしよう』と思ってゾッとしてしまう」のは、「そういった人との冷めきった距離」にあるからというより、それを自分に降りかかるかもしれない事態だと想像するからで、つまりは「そういった人」と自分との分別や距離がうまく構成できないからでもあるだろう。
 人物たちに遠近法が採用されていないことが象徴的である。また、「ポム」という病院内喫茶室の看板がとても効果的に“日常的な不安”を伝えてくる。
 







田邊 小織「奥地」 (2273×1818)「泉の底でみる夢」(1818×2273)何れもキャンパス・油彩・メディウム
 田邊の作品の色使いと筆使いは、この作者が自然をどのように受け止めようとしているかをビビッドに伝えてくる。このひとにとって自然とは、“じぶんと共有された自然”を指し、したがって“じぶんによって描かれうる自然”を指す。それは「神々」しく、彼女の心臓に直接的に訴えかけてくる命の力みたいなものとして感受されている。





信坂 彩「結婚」 (各1620×1300 キャンパス 油彩)
 結婚衣装をまとった新郎と新婦が、無数の枝や腕の構造物として描かれている。
 新婦のイメージは象徴的なのに、新郎のイメージは崩壊している。女が無数の手を伸ばして男とつながろうとしているのに、男の方は顔も頭部もなくて、腕は大きくて女を捉えそうだが、男自身はとらえどころのない白化したサンゴのような放射状のものに感じられている。
 他者の結婚をカリカチュアしたつもりならそれでもいいが、じぶんの行く末を絶望的に見ているのだとしたら、それはまだ早い。・・・などというのはジジィのお節介か。

 
  続いて、彫刻コースの卒業生の作品。





吉田愛美「better half」
 作者によって「こんなにも愛しく思うのは、あなたと私はもともと一つだったからに違いない。」というキャプションが付けられている。
 この一体の木彫像は、男女が寄り添った姿に見えるから、上記のキャプションは男女の性愛のことだと看做す。すると、じぶんもかつて女とそんなふうに一つになった気がしたときがあったような気分になってくる。
 しかし、作品を良く見ると、木像のふたりは必ずしも満ち足りた表情をしているのではない。たとえば、亭主関白な夫とその夫に諦めの境地になるか、不承不承寄り添っている妻のような表情にも見える。
 このような形態の木像をみると、どうしても舟越桂の作品を想い起こしてしまう。こうした他者の先入観からどのようにして自分の作品を救い上げるかは、たぶん作家にとって重要な課題だろう。
 この作者は像たちの表情でそれを試みている。この像たちの表情は、誤解を恐れずに言えば舟越作品よりはるかに俗物的である。その俗物性が、いわば作者自身のキャプションを裏切っているところが面白い。





 阿部任「Breath of Souls」
 「廃材たちが生命感をみなぎらせて躍動するイメージ」を求めて、「鉄屑の中から羽化した蝶」を制作したと作者はいう。
 穴の空いた繭と羽化したばかりで縮れたままの羽の造形(とその玉虫色)が、この作品の魅力になっている。
 廃材を掻き集めてきて造形物を創り上げるのは、ブロックの部品を組み上げて作品を創るのや、石ころのような切片を組み上げて作品を創るのと、どこがどう違うのだろう。前者の方が、そこになにかが宿るかのような幻想(「機械の中の幽霊」にでも似た)を持てる気がするが、すると当該作品に宿る“精神”は、ではこの廃材たちが宿してしまう「幽霊」なのか、それとも作者が特権的に与えた固有のイメージなのか判別しにくくなるような気もする。たぶん、両者の混融物として作品が成り立っているのだろうが、その混融のどこをどのように作者が差配しているのか、言い換えれば、作者は廃材たちの霊にどれだけ依存しているのかという問題が現れる。
 もちろん、この「問題」を問題だなどと考えずに、表現したいように表現すればいいのだ。


最後に、テキスタイルコースの卒業生の作品をひとつ紹介したい。









小林瑞穂「ディア シスター」
 (木材・水性塗料・楽譜)
 見た目は背中合わせに合体したふたつのアップライト・ピアノである。
 しかし、ただのピアノに見える側と反対の側に回ると、鍵盤に当たる部分の蓋が凹んでいて、そこに楽譜とフルートが置いてある。これがどんなことを表現した作品なのか、これだけではほとんど理解も想像もすることができない。
 そこで作者のキャプションを読む。するとこんなことが書かれている。
 この作品はある友人に向けて作った。その友人は自分(作者)にとってどんな存在か言い表すのは難しいような存在だ。かつて二人はともにプロのフルート奏者を夢見ていた。「そして、学校の階段から転げ落ちた事から始まった彼女の自滅と私の終わり。彼女と出会ってから毎日整理し続けた『今まで』を全て詰めて彼女に捨てさせる作品です。」
 この作品はテキスタイル専攻学生のなかで「優秀賞」を取っていて、担当教員がその授賞コメントを記しているが、そこには、テキスタイルコースの卒業制作なのになぜピアノのオブジェなのかということで衝突したこと、ピアノ2台を購入する費用がないので作者自身がこのオブジェを手造りで、しかも「不思議な圧倒的に近寄りがたい空気感」のなかで組み立てたことなどが記述されている。
 ひとつのオブジェを創るという卒業制作が、これまでの作者の生きざまの総括になっている。この過程自体が激しく“ゲイジツ的”ではないか。


 卒業生・修了生のみなさんの健勝を祈って擱筆する。またどこかで作品に出合う機会を楽しみにしつつ。(了)                                                                                                                                                                                







  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 11:35Comments(0)美術展

2017年03月06日

東北芸術工科大学卒業・修了制作展2017 感想

 2017年2月12日、東北芸術工科大学卒業・修了展(2月7日~12日)の最終日にやっと観に行くことができた。その感想を2年ぶりに記したい。

 じつは昨年もこの卒展を観には行ったのだが、感想を書くタイミングを逃してしまった。時間が経過してしまうと作品の印象が不確かになるばかりか、現場で撮影した写真と出展作品リスト及び自分のメモの突合が大変になって、作品・作者名・感想の内容の3つが整合できなくなってしまうものが生じるので、書くのを諦めたのだった。
 そもそも、この2年ほどこのブログへの記事アップは滞ってきた。それにはふたつほど事情があって、そのうちのひとつが、まずは当面なくなった。そこでふたたびこうして記事を書くことに向かい始めたのだが、もうひとつの事情は変わっておらず、執筆意欲は未だ以前のレベルまで回復していない。ぼちぼちリハビリを開始するか、というところである。

 おっと、言い訳が長くなってしまった。さっそく本題に入ろう。
 この大学の卒業・修了展は、全体としてはかなり見応えがある。できれば見物に3日間はかけたいところである。しかしそれほど時間が取れないので、いつも「日本画」→「洋画」→「版画」→「彫刻・工芸・テキスタイル・総合芸術」→「プロダクトデザイン」→「グラフィックデザイン」→「映像」→「建築・環境」→「企画構想」→「地域デザイン」→「美術史・文化財保存修復」→「文芸」というような(それほど厳密でもないが)優先順位をつけて回っている。
 今年は「日本画」から「彫刻・工芸・テキスタイル・総合芸術」までしか観ることができなかった。


 ということで、早速、日本画コース・大学院修士課程修了生の作品から。





石原葉「無効信号」

 作者は作品展示にあたって次のようなコメントを提示している。
 「アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズが提唱した無知のベールという思考実験において、正義の原則とは、各人が一般的状況について知っているが、自身の環境や社会的地位を知らない時に達成されるという。しかし、グローバル化や価値観の多様化が進む中、人々が想像する弱者の姿は果たして同じ姿をしているだろうか。私たちに必要なのは無知のベールではなく、想像と対話なのではないだろうか。」
 そして、作品「無効信号」には以下のコメントが付されている。
 「無効信号とは目の前のことを模倣しようとするミラーニューロンからの刺激を無効化する信号のことを指します。例えば、目の前にいる人が怪我をしているとしましょう。私たちのミラーニューロンは、その痛みをまるで自分が怪我したかのように受け取り、脳へと刺激を与え、錯覚させますが、一方で、私たちの体は、それを自分が受け取るべき刺激ではないと無効信号を発します。そうやって痛みは一時的な錯覚だけで止まり、私たちは周囲からの過激な刺激から身を守ることが出来るのです。
 それでは、この無効信号とミラーニューロンの関係を普段の生活に当てはめたらどうでしょう。私たちは必ずしも困っている人に手を差し伸べたり、共に喜びを分かち合ったりすることができるわけではありません。現前の人やものごとを、自分とは全く関係ないことだと切り離し、忘れてしまうことは多々あります。(中略)わたしとあなた、われわれとかれらを隔てる無効信号は一体何なのでしょうか。
知らないうちに私たちの行動や発言を左右する何かに目を向けることで、今まで見てきた世界とは違う世界をみることができるかもしれません。一人一人が違う世界を見ていること、それを踏まえて対話していくことが、価値観の多様化が加速する現代において重要視されてくるのではないか、そう考えています。」

 ロールズの「無知のベール」という言葉に引き付けられた。
 「正義」とは、ここではひとまず“分配の正当性”ということとして考えられる。
対話すべき他者、つまり分配を受ける他者について情報をもつと、そこに有象無象のバイアスが生じるため、分配の正当性を確保することが困難になる。
 たとえば、ホールケーキを切り分けて何人かに配分するとする。そのとき、各切片(それはみんな均等とは限らない)の配分を受けるのはどういう人なのか、どの切片をだれが受け取るのかを知ると、そこに正当性の揺らぎが生じる。置かれた状況や必要性の程度が様々であるところの、配分を受ける者の側から異議が生じるばかりではなく、それと相即的に、配分する者の内部からも疑問が生じる。どう切り分けても、どう配分しても、そこには「それは正当ではない=正義ではない」という声が上がりそうに思われる。この点だけを見る限り(というのも、ロールズはこのほかに有名な「格差原理」を提唱しており、こちらの方が重要)、言ってみれば、どういう人たちがどういう順番でケーキの切片を受取るかを知らない状態(「無知のベール」に包まれた状態)で、それをできるかぎり均等に切り分けることが正義だと言っているようなものだと考えられる。もっと言い切ってしまえば、これは一種の、思考の中途停止である。石原はそこに向き合うことこそが必要だと考え、「想像と対話」を掲げる。つまり、私たちひとりひとりが、有象無象の困難を引き受けることを求める。
 だが、しかし、その「想像と対話」に向かおうとする意識に、情報の感受の段階で「無効信号」がベールを被せてくる。
石原の作品は、一旦描写されたひとびとの顏が、白く塗りこめられたり削り取られたりしたようなパネル風の絵の集合体として形成されている。この白いベールに無効信号の存在が表象されているとみることはできる。だが、その一方で、石原が言うように「知らないうちに私たちの行動や発言を左右する何かに目を向けること」までが表現されていると見ることはできない。
 ・・・じぶんならどう描くだろうと考える。たぶん、白塗りの絵とともに、白塗りされていない(つまりさまざまな人間の顔が描かれた)同様の体裁の絵をこれと一緒に提示するだろう。その白塗りされていない絵は一種類ではなく、同じ人間が醜悪な顔をしたものとそのいくつかの変奏であるようなものになる気がする。・・・なんとなれば、「想像と対話」はほんとうに難しい。他者を見つめることは難行苦行なのだ。





 萩原和奈可「HEROES」

  こに掲載した画像では描かれた内容が分かりにくいが、中央にあるのは小鳥の死骸であり、それを無数のウジ虫のようなものが食べているような構図である。掲載した作品のほかに、何者かに食いちぎられたような甲虫の死骸の絵も展示されている。
 作者は「どんな虫にも存在に理由があり、決して無駄な命はありません。」と述べ、「一人の人間の世界を覗く、という感覚で鑑賞して頂きたい」ので、展示室を暗くしたとコメントしている。
 この「一人の人間の世界」とは、作者の世界ということか、それとも鑑賞者自身あるいは一般的な存在としての人間ということか、それが不明だ。しかし、この展示環境のなかでこの作品を見つめていると、たしかに“何かを覗いている”という感覚にはなる。
 ただし、私は、たとえばカラスや昆虫たちを、生き物の死骸を片付けてくれる有り難い存在だと思ったり、それでもたくさん居すぎると邪魔もしくは脅威だと思ったりしたことはあるけれども、その存在が無駄なものだと思ったことはない。あんたは虫たちの存在が無駄なものだと思っている人間の存在を、自分の表現の前提にしているのか!? と、突っ込みを入れたくなるところだが、作品の雰囲気から作者が言っていることに説得されてしまう。つまり、部屋を暗くして死骸に灯りを当てた展示方法は成功している。




久松知子「芸術家の研究所」(2016年 H203×W266cm)
 久松によれば、この作品は「岡本太郎との対決」を意識したものだという。久松は、メディアに登場した晩年の岡本と、民族学者であり前衛のリーダーとして活躍していた岡本の顔は別人のようだったとも述べている。
 久松の作品は、「日本画家のアトリエ」(2015)、「日本の美術を埋葬する」(2014)、「日本祭壇画 神の子羊」(2013)と注目してきた。一見おっとりしていてそれでも律儀に思える素人風のタッチで描かれた人物たち(それはみな有名人だ)の群像とその立ち位置の構成が、それ自体で奇妙な批評性をもっている。
 その批評性は、しかし、作者が言うように対象として描かれている実在の人物と「対決」するように表現されているのではない。むしろ独特の間合い感をもって描くことで、対象を戯画のようにみせる「批評」なのである。久松の絵には、どこかで既視感を感じる。それは、ある種の親密感であり、同時に鬱陶しさでもある。この一見親密そうな顔をしてそれゆえ鬱陶しく絡みついてくるものが、久松作品の「批評」性であるように思われる。
 さて、ところで、筆者が久松を評価しつつも若干の疑問を感じざるをえないのは、「みちのおくの芸術祭/山形ビエンナーレ2016」において、その会場のひとつとなった山形市の文翔館(旧県庁舎)の一室に展示した「三島通庸と語る」という作品について、である。




 この作品は、明治初頭の山形に藩閥政府による初代山形県令として赴任した三島が、当時の県庁の県令室(知事室)で執務机の席に座っている姿を描いたものである。作者は、三島の姿を描いた絵を当の旧県庁舎(三島時代の県庁舎は明治末に焼失。現在の建物は大正期に再建された建物を昭和~平成期に大規模修復し「文翔館」と新たに命名したもの)に掲示することが、ある種の批評的行為(もしくは批評的表現)になるのだと考えているフシがある。しかし、この程度の仕業で「批評」が成立すると考えているのなら、それは作者固有の希望的観測に過ぎない。
 この作品においても「批評」を表現するつもりなら、せめて作品「岡本太郎と誕生日会」(2015)で「岡本太郎」と同席させたように、三島の前にもジャージ姿の久松(の分身)を登場させてほしかった。
 久松は、これからも、その独特で奇妙な「批評」の可能性を開拓していくことだろう。その作品に注目していきたい。

 なお、上記の久松の展示について、東北芸術工科大学大学院後期博士課程の院生である田中望が「小論『地域アートは場所を批判しうるか?』」という文章(筆者は田中の作品の展示室に置かれていた論文のコピーでそれを読んだ)で、「文翔館(旧県庁舎)」という「場所」を「イデオロギーの表象」及び「県庁という山形の近代史の象徴」と捉え、そこに久松の「三島通庸と語る」を展示するという行為を「批判的芸術として注目すべき作品」だったと評価している。
 展示された作品の前に久松という作者が常駐して、「これは三島による山形近代化への批判の作品です」と訪れる観客に言い続けるパフォーマンス付きならそうとも言えるかもしれないが、たんなる作品の展示だけでは批判にはならない。田中や久松は、文翔館でもっとも豪華な「正庁」と呼ばれる部屋に、高橋由一の作になる三島時代の県庁舎と周囲の建物を描いた絵画が掛けられているのを知っているはずだ。この部屋を訪れた人はだれ一人、その絵を「批判的芸術作品」とは看做さないだろう。久松による三島の肖像画も、ただ展示されただけなら観客にとってはこれと大して違いがない。作者の想いや表現意識が観客に伝わるのは、言葉による意味づけがあってのことである。言葉による意味づけや解説がなくても「批判」たりうるためには、作品自体にもうひとつ策略がなければならないのである。


 では、次に、洋画コース・大学院修士課程修了生の作品で印象に残ったものについて。





 鉾建真貴子「漂う物語」

 作者のコメントから。
 「異質な変化を反映して『何者か』が蠢いている。原発事故後の事象を纏いながら組合わさり、異形なモノとなって絵の中で災害の記録を伝承する。そこに佇む様々な登場人物を孕んで物語は蓄積し、更新されていく。/私達はフクシマ、という言葉がグローバルな土台に引き挙げられた時から見えないものとも対峙しなくてはならなくなった。メディアによって変質する福島像に出会う時、自分の言葉で語れるようになりたい。」
 劇画的な人物(女子高生)と劇画的な風景の断片とエヴァ的な文節のコラージュとが、絶妙に構成されている。
 女子高生が仰向けに横たわっている姿が、ある意味では“ゆるい”感じを醸し出していて、この蓄積された「物語」が<日常>として身近にあることを表象し、同時に女子高生の身体がその「何者か」に浸食されるイメージが、つまり女子高生がその「何者か」=「物語」に身体を開いてしまうかのようなイメージが表象されている。幽かに春を売らされるかのように見えて危うい、この居心地の悪さが描けるのは、作者が「フクシマ」の出身者だからだろう。
 たぶん、ここで劇画的な、つまり借り物的な画風が採用されているのは、「フクシマ、という言葉がグローバルな土台に引き挙げられた」事情を反映している。この劇画調こそが「グローバル」なものだからだ。
 ところで、余談だが、東京電力が「福島原発」を「福島」原発と名付けていることに、東北の人間はもっと怒って良い。同じ東京電力は、新潟県にある自社の原発を何と呼んでいるか。「新潟原発」ではなく「柏崎原発」である。「福島」だけが“十把一絡げ”なのだ。ここには「江戸=東京」からみた“白河以北一山百文”と同根の視線がある。東北電力は宮城県にある自社の原発を「宮城原発」とは決して名付けないだろう。
 だから、「フクシマ」は、その呼称を口にした瞬間、つねに/すでに「メディアによって変質する福島像」であることを宿命づけられていた。その状況のなかで「自分の言葉で語る」ことは容易ではないだろう。ただ、作者には、<作品>という、言葉ではない「言葉」がある。その「言葉」に耳を傾けたい。




 
 高野加菜「NETDEADSUNRISE」

 ここでも、南相馬市の出身の作者のコメントに耳を傾けよう。
 「震災によって噴出した放射能と過剰な善意/悪意によって、日本中の現実/仮想空間全てが塗り変わり、私の身の回りの物事も一変してしまった。全てを再構築していく為に、人間の抑圧された様々な感情を受け止め、鮮烈に、眩く改変され続けるキャラクターたちを用いて、私は絵を描いている。」
 前述の鉾建真貴子「漂う物語」が劇画調なのに対して、高野加菜のこの作品はマンガチックである。高野もまた、それが「グローバル」なものであるがゆえに、「改変され続けるキャラクターたち」をマンガ的な“壊れ”として描くことを選び取ったのかもしれない。
 鉾建真貴子のコメントが記載されたパネルにはただ「福島出身」としか表記されていなかったから、鉾建の出身が「福島」のどこかは不明だ。しかし、高野加菜は福島第一原発に近い「南相馬市」である。たぶん、高野のこの作品は、鉾建の作品よりも福島原発に近い距離で描かれている。
 つまり、「噴出した放射能と過剰な善意/悪意によって、日本中の現実/仮想空間全てが塗り変わ」ったという体験は、高野加菜の方がより強烈で直接的だったのではないかと思われる。
 鉾建は「自分の言葉」を探しているが、高野は「絵を描いている」としか言えない。高野の作品には“言葉探し”とは少し次元の異なる切羽詰まったもの、その激しい渦巻きを感じる。
 これも余談になるが、今年の修士課程修了生たちは留年していなければ2011年の春にこの大学に入学した者たちである。 「3.11」から間もない混乱期にこの大学で歩みを始め、この山形で暮らしを始めた。その道のりが平たんなものでも晴れやかなものでもなかったことは、よく伝わってくる。
 きっと“山形”は彼女たちを包む土地であり、しかしながら同時に、癒すことをしない土地だったのだ。壊れもせず、癒されもしていないところに、これらの作品が屹立している。








柏倉風馬「棒になった人々」「眼球」

 「棒になった人々」(1,300×4,800㎜)は、足の骨のような、あるいは包装紙を捩じって形作った人形のようなものが描かれている。これが人体の比喩であることは容易に想像がつく。問題は、もう少しだけ抽象度が高い、大きな岩石か、あるいは女の股間のようなものにみえる「眼球」(410×242㎜)という作品の方だ。
 筆者は「眼球」のような抽象画に魅かれるところがあって、この作者のこの種の作品(抽象度がこの程度のもの)をもっと見たいと思った。一観客の勝手な口ぶりだが、「棒になった人々」では抽象度が中途半端である。「眼球」は、だが眼球には見えず、それでいて人体のとても静謐でかつは一筋縄ではいかない存在感を伝えてくる。








町田太一「いい暮らし」(ミクストメディア)

 展示室の中に蒲団が干されていて、そこには子どもが描いたような、男性器がフューチャーされた人物の絵が描かれている。父親と息子らしき人物は逆さになって放尿しており、黄色い尿のようなものが頭から下に垂れている。夜尿症で濡らした布団のシミが、当の夜尿症の放出シーンになっている。“自己言及的な夜尿症”とでも言うべきものか。
 一方、展示室の床には、工作用の蝋で作られた人体のような形の池(?)のオブジェが置かれている。池の縁に腰掛けている青い帽子をかぶった釣り人らしき人形がつまみあげられ、また、こちらでも男性器が強調されている。
 作者は「暮らしの中で感じる触覚的な違和感」を表現しているという。
 フロイトの小児性欲の発達段階では、男性器に拘るのは「男根期(エディプス期)」ということになるのだろうが、この作品の作風は、男根期もしくはもっと以前の段階の生温かい濡れの「触覚」を感じさせ、床の中で尿を漏らしてしまったときの感触、そのどこか“親和的な異和”とでも呼ぶべきものを連れてくる。 (続く)                                                                                                                                                                                                         















  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 09:26Comments(0)美術展

2016年04月11日

高啓詩集についての論評


 お待たせしました。だいぶ間が空いてしまいましたが、更新します。

 新詩集『午後の航行、その後の。』(書肆山田2015年12月)について、論評をいただきました。

 瀬崎祐さんが、ブログ「瀬崎祐の本棚」で以下のようにコメントしています。

 作品「それからの夜」について、
 <話者にはそれこそ夜の暗さ、寒さを必死に耐えているような切実さがあるのだが、それをこれだけの強い作品として差し出してくるところに感嘆する。>
 
 作品「雪坂下の女」について。
 <この作品を読んでいて、ふっとつげ義春の漫画を思い浮かべた。そこにあるのは無頼のような男像なのだが、内実は非常に繊細で傷つきやすい。男としての拠り所、妄執、諦観、強さ、そんなものがない交ぜになって読む者に迫ってくる。>

 瀬崎さんには、前の詩集『女のいない七月』についても、つよく評価するコメントをいただきました。いかにも言語感覚を研ぎ澄ましたかのように振る舞う隠喩による作品が価値あるものとみなされがちな詩壇において、高啓の作品などを評価してくれる詩人は少ないので有難く思っています。(たとえば、「季刊・詩的現代」16号の詩集・詩書時評の石川敬大さんには酷評されています。)
 “つげ義春の漫画を思い浮かべた”というところに、はっとさせられました。
 じぶんとしては意識していませんでしたが、「春宵論」と合わせて<雪坂下の女>の出てくる世界のイメージは、たしかにつげ義春的なものに近いところがあります。
 ところで、じぶんはつげ義春の熱心な読み手ではありませんでしたが、たしかかれの漫画には、野卑でえげつないほどの性欲を率直に描いた話が少なくなかったように記憶しています。いつかあんな詩を書けたらいいなとも思いました。




対論Ⅱ





 詩誌「びーぐる」に連載されている細見和之さんと山田兼士さんの対論による詩集評「この詩集を読め」が『対論Ⅱ この詩集を読め2012~2015』(澪標 2016年2月)という単行本にまとめられ刊行されました。
 「びーぐる」で取り上げられた時系列で掲載されているので、高啓詩集『女のいない七月』を扱った回(対論の第15回)が、たまたまですがこの単行本の冒頭に掲載されています。
 「びーぐる」に掲載されたときにも述べましたが、高啓の詩集を、直接この回の対論の対象とする第4詩集『女のいない七月』のみならず、第2詩集『母を消す日』、第3詩集『ザック・デ・ラ・ロッチャは何処へいった?』をも含めて、ほんとうに丁寧に読み込んでいただいています。
 このブログの読者にはぜひ手に取ってご覧いただきたいと思います。



 高啓詩集『午後の航行、その後の。』(書肆山田)は、山形県内では八文字屋書店に置いていただいています。仙台では駅前の「アエル」内の丸善にありました。
 なお、山形市の戸田書店さんには、第2詩集『母を消す日』、第3詩集『ザック・デ・ラ・ロッチャは何処へいった?』、第4詩集『女のいない七月』、第5詩集『午後の航行、その後の。』をすべて置いていただいております。(深謝)
 また、山形県立図書館にも所蔵されています。県立図書館の蔵書は、県内の各市町村図書館を通じて取り寄せること(「相互貸借」と言います)ができますので、ご利用ください。

 2016年4月16日(土)、山形市の山形グランドホテルにおいて山形県詩人会の年次総会が開催されます。この席で表彰される山形県詩人会賞には、伊藤志郎氏(酒田市)の詩集『あなたに』(メディア・パブリッシング刊)が選ばれました。                                                                                                                                                                                                          



  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 11:24Comments(0)作品情報

2015年12月27日

高啓詩集『午後の航行、その後の。』





 2015年12月25日付で、新詩集を上梓しました。

 高啓詩集『午後の航行、その後の。』

 発行・書肆山田  装画・宮﨑恵子
 装幀・亞令  A5変80ページ 
 定価2592円(税込)
 ISBN978-4-87995-931-7 Cl092


帯のコピーは以下のとおり


 「 流れにつかり、小舟を推す。
   片腕に
   悪い心を詰め込んだ袋をぶら下げ
   むずかる幼い者を抱きながら。
   ──きみは生きたいように生きることができるか。
 」


  【目次】
       午後の航行
       初孫論
       アトムの子
       駈込み諦め
       パックスタンドの憂鬱
       それからの夜
       再生論
       雪坂下の女
       来るべきものの影とその看過について
       春宵論
       次孫論
       午後の航行、その後の。
       葬送論
       抱擁論



  【著者による近刊予告文】
  「おれ」は左遷され、二男に子ができる。それを知るとメトロポリスの女は去っていき、末期がんの蒔絵師は死ぬ。雪坂下の女に通いつつも、故郷の女に手を出して拒絶され、それを口実に「おれ」は 今度こそ故郷を捨てる・・・。



 12月26日現在、山形県内では八文字屋書店で購入できます。
 まもなく全国の有名書店、ネットショップで購入できるようになると思います。
 著者から直接お求めいただける方は、本ブログの右側にある「オーナーへのメッセージ」から注文してください。(送料無料でお送りします。)

                                                                                                               



  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 11:15Comments(0)作品情報