2017年03月19日

東北芸術工科大学卒業・修了制作展2017 感想その2

2017年2月12日、東北芸術工科大学卒業・修了展(2月7日~12日)の感想その2は、まず、日本画コースの学部卒業生作品について。




鈴木 祥代「ほのあかり」(2260×1800 和紙・岩絵具・水干)
 少年と少年の背後霊のように黒いウサギのようなものが描かれている。
 ほのあかりに浮かび上がった像の背後に濃密な物語性が感受される。解離的幻想を生きる少年にウサギの人格が現れ、冷酷な視線を向けることでその視線の先にあるものに堪えている・・・といったような。





高橋 哲平「ゆるがるれ」(3035×1880×1853 和紙・岩絵具・墨・胡粉)
 観客は暗幕に包まれた空間に懐中電灯を持って入り込み、壁の四方に描かれたものの姿を照らし出す。
 作者はこの大学に入学して以来、ずっと龍を描いてきたという。
 暗闇の中、懐中電灯の照明範囲に浮かび上がった像が龍なのかどうかは不分明であり、不分明であることこそが龍というもの存在を感じさせる。そういうふうに仕組まれている。





前田明日美「mama adieus」1820×3000 (木材・アクリル絵具・布・段ボール・針金ほか)
 ここに掲げた画像では絵画のように見えるが、実際は絵が描かれた屏風状のコンパネのような板に、首飾りのような装飾物が掛けられたミクストメディアの作品である。床に積まれた綿の中には、ベールに包まれたマネキンの頭部みたいなものも埋もれている。
 ママ、さようなら。そして、“さらば人類!”と口にしてエスケープした先の世界は、未開拓のロマンチック・ジャングルだというのだ。ある種のデストピアが描かれているのか、軽薄過ぎない軽薄さの嫌味みたいなものが伝わってくる。そのいやらしさがこの作品の魅力である。





及川千代美「春を送る庭」 (1818×2273 和紙・水干・箔・墨・胡粉)
 ちらりと目に入れるだけで通り過ぎてしまいそうな、他の作品と比べて引っこみ思案のような画風だが、良く見ると作品の印象がそこに描かれた黒い四つ足の動物の印象に重なっていることにはっとする。
 これは黒いキツネなのか、イヌなのか。何れにしても、白い木立のむこうから背中を丸め上目づかいでこちらを覗っている気弱そうな風情が絶妙に描かれている。しかも、良く見ると、この黒い動物は絵の中に描かれた暖簾のようなものに描かれている。先ほど木立だと思ったのは少しめくれた暖簾の隙間であって、その暖簾が微妙に傾いでいることがわかると、いわば二重にも三重にも不安そうな、気弱そうな、あるいは卑屈にさえ思われそうな存在が身近なものになってくる。そういう仕掛けになっている。
 また、この作品の題名にも唸らされる。・・・そう、春はいつだって怖いものである。


 つぎに、洋画コースの学部卒業生作品について。





國府田姫菜「光へ」 (1820×3640 パネル・白亜地・油彩)
 この卒業・修了作品展には、当該作品の作者にこの世界がどのように感受されているかを鑑賞者に否応なく突きつけてくる作品が少なくない。
 先の「mama adieus」は“ロマンチック・ジャングル”への脱出を志向していたが、この「光へ」はまさに光の世界への脱出を志向している。ただしこの場合の脱出とは、自分と自然とが一体化した全体性の獲得であり、その全体性が拡張していく実感の追求である。全体性拡張の志向とは“全能感”に近づこうとする志向でもあるだろう。
 蔵王の噴火口である「お釜」、山寺立石寺とその周辺、芸工大キャンパスなどの風景が統合的に配置された世界のなかに、巫女のような女の背後から、ウマ・シカ・サル・イルカ・ウミガメ・錦鯉・鯛・イヌ・ハトなどの生物たちが、生命エネルギーの奔流のように発出されている。
筆者はこの如何にも「高校美術部!」という画風とこのスピリチャルな構図に食傷してしまうが、しかし同時に、この作品のレベルまでその画風を貫かれるともはや脱帽するほかないのでもある。





鎌田 恵理「パターンQ」1620×1300 (キャンパス・アクリル・水性ペンキ)
 ここに掲げた画像は三枚一組のうちの一枚。本人のコメントに、「『あの人でなくてよかった』と思ったり、『もし自分があの人だったらどうしよう』と思ってゾッとしてしまうことなど、そういった人との冷めきった距離を傍観するように描きました。」とある。
 「『あの人でなくてよかった』と思ったり、『もし自分があの人だったらどうしよう』と思ってゾッとしてしまう」のは、「そういった人との冷めきった距離」にあるからというより、それを自分に降りかかるかもしれない事態だと想像するからで、つまりは「そういった人」と自分との分別や距離がうまく構成できないからでもあるだろう。
 人物たちに遠近法が採用されていないことが象徴的である。また、「ポム」という病院内喫茶室の看板がとても効果的に“日常的な不安”を伝えてくる。
 







田邊 小織「奥地」 (2273×1818)「泉の底でみる夢」(1818×2273)何れもキャンパス・油彩・メディウム
 田邊の作品の色使いと筆使いは、この作者が自然をどのように受け止めようとしているかをビビッドに伝えてくる。このひとにとって自然とは、“じぶんと共有された自然”を指し、したがって“じぶんによって描かれうる自然”を指す。それは「神々」しく、彼女の心臓に直接的に訴えかけてくる命の力みたいなものとして感受されている。





信坂 彩「結婚」 (各1620×1300 キャンパス 油彩)
 結婚衣装をまとった新郎と新婦が、無数の枝や腕の構造物として描かれている。
 新婦のイメージは象徴的なのに、新郎のイメージは崩壊している。女が無数の手を伸ばして男とつながろうとしているのに、男の方は顔も頭部もなくて、腕は大きくて女を捉えそうだが、男自身はとらえどころのない白化したサンゴのような放射状のものに感じられている。
 他者の結婚をカリカチュアしたつもりならそれでもいいが、じぶんの行く末を絶望的に見ているのだとしたら、それはまだ早い。・・・などというのはジジィのお節介か。

 
  続いて、彫刻コースの卒業生の作品。





吉田愛美「better half」
 作者によって「こんなにも愛しく思うのは、あなたと私はもともと一つだったからに違いない。」というキャプションが付けられている。
 この一体の木彫像は、男女が寄り添った姿に見えるから、上記のキャプションは男女の性愛のことだと看做す。すると、じぶんもかつて女とそんなふうに一つになった気がしたときがあったような気分になってくる。
 しかし、作品を良く見ると、木像のふたりは必ずしも満ち足りた表情をしているのではない。たとえば、亭主関白な夫とその夫に諦めの境地になるか、不承不承寄り添っている妻のような表情にも見える。
 このような形態の木像をみると、どうしても舟越桂の作品を想い起こしてしまう。こうした他者の先入観からどのようにして自分の作品を救い上げるかは、たぶん作家にとって重要な課題だろう。
 この作者は像たちの表情でそれを試みている。この像たちの表情は、誤解を恐れずに言えば舟越作品よりはるかに俗物的である。その俗物性が、いわば作者自身のキャプションを裏切っているところが面白い。





 阿部任「Breath of Souls」
 「廃材たちが生命感をみなぎらせて躍動するイメージ」を求めて、「鉄屑の中から羽化した蝶」を制作したと作者はいう。
 穴の空いた繭と羽化したばかりで縮れたままの羽の造形(とその玉虫色)が、この作品の魅力になっている。
 廃材を掻き集めてきて造形物を創り上げるのは、ブロックの部品を組み上げて作品を創るのや、石ころのような切片を組み上げて作品を創るのと、どこがどう違うのだろう。前者の方が、そこになにかが宿るかのような幻想(「機械の中の幽霊」にでも似た)を持てる気がするが、すると当該作品に宿る“精神”は、ではこの廃材たちが宿してしまう「幽霊」なのか、それとも作者が特権的に与えた固有のイメージなのか判別しにくくなるような気もする。たぶん、両者の混融物として作品が成り立っているのだろうが、その混融のどこをどのように作者が差配しているのか、言い換えれば、作者は廃材たちの霊にどれだけ依存しているのかという問題が現れる。
 もちろん、この「問題」を問題だなどと考えずに、表現したいように表現すればいいのだ。


最後に、テキスタイルコースの卒業生の作品をひとつ紹介したい。









小林瑞穂「ディア シスター」
 (木材・水性塗料・楽譜)
 見た目は背中合わせに合体したふたつのアップライト・ピアノである。
 しかし、ただのピアノに見える側と反対の側に回ると、鍵盤に当たる部分の蓋が凹んでいて、そこに楽譜とフルートが置いてある。これがどんなことを表現した作品なのか、これだけではほとんど理解も想像もすることができない。
 そこで作者のキャプションを読む。するとこんなことが書かれている。
 この作品はある友人に向けて作った。その友人は自分(作者)にとってどんな存在か言い表すのは難しいような存在だ。かつて二人はともにプロのフルート奏者を夢見ていた。「そして、学校の階段から転げ落ちた事から始まった彼女の自滅と私の終わり。彼女と出会ってから毎日整理し続けた『今まで』を全て詰めて彼女に捨てさせる作品です。」
 この作品はテキスタイル専攻学生のなかで「優秀賞」を取っていて、担当教員がその授賞コメントを記しているが、そこには、テキスタイルコースの卒業制作なのになぜピアノのオブジェなのかということで衝突したこと、ピアノ2台を購入する費用がないので作者自身がこのオブジェを手造りで、しかも「不思議な圧倒的に近寄りがたい空気感」のなかで組み立てたことなどが記述されている。
 ひとつのオブジェを創るという卒業制作が、これまでの作者の生きざまの総括になっている。この過程自体が激しく“ゲイジツ的”ではないか。


 卒業生・修了生のみなさんの健勝を祈って擱筆する。またどこかで作品に出合う機会を楽しみにしつつ。(了)                                                                                                                                                                                







  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 11:35Comments(0)美術展

2017年03月06日

東北芸術工科大学卒業・修了制作展2017 感想

 2017年2月12日、東北芸術工科大学卒業・修了展(2月7日~12日)の最終日にやっと観に行くことができた。その感想を2年ぶりに記したい。

 じつは昨年もこの卒展を観には行ったのだが、感想を書くタイミングを逃してしまった。時間が経過してしまうと作品の印象が不確かになるばかりか、現場で撮影した写真と出展作品リスト及び自分のメモの突合が大変になって、作品・作者名・感想の内容の3つが整合できなくなってしまうものが生じるので、書くのを諦めたのだった。
 そもそも、この2年ほどこのブログへの記事アップは滞ってきた。それにはふたつほど事情があって、そのうちのひとつが、まずは当面なくなった。そこでふたたびこうして記事を書くことに向かい始めたのだが、もうひとつの事情は変わっておらず、執筆意欲は未だ以前のレベルまで回復していない。ぼちぼちリハビリを開始するか、というところである。

 おっと、言い訳が長くなってしまった。さっそく本題に入ろう。
 この大学の卒業・修了展は、全体としてはかなり見応えがある。できれば見物に3日間はかけたいところである。しかしそれほど時間が取れないので、いつも「日本画」→「洋画」→「版画」→「彫刻・工芸・テキスタイル・総合芸術」→「プロダクトデザイン」→「グラフィックデザイン」→「映像」→「建築・環境」→「企画構想」→「地域デザイン」→「美術史・文化財保存修復」→「文芸」というような(それほど厳密でもないが)優先順位をつけて回っている。
 今年は「日本画」から「彫刻・工芸・テキスタイル・総合芸術」までしか観ることができなかった。


 ということで、早速、日本画コース・大学院修士課程修了生の作品から。





石原葉「無効信号」

 作者は作品展示にあたって次のようなコメントを提示している。
 「アメリカの政治哲学者ジョン・ロールズが提唱した無知のベールという思考実験において、正義の原則とは、各人が一般的状況について知っているが、自身の環境や社会的地位を知らない時に達成されるという。しかし、グローバル化や価値観の多様化が進む中、人々が想像する弱者の姿は果たして同じ姿をしているだろうか。私たちに必要なのは無知のベールではなく、想像と対話なのではないだろうか。」
 そして、作品「無効信号」には以下のコメントが付されている。
 「無効信号とは目の前のことを模倣しようとするミラーニューロンからの刺激を無効化する信号のことを指します。例えば、目の前にいる人が怪我をしているとしましょう。私たちのミラーニューロンは、その痛みをまるで自分が怪我したかのように受け取り、脳へと刺激を与え、錯覚させますが、一方で、私たちの体は、それを自分が受け取るべき刺激ではないと無効信号を発します。そうやって痛みは一時的な錯覚だけで止まり、私たちは周囲からの過激な刺激から身を守ることが出来るのです。
 それでは、この無効信号とミラーニューロンの関係を普段の生活に当てはめたらどうでしょう。私たちは必ずしも困っている人に手を差し伸べたり、共に喜びを分かち合ったりすることができるわけではありません。現前の人やものごとを、自分とは全く関係ないことだと切り離し、忘れてしまうことは多々あります。(中略)わたしとあなた、われわれとかれらを隔てる無効信号は一体何なのでしょうか。
知らないうちに私たちの行動や発言を左右する何かに目を向けることで、今まで見てきた世界とは違う世界をみることができるかもしれません。一人一人が違う世界を見ていること、それを踏まえて対話していくことが、価値観の多様化が加速する現代において重要視されてくるのではないか、そう考えています。」

 ロールズの「無知のベール」という言葉に引き付けられた。
 「正義」とは、ここではひとまず“分配の正当性”ということとして考えられる。
対話すべき他者、つまり分配を受ける他者について情報をもつと、そこに有象無象のバイアスが生じるため、分配の正当性を確保することが困難になる。
 たとえば、ホールケーキを切り分けて何人かに配分するとする。そのとき、各切片(それはみんな均等とは限らない)の配分を受けるのはどういう人なのか、どの切片をだれが受け取るのかを知ると、そこに正当性の揺らぎが生じる。置かれた状況や必要性の程度が様々であるところの、配分を受ける者の側から異議が生じるばかりではなく、それと相即的に、配分する者の内部からも疑問が生じる。どう切り分けても、どう配分しても、そこには「それは正当ではない=正義ではない」という声が上がりそうに思われる。この点だけを見る限り(というのも、ロールズはこのほかに有名な「格差原理」を提唱しており、こちらの方が重要)、言ってみれば、どういう人たちがどういう順番でケーキの切片を受取るかを知らない状態(「無知のベール」に包まれた状態)で、それをできるかぎり均等に切り分けることが正義だと言っているようなものだと考えられる。もっと言い切ってしまえば、これは一種の、思考の中途停止である。石原はそこに向き合うことこそが必要だと考え、「想像と対話」を掲げる。つまり、私たちひとりひとりが、有象無象の困難を引き受けることを求める。
 だが、しかし、その「想像と対話」に向かおうとする意識に、情報の感受の段階で「無効信号」がベールを被せてくる。
石原の作品は、一旦描写されたひとびとの顏が、白く塗りこめられたり削り取られたりしたようなパネル風の絵の集合体として形成されている。この白いベールに無効信号の存在が表象されているとみることはできる。だが、その一方で、石原が言うように「知らないうちに私たちの行動や発言を左右する何かに目を向けること」までが表現されていると見ることはできない。
 ・・・じぶんならどう描くだろうと考える。たぶん、白塗りの絵とともに、白塗りされていない(つまりさまざまな人間の顔が描かれた)同様の体裁の絵をこれと一緒に提示するだろう。その白塗りされていない絵は一種類ではなく、同じ人間が醜悪な顔をしたものとそのいくつかの変奏であるようなものになる気がする。・・・なんとなれば、「想像と対話」はほんとうに難しい。他者を見つめることは難行苦行なのだ。





 萩原和奈可「HEROES」

  こに掲載した画像では描かれた内容が分かりにくいが、中央にあるのは小鳥の死骸であり、それを無数のウジ虫のようなものが食べているような構図である。掲載した作品のほかに、何者かに食いちぎられたような甲虫の死骸の絵も展示されている。
 作者は「どんな虫にも存在に理由があり、決して無駄な命はありません。」と述べ、「一人の人間の世界を覗く、という感覚で鑑賞して頂きたい」ので、展示室を暗くしたとコメントしている。
 この「一人の人間の世界」とは、作者の世界ということか、それとも鑑賞者自身あるいは一般的な存在としての人間ということか、それが不明だ。しかし、この展示環境のなかでこの作品を見つめていると、たしかに“何かを覗いている”という感覚にはなる。
 ただし、私は、たとえばカラスや昆虫たちを、生き物の死骸を片付けてくれる有り難い存在だと思ったり、それでもたくさん居すぎると邪魔もしくは脅威だと思ったりしたことはあるけれども、その存在が無駄なものだと思ったことはない。あんたは虫たちの存在が無駄なものだと思っている人間の存在を、自分の表現の前提にしているのか!? と、突っ込みを入れたくなるところだが、作品の雰囲気から作者が言っていることに説得されてしまう。つまり、部屋を暗くして死骸に灯りを当てた展示方法は成功している。




久松知子「芸術家の研究所」(2016年 H203×W266cm)
 久松によれば、この作品は「岡本太郎との対決」を意識したものだという。久松は、メディアに登場した晩年の岡本と、民族学者であり前衛のリーダーとして活躍していた岡本の顔は別人のようだったとも述べている。
 久松の作品は、「日本画家のアトリエ」(2015)、「日本の美術を埋葬する」(2014)、「日本祭壇画 神の子羊」(2013)と注目してきた。一見おっとりしていてそれでも律儀に思える素人風のタッチで描かれた人物たち(それはみな有名人だ)の群像とその立ち位置の構成が、それ自体で奇妙な批評性をもっている。
 その批評性は、しかし、作者が言うように対象として描かれている実在の人物と「対決」するように表現されているのではない。むしろ独特の間合い感をもって描くことで、対象を戯画のようにみせる「批評」なのである。久松の絵には、どこかで既視感を感じる。それは、ある種の親密感であり、同時に鬱陶しさでもある。この一見親密そうな顔をしてそれゆえ鬱陶しく絡みついてくるものが、久松作品の「批評」性であるように思われる。
 さて、ところで、筆者が久松を評価しつつも若干の疑問を感じざるをえないのは、「みちのおくの芸術祭/山形ビエンナーレ2016」において、その会場のひとつとなった山形市の文翔館(旧県庁舎)の一室に展示した「三島通庸と語る」という作品について、である。




 この作品は、明治初頭の山形に藩閥政府による初代山形県令として赴任した三島が、当時の県庁の県令室(知事室)で執務机の席に座っている姿を描いたものである。作者は、三島の姿を描いた絵を当の旧県庁舎(三島時代の県庁舎は明治末に焼失。現在の建物は大正期に再建された建物を昭和~平成期に大規模修復し「文翔館」と新たに命名したもの)に掲示することが、ある種の批評的行為(もしくは批評的表現)になるのだと考えているフシがある。しかし、この程度の仕業で「批評」が成立すると考えているのなら、それは作者固有の希望的観測に過ぎない。
 この作品においても「批評」を表現するつもりなら、せめて作品「岡本太郎と誕生日会」(2015)で「岡本太郎」と同席させたように、三島の前にもジャージ姿の久松(の分身)を登場させてほしかった。
 久松は、これからも、その独特で奇妙な「批評」の可能性を開拓していくことだろう。その作品に注目していきたい。

 なお、上記の久松の展示について、東北芸術工科大学大学院後期博士課程の院生である田中望が「小論『地域アートは場所を批判しうるか?』」という文章(筆者は田中の作品の展示室に置かれていた論文のコピーでそれを読んだ)で、「文翔館(旧県庁舎)」という「場所」を「イデオロギーの表象」及び「県庁という山形の近代史の象徴」と捉え、そこに久松の「三島通庸と語る」を展示するという行為を「批判的芸術として注目すべき作品」だったと評価している。
 展示された作品の前に久松という作者が常駐して、「これは三島による山形近代化への批判の作品です」と訪れる観客に言い続けるパフォーマンス付きならそうとも言えるかもしれないが、たんなる作品の展示だけでは批判にはならない。田中や久松は、文翔館でもっとも豪華な「正庁」と呼ばれる部屋に、高橋由一の作になる三島時代の県庁舎と周囲の建物を描いた絵画が掛けられているのを知っているはずだ。この部屋を訪れた人はだれ一人、その絵を「批判的芸術作品」とは看做さないだろう。久松による三島の肖像画も、ただ展示されただけなら観客にとってはこれと大して違いがない。作者の想いや表現意識が観客に伝わるのは、言葉による意味づけがあってのことである。言葉による意味づけや解説がなくても「批判」たりうるためには、作品自体にもうひとつ策略がなければならないのである。


 では、次に、洋画コース・大学院修士課程修了生の作品で印象に残ったものについて。





 鉾建真貴子「漂う物語」

 作者のコメントから。
 「異質な変化を反映して『何者か』が蠢いている。原発事故後の事象を纏いながら組合わさり、異形なモノとなって絵の中で災害の記録を伝承する。そこに佇む様々な登場人物を孕んで物語は蓄積し、更新されていく。/私達はフクシマ、という言葉がグローバルな土台に引き挙げられた時から見えないものとも対峙しなくてはならなくなった。メディアによって変質する福島像に出会う時、自分の言葉で語れるようになりたい。」
 劇画的な人物(女子高生)と劇画的な風景の断片とエヴァ的な文節のコラージュとが、絶妙に構成されている。
 女子高生が仰向けに横たわっている姿が、ある意味では“ゆるい”感じを醸し出していて、この蓄積された「物語」が<日常>として身近にあることを表象し、同時に女子高生の身体がその「何者か」に浸食されるイメージが、つまり女子高生がその「何者か」=「物語」に身体を開いてしまうかのようなイメージが表象されている。幽かに春を売らされるかのように見えて危うい、この居心地の悪さが描けるのは、作者が「フクシマ」の出身者だからだろう。
 たぶん、ここで劇画的な、つまり借り物的な画風が採用されているのは、「フクシマ、という言葉がグローバルな土台に引き挙げられた」事情を反映している。この劇画調こそが「グローバル」なものだからだ。
 ところで、余談だが、東京電力が「福島原発」を「福島」原発と名付けていることに、東北の人間はもっと怒って良い。同じ東京電力は、新潟県にある自社の原発を何と呼んでいるか。「新潟原発」ではなく「柏崎原発」である。「福島」だけが“十把一絡げ”なのだ。ここには「江戸=東京」からみた“白河以北一山百文”と同根の視線がある。東北電力は宮城県にある自社の原発を「宮城原発」とは決して名付けないだろう。
 だから、「フクシマ」は、その呼称を口にした瞬間、つねに/すでに「メディアによって変質する福島像」であることを宿命づけられていた。その状況のなかで「自分の言葉で語る」ことは容易ではないだろう。ただ、作者には、<作品>という、言葉ではない「言葉」がある。その「言葉」に耳を傾けたい。




 
 高野加菜「NETDEADSUNRISE」

 ここでも、南相馬市の出身の作者のコメントに耳を傾けよう。
 「震災によって噴出した放射能と過剰な善意/悪意によって、日本中の現実/仮想空間全てが塗り変わり、私の身の回りの物事も一変してしまった。全てを再構築していく為に、人間の抑圧された様々な感情を受け止め、鮮烈に、眩く改変され続けるキャラクターたちを用いて、私は絵を描いている。」
 前述の鉾建真貴子「漂う物語」が劇画調なのに対して、高野加菜のこの作品はマンガチックである。高野もまた、それが「グローバル」なものであるがゆえに、「改変され続けるキャラクターたち」をマンガ的な“壊れ”として描くことを選び取ったのかもしれない。
 鉾建真貴子のコメントが記載されたパネルにはただ「福島出身」としか表記されていなかったから、鉾建の出身が「福島」のどこかは不明だ。しかし、高野加菜は福島第一原発に近い「南相馬市」である。たぶん、高野のこの作品は、鉾建の作品よりも福島原発に近い距離で描かれている。
 つまり、「噴出した放射能と過剰な善意/悪意によって、日本中の現実/仮想空間全てが塗り変わ」ったという体験は、高野加菜の方がより強烈で直接的だったのではないかと思われる。
 鉾建は「自分の言葉」を探しているが、高野は「絵を描いている」としか言えない。高野の作品には“言葉探し”とは少し次元の異なる切羽詰まったもの、その激しい渦巻きを感じる。
 これも余談になるが、今年の修士課程修了生たちは留年していなければ2011年の春にこの大学に入学した者たちである。 「3.11」から間もない混乱期にこの大学で歩みを始め、この山形で暮らしを始めた。その道のりが平たんなものでも晴れやかなものでもなかったことは、よく伝わってくる。
 きっと“山形”は彼女たちを包む土地であり、しかしながら同時に、癒すことをしない土地だったのだ。壊れもせず、癒されもしていないところに、これらの作品が屹立している。








柏倉風馬「棒になった人々」「眼球」

 「棒になった人々」(1,300×4,800㎜)は、足の骨のような、あるいは包装紙を捩じって形作った人形のようなものが描かれている。これが人体の比喩であることは容易に想像がつく。問題は、もう少しだけ抽象度が高い、大きな岩石か、あるいは女の股間のようなものにみえる「眼球」(410×242㎜)という作品の方だ。
 筆者は「眼球」のような抽象画に魅かれるところがあって、この作者のこの種の作品(抽象度がこの程度のもの)をもっと見たいと思った。一観客の勝手な口ぶりだが、「棒になった人々」では抽象度が中途半端である。「眼球」は、だが眼球には見えず、それでいて人体のとても静謐でかつは一筋縄ではいかない存在感を伝えてくる。








町田太一「いい暮らし」(ミクストメディア)

 展示室の中に蒲団が干されていて、そこには子どもが描いたような、男性器がフューチャーされた人物の絵が描かれている。父親と息子らしき人物は逆さになって放尿しており、黄色い尿のようなものが頭から下に垂れている。夜尿症で濡らした布団のシミが、当の夜尿症の放出シーンになっている。“自己言及的な夜尿症”とでも言うべきものか。
 一方、展示室の床には、工作用の蝋で作られた人体のような形の池(?)のオブジェが置かれている。池の縁に腰掛けている青い帽子をかぶった釣り人らしき人形がつまみあげられ、また、こちらでも男性器が強調されている。
 作者は「暮らしの中で感じる触覚的な違和感」を表現しているという。
 フロイトの小児性欲の発達段階では、男性器に拘るのは「男根期(エディプス期)」ということになるのだろうが、この作品の作風は、男根期もしくはもっと以前の段階の生温かい濡れの「触覚」を感じさせ、床の中で尿を漏らしてしまったときの感触、そのどこか“親和的な異和”とでも呼ぶべきものを連れてくる。 (続く)                                                                                                                                                                                                         















  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 09:26Comments(0)美術展

2015年03月22日

東北芸術工科大学卒業制作展2015 感想その3

 東北芸術工科大学卒業・修了展(2015年2月10日~15日)の感想記。
 その3は、建築・環境デザインの作品について。







 と、そのまえに覗いたプロダクトデザインの作品全体についての感想を述べておきたい。
 上の写真がプロダクトデザイン作品の展示会場(体育館)。
 たくさんの来場者がいて、作品のまえで作者から説明を受けながら鑑賞している。この学科の学生たちはプレゼンの実習をこなしているからか、接客態度に好感が持て、説明も流暢である。 
 実際の製品化を念頭に企業とコラボした作品はもとより、全体としてコンセプトが商品化を前提とした現実的なものばかりだという印象である。この“現実化”は、今年度はやや顕著で、良く言えばデザイナーとしての実践教育が奏功しているということなのだろうが、悪く言えば小さくまとまっていて全体としてちょっと面白味に欠けたという印象を与える。このブログで取り上げたいと思わせられる作品に出会わなかった。
 また、以下に述べる建築・環境デザインやプロダクトデザイン、そして企画構想の作品(今年は観る時間がなかった)などについては、観客が作者に対してもっと批評的に感想を言い、作者と意見交換してもいいのではないかと思う。これらの作品は、いわゆる芸術作品として自立しているものではなく、利用者・関係者との相互作用のなかで成立する性質のものだからである。

 ということで、最後に建築・環境デザインの作品から。













 吉田百合絵「日はまた昇る ~50年の建築の物語~ 」
 2055年から2105年にかけて建てるピラミッドというコンセプト。「原発事故で放射能の影響を受け、鎖国した日本がもう一度再建するときの建築です。」とコメントされている。
 小説で物語(時代状況など)を書き、その物語のなかの建築を模型でデザインするという斬新な試みである。
上に述べた「これらの作品は、いわゆる芸術作品として自立しているものではなく、利用者・関係者との相互作用のなかで成立する性質のもの」という言葉を、ここですぐさま撤回しなければならない。
 平壌にこんな形の高層ホテルがあったかと思うが、「放射能の影響を受ける地上に住み続けるの?」とか、「人口減少が進む地震国で高層建築に拘る理由は?」などという突っ込みを寄せ付けない自立した作品である。










 古山紗帆「月と生活 ~地球のリズムに準ずる人間の暮らし~」
 限られた土地にコテージ風の住居を近接して設置し、そのいずれもから月の姿を眺められるように(そしておそらくは相互に家の中の様子は見えないように)配置した作品。「住民同士はドライな関係でありながら他者を感じることができる豊かな暮らし」の提案だという。
 関係意識についての観念を、月を媒介として建築・環境デザインに物質化したところがミソである。
「どの家からも富士山が見える」などというのなら解り易いが、月というのはようするに“ルナティック”なものなのだから、ここには幾許かの危うさや物狂おしさが孕まれているだろう。
 都会的な、というよりもヤッピー的な関係意識(への願望)はよく伝わってくる。しかし、「毎晩同じ月を眺めることで他者の存在を感じる」というのは、これが非日常的な時間を過ごす別荘地であるなら理解できるのだが、子育ても介護もしなければならない一般の住宅地についての提案であるとしたら、ちょっと異和を感じざるをない。
 とはいうものの、ひとまずはこのように関係意識や価値観をストレートに模型に形象化できることが、優れたデザイナーの要素であることは疑えない。
 もっとも、このデザインの場合は、個々の建物に月を眺めるための大きな窓をとっているが、他の建物からリビング等を覗かれないため、建物相互の位置取りや個々の建物における窓の取り方をいろいろと検討しているから、結果としては「ストレートに」形象化したということにはならないかもしれないが。













 鈴木いずみ「地方都市におけるストック利用の住まい方 ~廃病院のコンバージョン~」
 郡山市の太田記念病院という、実際に存在した病院の建物の再利用を提案する作品である。
 切実な課題に対する提案であり、「現実的」な作品だといえるが、「廃病院」という陰湿なイメージを払しょくして有効活用する(とくに住居として利用する)のはそれほど容易なことではない。
 作者は、この病院の上層階をシェアハウスにするということで比較的若い世代を引き込み、建物全体のイメージの刷新を図ろうとしている。  中層階は賃貸住宅にとの考え方だが、シェアハウスに人が入らないとこの賃貸部分を埋めることも難しいだろうから、シェアハウスの成否がキモになると思われる。
 模型では、シェアハウスの部分に談話スペースや図書室みたいなスペースを確保して居住空間としての魅力を創ろうとしているが、これがただの「寮」とどう違う雰囲気を醸し出せるのか、展示内容からは(つまり部屋割の空間構成からは)分からなかった。
 ついでに言うと、この建物の管理主体はどうで、維持費はどのくらいで、入居費用はそれぞれいくらくらいか、などが(郡山市の実態を踏まえて)示されるともっと面白かった。
 しかし、こうした地味で難しい現実的課題にチャレンジする学生がいるのは嬉しいことである。


 さて、今年は例年以上に鑑賞の時間が取れず、全体のごく一部しか観て回ることができなかった。
 とくに企画構想と映像についてはほとんど観ることができず、残念だった。
 卒業する学生の前途に幸多かれと祈念しつつ、擱筆する。(了)                                                                                   





 
 
  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 14:32Comments(0)美術展

2015年03月12日

東北芸術工科大学卒業制作展2015 感想その2

 東北芸術工科大学卒業・修了展(2015年2月10日~15日)の感想記。
 その2は、版画、彫刻、工芸、テキスタイルの作品について。

 まずは、版画から。






  村上悠太「ぱじゃまんはしろたんがすき! しろたんはぱじゃまんがすき!」
  奥行きある構図と事物の立体的な描写が、ひとつの自立した仮構世界を産みだしている。
 アニメやSFに影響を受けた子ども時代をあからさまに保存しつつ、成長して初めて感受する世界の奥行き、それがもつエロス的魅力、そしてその世界を遠くまで歩いていこうとする者が抱く途方もない行路(=人生)への想い・・・、それらの錯綜した感懐が繊細に描き込まれている。








 秋庭麻里「石ヶ戸」
 どちらも水性木版で描かれた「イシゲド」という題の作品とこの「石ヶ戸」という題の作品が並べて展示されている。ここに掲げたのは「石ヶ戸」という作品の方である。
 作者は、多色刷り木版は大木や巨石との「会話」だという。グレーが基調の「大木」(倒木?)や「巨石」らしき物体に淡い紅系や橙系の模様が重ねられることで、それら「大木や巨石」が立体的な存在感を高め、まるで水底を移動する魚のようにも見えてくる。
 後ろの灰色系と手前の紅色・橙色系の重ね刷りが、描かれた物体に奥行きを与え、しかもアダジェットほどの速度で移動しているかのような気配を感じさせる。


 次は彫刻、工芸、テキスタイルの作品から・・・







 山本雄大「たとえ」
 木章(クスノキ)、木品(シナノキ)の木彫作品。
 巨大な角のある型動物の頭蓋骨を、上顎の部分から頭部の部分を中心に描いたかのような作品である。これを動物の骨格だと思って観察すると、細部までデザインが行き届いていてこのような未知の生物が存在したかのようなリアリティを感じるのだが、しかしその一方で、このように立てて展示されていると、角の部分が足のようにも見えて、じつに奇妙な生物(あるいは静物)に見えてくる。
 作者は彫刻において仮構されたリアリティに拘りつつも、そのリアリティを否定するような、というかこの作品が抽象的なオブジェであるかのような見せ方をしている。








 沼澤早紀「Cell」
 墓石に使われる黒御影の浮金石(うきがねいし)=福島県産の斑レイ岩の彫刻。
 頭部の大きな人間が複数くっついて(融合して)いるように見える。まるでシャム双生児の妊娠初期の胎児みたいな姿である。
 くぐもった姿勢あるいは異形の胎児のような形態と、この素材がもつ密度感=重力感、そしてこの素材の表面の荒削りさからくる非人工感が、内部生命の力動を感じさせる。
 このように地味で解釈の難しい作品をあえて卒業制作展に出品するというのは、なかなかのチャレンジだと思う。












 高木しず花「お食事こうでねえと土鍋」
 工芸コースの作品。・・・ユニークな形と彩色の土鍋たちである。
 蓋に江戸期の古地図を描いたもの、同心円の的を描いたもの、蓋の取手の部分が水道の蛇口になっているものなど、面白いデザインの土鍋たちが並んでいる。上の写真の手前から2つ目は、大きさの異なる4つの土鍋が並べて置いてあるようにみえるが、この4つはくっついているのである。
 日常で使用する土鍋としていちばんいいかなと思うのは、古地図を描いた土鍋。古地図のデザインがそのまま土鍋のデザインとして活かされていて、そこからなんとなく温かみを感じる。









 東海林緑「溶けるの、まって」
 器の中に凍って浮かんでいた植物をずっと見ていたくて、その形状をガラスで作成したという作品である。いくつか展示されていた作品のなかから、いちばん氷漬けっぽく見えるものの写真を上げた。
 凍った植物は、その氷が溶けるとしんなりする。凍結によって一時はなにか芯のようなものが通ったかのように凛とした美しさを発するのだが、実は凍ることですでに自らの核心部を台無しにされてしまっている。
 ガラス工芸の修得過程の実習作としてみればほほえましいものだが、これを自立した作品だとして見せられると意外にもけっこう複雑な障りに襲われる。













 高橋さとみ「スリップウェア大皿」
 「スリップウェア」とは、イギリスの日用雑貨に用いられる技法で、成型した器にクリーム状にした粘土で模様を描くものだという。
 これらの作品は、遠目からは一見民芸調の落ち着いたデザインの器にみえるが、近づいてよく紋様をみると、3作品ともこれがなかなか毒々しい。
 作者は、これを日用品または民芸品として製作したのか、それともオブジェとして製作したのか・・・と想いを巡らせてしまう。









 遠藤綾「Breath」
 「再生と循環」がテーマだというオブジェ。
 発想と形状は単純なのだが、ドラム缶から蔓のような触手が伸びる異様な形状に目をとめると、ついつい引き込まれてしまう。この黒色の触手が妙にリアリティをもって迫ってくる。
 この作者にとって、「再生」や「循環」は、物質の分子の変化という物理化学的な概念と、なにか力動的な同一性が形状や弾性をかえて生き延びていくという観念的な概念が接続されたものなのである。













 高橋由衣「糸世」
 “きづな”という題のオブジェ。
 半分くらいに割った卵の殻を、ヘビの鱗のように繋ぎ合わせて作られている。
 「食べられる命の存在を忘れずに尊び、また自身の生命の在り方を考えるきっかけになるよう制作した」とコメントが付されている。
 そこには、この大量の卵の殻をどこからもらったかの記載もあるが、実物としての質感は作品に活かしつつも、卵の殻はあくまでも「生命」それ自体ではなく、「生命」の“比喩”まで高められなければならないはずだ。(なぜなら、私たちが食べている卵は無精卵であって、独自の「生命」にはなりえないものだから。)
 なんとなく既視感はあるものの、それでもこの作品はそのボリュームも相俟って展示物としての存在感を放っている。










 永山実沙希「パーソナルスペース」
 洋式便器が置かれた狭い箱の空間。箱の内側には様々な画像の断片が貼り付けられ、便器の上の天井にはアニメーションが映写されている。パーソナルスペースとは「心理学の概念で、具体的には前後1mくらい、(中略)この空間は自分の縄張りのようなもので、この範囲に他人が入ってくると、緊張したり、不快感を覚えます」とのこと。
 個室の内側に写真やイラストなどの画像をびっしり貼り付けるインスタレーションやオブジェはしばしば見かける。言い換えれば、作品としてのオリジナリティがないということになる。
 しかし、この作品は、なぜか、既成の画像やイメージで埋め尽くされた個室の便器に座っている作者(または鑑賞者)の存在を(座ってみろと掲示があるにもかかわらず)想像させはしない。
 このオリジナリティなき「パーソナルスペース」は、それ自体が「パーソナルスペース」の不在を表現している。おそらく作者は無意識のうちに、「パーソナル」なスペースを離脱して、どこかに行ってしまっているのである。だから、観客に“ここに座ってみて”と呼びかけているのだ。

                                                                                                                                      


  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 20:06Comments(0)美術展

2015年02月24日

東北芸術工科大学卒業制作展2015 感想その1

 2015年2月、毎年愉しみにしている東北芸術工科大学卒業・修了展(2月10日~15日)を観に出かけた。今年は思うように時間が取れず、1日だけの訪問で終わってしまったが、その感想を記す。
 なお、美術科の選抜作品は東京都美術館で展示される。(2月23日~27日)

 今年は、日本画コースの作品を皮切りに、洋画、版画、彫刻、テキスタイル、工芸、総合芸術を観たあと、プロダクトデザインと建築・環境デザインを覗き、最後にほんの少し映像を観た。
 さて、早速日本画の作品から感想を述べていきたい。
 まず、大学院の修了生の作品から。







 多田さやか「SHAMBHALA」
 2,280×10,800㎜の大作である。
 “シャンバラ”とは、チベットの伝説上の仏教王国の名前。仏教的世界観からこの世の諸事象を包摂的に描いているようでいて、それをどこかで冷たく突き放している。無常世界全体を抱擁するかのような大きな構えと個別事象に関するシニカルな批評との一見相矛盾する緊張関係が、この作品に魅力を与えている。
 多田さやかの作品については以前に学部卒業時の作品を取り上げたが、そのときの作品に比べると、曼荼羅的な構図を脱皮し、描写力も向上させている一方で、作図の巧みさが表面に出ている分だけ衝撃力が弱まっているという印象を受けた。

 次に学部卒業生の作品。






 久保文香「選んできたもの」
 少女マンガ的な女の像の胸の辺りに箱が埋まっていて、その中にキャラクター化されたニワトリ(またはニワトリのゆるキャラの着ぐるみを着た小人?)がいるのだが、そいつがマジンガーZを操縦しているみたいに操縦桿を握っている。操縦室を覗くと、中の壁に「愛」と書かれたプレートが貼ってある。
 絵画にオブジェが埋まっているという感じだが、そこには女(=自分?)が誰かに操縦されているという認識があり、またその操縦者(=支配者?)も曖昧な存在として感知されている。
 よく見かけそうなニワトリの着ぐるみが、この作品をたんに風俗的な衒いを狙ったものと看做させるかもしれない。しかし、作者がその病的な感覚を、少女マンガ趣味とゆるキャラと「愛」との、いわゆる“カワイイ”によって定着し、かつは高度に目眩まししているのだと捉えることもできる。








 大野菜々子「永遠の、夢のような幸福」
 2,100×3,300㎜の作品。
 山の稜線の向こうに異形の者たちが描かれている。作者は秋田県出身だというが、ナマハゲにトラウマを与えられているかのようだ。しかし、それが“永遠の、夢のような幸福”となって感じられるのはどうしたことか。
 それは、異境は山の向こうにあるものなのか、それとも山のこちら側にある、既に滅びつつある伝習のなかにあるものなのか。・・・全国でもっとも人口減少が深刻で、まさに“消滅しかかっている”秋田県に、衰退の追憶の美学を視る想いだ。









 清水悠生「紅壁」
 急峻な岩山に配置された山寺・立石寺を、紅葉の燃える季節に、対面する観光施設「山寺風雅の国」の辺りから見上げた構図である。しかし、その風景を実際に視たことのある人間なら(いや、よく考えれば視たことのない人間でも)、この絵画が写実であるようで写実ではないことに気づくだろう。
 なぜなら、紅葉の山はこんな風に紅色だけで彩られる訳がないからだ。するとこの作品の魅力は、写実的な振りをして、“紅色の壁”としての心象風景からきているように思われてくる。


 さて、今年の日本画コースの作品は、例年に比べてちょっと物足りなかった。
 その分、今年は、これまで日本画コースに比べて見劣りしてきた洋画コースに、相対的に魅力的な作品が多かったように感じた。
 その洋画コース、院生の修了作品から。






 浅野友里子「トチを食べる」
 「火のあるところ」と題されたシリーズ作品(食物を煮炊きする場面の手の動きの構成による作品群)から、「トチを食べる」の写真を上げた。
 食へのこだわりが、たくさんの木の実と器と黒い手のうごめきとして描かれている。これら多くの黒い手は伝承とその担い手を表現しているのだろうか。
 じぶんの記憶から言えば、橡の実は癖(アク)があって、腹の足しになるほどの量を食べる(実際に食べたのはトチ餅)と気持ちが悪くなった。煮炊きとは、つまりはこのアクの強さとの闘いなのだ。この作品は、その闘いのイメージを伝えてくる。














 佐藤彩絵「主観A」および「幻想なのでは?」
 「空気を認識するための絵画制作」と題されたシリーズ作品の中から、作品「主観A」と作品「幻想なのでは?」の写真をここに上げた。
 「主観A」は群衆が月に向かって動いていく姿を描き、「幻想なのでは?」は途切れ途切れのデジタル画像で映し出されたかのような人間たちの姿を描いている。
 デジタル時代(というよりデジタル画像によるイメージの時代)の曖昧で模糊とした環境認知や関係意識、そして集団に流されていく現在への異和感が、素朴な表現で定着されている。









 大森莉加「天」
 キャンバスに、タテに紐状の様々な色のシリコンを貼り付けて製作された作品。
 紐状のシリコンが、チューブから絞り出された絵の具のようにも視える。
 「いけにえとなった羊が天に召され、新たに誕生、生まれ変わるイメージ」だとキャプションがある。
 美術表現の技法と表現したいテーマがずれているような、合致しているような、奇妙な感覚を覚える。「羊」はやや漫画チックだが、その形象が記憶に残る。色とりどりの紐状のシリコンの質感も印象に残る。










 鉾建真貴子「いのちのカラフル」
 新聞紙を張り合わせた幕状の地に、アクリル、オイルパステル、クレヨンなどを用いて描かれている。
 作者は、「カラフルと死を同義に」捉えていたが、徐々に(自分の観念が)死から離れ始めたといい、それは生きる喜びを少しだけ見つけたからだ・・・とキャプションを付けている。
 生きる喜びを少しだけ見つけることができたのは、なぜだろうか。この山形の地で、この大学に学んだことがそれに少しでも寄与しているとしたら、なんとなく嬉しく思う。








 
 飯山蓮「MANABU」
 男の体と触れ合い、その美しさを感じていた瞬間を留め、定着することで永遠のものにしたいという欲求から描かれた作品。・・・「一瞬を今に留めたい」、「常に自分から見えている瞬間を感じながら作品を描いた」とキャプションにある。
 身体の物質性も性愛の情緒性も、その一瞬をけっして留めることはできない。その一瞬が美しければ美しいほど、切実であれば切実であるほど、である。
 老婆心ながら中高年に至った人生の先輩として一言・・・若い頃は加齢が恐ろしいものだし、加齢によって美しさが失われていくことが忌まわしく思われるのでもあるが、実際加齢してみると加齢者には加齢したからこその美しさとかけがえのなさが来迎する。お互いが時空を等速で飛行していれば、お互いの相対的な関係は維持されていくということもある。
 安心していいよ、蓮さん。あ、ただし、性愛の心とその対象は移ろうかもしれないけどね。









 小野木亜美「Babble」
 1,940×3,760mmの大画面に、手漉き和紙、雲竜紙、阿波和紙、アクリル、カラーインクをうまく組み合わせて金魚とアブクを描き、単純な構成のなかでも弛緩した場所のない作品を創り上げている。金魚の、あの気持ち悪い肌と腹の感触を、バブルで隠しつつなおも肉感的に伝えてくる。









 黒田萌惠「妖美そして余韻」
 ボッティチェリ「ビーナスの誕生」へのオマージュだという。
 「ビーナスの誕生」では、右側に女がいて中央の裸体のビーナスにピンクの布をかけようとしているが、この作品ではバレリーナがピンクのリボンを指し出している。
 印象的なのはこの右側のバレリーナの顔面である。涙を流しているような、あるいは顔面の絵の具が流れ落ちたような、汚れた顔をしている。
 いわゆる“ヘタウマ”?という感じの作品だが、踊り子たちの肉感的な描写や細部の彩色はなかなかに味わい深い。









 柏倉風馬「全てを内包し、波及する」
 「3.11」の記憶に拠って、人間と波との関係性を描いた作品。
 細密な表現で“波”のいくつかの表情を定着し、つまりはその波に向き合う人間の心理を描こうとしているように見える。
 左側にやや紅味を帯びた瘤のように描かれているのは、子を抱いた母親だろうか。
 この作品がいい意味で印象に引っ掛かるのは、襲い来る波の描かれ方が多様だからである。恐怖の対象であり理不尽な存在である津波はともすればひとつの想念で描かれかねないが、ここではその多様な表情が細かく観察され、あたかもそれが有機体であるあのように分析的に描かれている。








 山之内ほのか「かわいいおともだち」
 自分との対話を繰り返している少女の不気味さが描かれている。
 大小の可愛らしい(?)少女の大小の顔を重ねて描く手法と、腕の部分に用いられているような人の肉体の輪郭を顔の突起で構成する手法が、この不気味さを効果的に表現している。
 この種の悪意ある絵画にこそ手法の完成度が求められるが、この作品は、アクリルと油彩がよく調和し、作画や彩色の緻密さと相俟って一定の達成を感じさせる。









 吉田満智子「無意識の幾何学」
 薄青い背中が印象的である。
 “ただ循環するだけのように生きていく女たち”を描いていくうち、作者のなかのなにかが変化していったという。
 “ただ循環するだけのように生きていく女たち”というものが存在するという感受が、よく考えると特異的なものに思われてくる。
 日々を大衆(または庶民)として生き、死んでいく市井の者たちを普遍的な価値として語った吉本隆明の「大衆の原像」から遠く離れた感受性が、ひとまずここにある。
 作者のなかで変化していく“なにか”が、吉本的な原像にオーバーラップすることがあるのだろうか。それがあるような気がするのは、じぶんの願望なのだろうか。










 工藤さや「溢レル」
 2,273×3,636mmの画面に、臓器のイメージがびっしりと埋め込まれている。腸管のようなものの盛り上り具合の描写や縫われた痕や血の滲みの表現が巧みで、生々しい器官たちの感触をうまく定着させている。
 大きな才能を感じさせる作品だが、じぶんは映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」に出てくるタコ顔の亡霊海賊の首領を連想してしまった。ここにこの種の有機体的な形象を描く難しさがあるが、今後も果敢に挑戦してほしいと思う。








 中村ゆり「束の間の慰め」
 古い家具のパーツを寄せ集めた木製の戸棚のような構造物の中央部には窪みがあって、そこに鳥籠のようなものが傾いた状態で収められている。このオブジェが置かれたスペースの入り口には黒色の網のカーテンが下ろされていて、その網目からこのオブジェを眺めるという格好になる。
 ひどく懐かしい感覚と、けれどもそこには決して戻りたくないような感覚が相俟って、鑑賞者が自らこの作品に陰影を与える。そういう仕掛けがしてあると言ってもいい。網でこの構造物に近寄れないというのが絶妙なところである。

 ・・・次回へ続く。
                                                                                                       
                                                            
  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 01:22Comments(0)美術展

2014年09月01日

ヨコハマ・トリエンナーレ2014 感想(その2)








 「ヨコハマ・トリエンナーレ2014~華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある~」(2014年8月1日~11月3日)の感想記の後半である。

 埠頭に建てられた展示会場「新港ピア」には、第10話と第11話が展示されている。

 第10話は「洪水のあと」と題されている。
 この章について、キュレーターは「アジアの美術はいかなる視点でとらえるべきなのだろうか」と自問しつつも、「過去の陰惨な光景をどうしても払拭できないから」、ヨコハマ・トリエンナーレ独自にこの問いに応えることを避け、「熟慮の末に見出した」ことが、「十全な配慮と調査を経てもたらされた、アジアへの真摯なまなざしに信頼を寄せ、福岡アジア美術トリエンナーレによるヨコハマ・トリエンナーレへの乗り入れを企画」することだったと語る。正直といえば正直、正解と言えば正解だが、観方を変えればやはり唖然とせざるを得ない体たらくである。
 「過去の陰惨な光景をどうしても払拭できない」なら、この国に蔓延する歴史修正主義の小児病にビビることなく、たとえそれが「過去の陰惨な光景」を思い起こさせる作品であろうとも、そこから「反日」プロパガンダ表現を見分け選り分ける労を惜しまず、改めてアジアの表現が問うてくることを正視して、「われわれはアジアの芸術をこういう視点でとらえる」という企画を観客に堂々と提示してみるべきなのではないか。・・・それをやる度量がないというなら、そもそも「アジアの美術」などという枠組みを云々すべきではない。
 もっとも、「国際的企画美術展の相互乗り入れ」はとても興味深い試みであり、ここに展示された福岡アジア美術トリエンナーレ出品作品にも惹きつけられるものがあった。
 
 では、この章の「福岡アジア美術トリエンナーレ」からの乗り入れ作品を観ていこう。
 キリ・ダレナ(Kiri DALENA 1975~ フィリピン)「流失」(2012)は、2011年のフィリピン台風の記憶を描いたとされる映像作品。部屋には二つのスクリーンがあり、一方には木造住居だったらしい廃屋とその窓に掛かった布が風に揺れる様子がずっと映し出され、もう一方には海上をピッチングしながら漂流する樹木の姿が映し出されている。これに「抗いがたい自然の猛威による喪失感を示す」という意味付けがなされるのも分からないではないが、それ以上にそこを流れている時間のビビッドな手ごたえに捕らわれて、思わず長く見入ってしまう。
 同「Mのためのレクイエム」(2010)は、車で町を訪れる場面や誰かに案内されるようにして町外れの荒野へ歩いて行く場面を記録したフィルムを逆回した映像作品。目的地(=映像の冒頭に映し出されたはずの場所)は「M」が殺害された場所なのか・・・。
同「フィリピンのジャーナリストたちを偲んで」(1996-2011)は多数の墓名碑を一つずつ延々と映していく映像作品。中には墓が掘り起こされて墓石が無くなっているものもある。2009年11月23日の地方選挙をめぐって多数の市民が虐殺され、そのなかに多くのジャーナリストが含まれていたとの説明である。
 ヤスミン・コビール(Yasumine KABIR 1953~ バングラデシュ)「葬儀」(2008)は、油に塗れてタンカ―らしき廃船を解体する人々の重労働を記録する映像作品。重労働であるうえ、普段着のまま働いているところをみると非常に劣悪な条件で働かされている様子。
 チェン・ジエレン(陳界仁 CHEN Chieh-jen 1960~ 台湾)「工場」(2003)は、演出が気になるといえば気になるが、操業停止された工場の内部(とくに各工員の作業台の間)をゆっくりと浚(さら)っていくような視点が印象的だ。
 ハァ・ユンチャン(何雲昌 HE Yunchang 1967~ 中国)「相撲 1対100」(2001)では、屋外(どこかの構内らしい)の、土俵みたいな形はないが地面の一部に砂を敷き詰めた場所で、ある男(作家自身のようだ)に多数の男が一人ずつ次々に相撲を挑んでいくところを記録した映像作品。柔道で行われるシゴキ稽古みたいな対戦だが、男は幾度も幾度も転ばされてヘロヘロになりながらも、自分より弱そうな相手がくるとその相手を負かそうと頑張る。音声はない。

 そしてもっとも気になったのが、ディン・キュー・レ(Dinh Q.LE 1968~ ベトナム)の「南シナ海ビシュクン」(2009)である。米国製のような軍用ヘリコプター(イロコイスなど)が上空から次々に海に落下してくるというCG作品。これには「サイゴン陥落により、ベトナムから脱出しようとする米軍ヘリコプターが次々に海に墜落する」作品だとの解説が付いているのだが、もうひと捻りされているように感じた。
 じぶんの記憶(ニュース映像についての記憶)によれば、サイゴン陥落後に海中に落ちたヘリコプターは、その多くが艦船の甲板から海に投棄されたものだったような気がする。あるいは、南ベトナムから脱出する艦船に着艦しようとして順番を待っているうちに燃料切れで海中に墜落したり、大勢の避難者がしがみ付いたために落下したヘリもあったかもしれないが、無人のヘリが画面の外側からボタボタと落下してくるこの作品の映像は、過去に起こったことの描写としてではなくむしろテレビゲームのような虚構として受け止めたほうがいいような気がする。
 というのも、ヘリの窓には人影が一切描かれておらず、ヘリのボディにも国籍や所属を示すロゴが描かれていない。いわば「ヘリの墜落」を二重に非人称化しているのだ。ここに描かれているのは、「忘却」でも反忘却としての「記録」でもなく、「夢」と呼ぶべきものに近い。サイゴン陥落はたしか1975年だったと思う。勝利した側であるはずの北ベトナムに住む7歳の子どもだった作者がみた(?)墜落の幻影が、41歳になった彼の夢に未だ繰り返し現れてくる・・・そう考える方が面白いし、またぞっとするのでもある。


 最終の第11話は「忘却の海に漂う」と題されている。
 この章で最初に目を引くのは、派手な装飾の大型トラック(やなぎみわ「演劇公演『日輪の翼』のための移動舞台車」2014)ではなく、むしろかなり地味な土田ヒロミ(1939~ 福井県)のシリーズ写真「ヒロシマ1945-1979/2005」である。これは被爆者(「原爆の子」という文集に載った文章の作者たちなど)を追いかけて、1979年と2005年にかれらをスナップ写真風に定着し、その二つの写真を並べて展示した作品だ。 1979年に「撮影拒否」した人の半分くらいは、2005年には何かしら原爆に対するコメントを寄せて土田のカメラに収まっている。1979年には、まだ被爆者への差別を恐れていたのかもしれない。その恐れが如何様にして、被写体となりこのような形で公開されることを受忍する意識へと変化していったのだろう。一部の人のコメントとして、被爆者が少なくなっていく時間の経過の中で、自分もあの体験を伝えようと思うようになったという趣旨のことが紹介されてはいるのだが・・・。
 同じことが「フクシマ」の被爆者にも起こるのだろうか。・・・いや、そもそも「フクシマの被爆者」とはどんな体験をした者のことか。・・・被爆者と被爆者でない者を分ける区分線はどこに引けるのか。・・・東京に住んでいる人間も山形に住んでいる人間も、ひょっとしたら「フクシマの被爆者」なのじゃないか。(あの事故以来、新宿区と山形市の放射線量はほぼ等しく推移してきた。)・・・写真に映った人たちの表情を観ながら、そんな取りとめのないことを考えていた。

 アナ・メンディエータ(Ana MENDIETA 1948~1985 キューバ~アメリカ)「浜に打ち上げられた海鳥」(1974)は、女がたくさんの羽根のようなものを裸体につけて波打ち際に浮いているところを記録したパフォーマンスの映像作品。羽根が白い三角形のトゲのように見えて、〝トゲ女〟が波打ち際で、寄せては返して・・・みたいに見えてくる。「懐かしき70年代!」と言うほかない作品だ。
 バス・ヤン・アデル(Bas Jan ADER 1942~1975 オランダ)の「落下」シリーズ(1970)は、木にぶら下がっている男が腕の限界に達して下の川に落ちるところ、男が屋根から転がり落ちるところ、自転車で川に突っ込む(運河の縁から下に落下する)ところなどが記録されたパフォーマンスの映像作品。これも「懐かしき70年代!」という感じの作品だ。
 そして、ジャック・ゴールドスタイン(Jack GOLDSTEIN 1954~2003 カナダ~アメリカ)「コップ1杯のミルク」(1972)は、テーブルの上を拳でど~んど~んと叩いて、ミルクの入ったガラスのコップを揺らし、ミルクが零れていくところを記録したパフォーマンスの映像作品で、これまた「懐かしき70年代!」の作品だ。

 〝70年代前衛芸術回顧〟の極め付きは、「宇宙的視野と人間の根源的なありようという、気宇壮大なビジョンを以て表現活動を展開した」という松澤宥(1922~2006 長野)のミニ回顧展のような展示である。大がかりな「私の死」をめぐるインスタレーション、パフォーマンスの記録映像、額縁に入れられた想念の書き付けなどのほか、スケッチブックまで展示されている。しかし、「気宇壮大」というよりは〝粗放自大〟といった印象が強い。
 これらの展示で、キュレーターはまさに「1970年代のパフォーマンス芸術を忘却するな!」あるいは「あれを思い出せ!」と観客に迫っているかのようだ。70年代に郷愁をもつじぶんなどは涙流して感謝しなければいけないところだろうが、しかしこれらの作品は、コンテンポラリーな(つまり2014年を生きる今じぶんたちが求める作品の)展覧会である(はずの)「ヨコハマ・トリエンナーレ」においては、〝名脇役〟にはなりえても〝主役〟にはなりえない。












 そんなことを考えながら展示スペース最後の場所に差し掛かった時、そこで出会ったのが大竹伸朗(1955~ 東京生まれ)のインスタレーション「網膜屋/記憶濾過小屋」(2014)だった。
 車輪と動力(燃料タンク)を装備したこの「小屋」の内部には、夥しい数の写真(多くは肖像写真)が貼り付けられている。それらの写真は、懐かしくもひどく忌まわしい過去の記憶で満たされた小宇宙なのだが、これを内蔵する「小屋」は記憶濾過装置でもあるかのようだ。なぜなら、何枚もの縦板が並んだ小屋の後面(あるいは前面か?)の形状は濾過用フィルターの束にも見え、ここで濾過された記憶が前面(あるいは後面か?)に装着されたタンクの中で溶解され、パイプから気体となって排出される・・・そんな機構を思わせる構造になっているのだ。しかも、この小屋自体が車輪を装備していて、移動可能であるかのようだ。あの懐かしくも忌まわしい記憶の小宇宙は〝移動する見世物小屋〟として構築され、その分だけ対象化される。
 ここにあるのが「忘却」でないことだけは確かだ。記憶を集め、いやというほどそれらにこだわり、そしてそれを濾過するために苦闘する意志・・・そしてその意志をもまた移動する客体として外部に晒す仕掛け・・・。観客はここで初めて「世界の中心にある忘却の海」という観念を裏切る作品に出合う。


 さて、この感想記の初めに「ここからじぶんはこの〝上げ底化〟感がどこから来ているのかを探りながら展示を観ていくことになった」と記した。
 横浜美術館と新港ピアというたった2会場の展示を、しかも駆け足で観ただけで分かったような口をきくことはできないが、〝上げ底化〟感はやはりこの時代のありようからくるのだと思わざるをえなかった。
 今回のヨコハマ・トリエンナーレには、キュレーターの、社会的なあるいは政治的な情況に対する問題意識がかなり直截的に反映されている。それは、白井聡が近著『永続敗戦論』で述べているように、戦後の「平和と繁栄」から「戦後のおわり」そして「戦争と衰退」に向かいつつあるこの国の現在から規定されているようにみえる。「華氏451度」及び「忘却の海」とは、歴史修正主義小児病の感染拡大と「秘密保護」という名の放恣によって記憶の焚書や秘匿が堂々と行われ、一方では日々の情報が急流となって頭蓋を貫流するためにひとびとがその脳ミソを麻痺させられていく〝この現在〟を暗喩しているかのようだ。
 この幼稚でくだらない(しかし現実的には大きな影響を受けるであろう)退化に見舞われつつあるわれわれは、こちらの世界に土足で踏み込んで来るものたちに対して、そのものたちと同じくだらない土俵で対処しなければならないというジレンマに囚われている。バカを相手にすると自分もバカになってしまう・・・この腹立たしい摂理から逃れるためにはどうすればいいのか。・・・もちろん、やってくるものたちを、その「ありのままの姿」ではなく、こちら側の想像力によって〝豊饒なる対立者〟として措定するのだ。・・・それができるのが芸術である。

 「ヨコハマ・トリエンナーレ2014」を観て一番に述べなければならない感想は、20世紀(!)に制作された作品の展示が多く〝新鮮な〟作品が少ないということだった。これは、ここに展示された作品から新しさを感受できないじぶんにも原因があるが、斯界に詳しいはずのキュレーターたちも、有名無名の作家たちによって日々産出されている膨大な数の作品から、〝新鮮な〟作品を発見することができないということを意味している。
 まさに〝新しい企画者よ 目覚めよ〟というのが、この感想記のオチである。(了)


(注)「ヨコハマ・トリエンナーレ2014」に展示された作品には写真撮影を許可しているものと禁止しているものとがあり、それは個々の展示場所のマークで示されています。

                  





  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 19:26Comments(0)美術展

2014年08月29日

ヨコハマ・トリエンナーレ2014 感想(その1)









 「ヨコハマ・トリエンナーレ2014~華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある~」(2014年8月1日~11月3日)を駆け足で(正味4時間ほど)観た。その感想を記す。

 この展覧会は、アーティスティック・ディレクターの森村泰昌氏によって、2つの「序章」と11の「挿話」からなる「忘却めぐり」だと定義されている。
 序章1では、横浜美術館の前庭に置かれたヴィム・デルボア(Wim DELVOYE 1965~ ベルギー)の作品「低床トレーラー」(2007)が存在感を放っている。これは錆びたゴシック風の鉄製門扉(?)の部分みたいなものを素材にして大型のセミトレーラーを模したオブジェ。
 同美術館の玄関ホールに入ると、そこでは巨大なゴミ箱が来館者を迎えているが、これが序章2のマイケル・ランディ(Michale LANDY 1963~ イギリス)の「アート・ビン」(Art Bin 2010)である。この中のゴミたちは創作活動における失敗であり、このゴミ箱作品は「創造的失敗のモニュメント」とされているが、どう見てもこれは〝昔の〟ゴミ箱だ。われわれの時代においては分別されないゴミは「不法投棄」とされる。このようなゴミ箱の存在が許されるのは、今や牧歌的なゲージツ家のアタマの中だけである。そのことに自覚的なのか。







 いかにも現代アートといった(しかしながらだいぶ退屈な「序章」たる)この種の作品に迎えられて第1話「沈黙とささやきに耳を傾ける」の展示室に入るのだが、まずは展示された作品たちに(というかキュレーターによるその選択に)唖然とさせられる。
 最初に展示されているのは、カジミール・マレーヴィチ(Kazimir MALEVICH 1879~1935)の「シュプレマティズム 34枚の素描」の断片であり、ジョン・ケージ(John CAGE 1912~1992 アメリカ)の何も書かれていないピアノ独奏の楽譜(演奏者が何も演奏しない無音の楽曲)であり、スタンリー・ブラウン(Stanley BROUWN)の「こちらですよ、ブラウンさん」(1964)、同「一歩」(1970)やカルメオ・ベルメホ(Karmelo BERMEJO 1979~ スペイン)「目に見えないインクで書かれた透明シート」、「白い絵の具の塊でできた空白のカンヴァス」という、ざっくり言うと形象が何も描かれていないまたは空白が描かれている紙(!)なのである。
 これらは、キュレーターのコメントにある「『沈黙』とは『美』や『悲』や『怒』について語られた何万語より、もっとずっとずっと重く深くそれらを語る、声なき声である」という観点が呼び寄せた作品群なのだ。唖然とするのは、このように「何も描かれていないこと」が「沈黙」であり、それが「ずっとずっと重く」美や悲や怒を語ることであるという実に凡庸な見解が、初手から臆面もなく啓蒙的に観客に教示されていることだ。そして、その啓蒙的な教示が展示者側における一種の退化現象であることに、おそらくはキュレーターらがほとんど無自覚であるらしいことだ。
 なお、この章で存在感を放っていた作品は、イザ・ゲンツゲン(Isa GNZGEN 1948~ ドイツ)の「世界受信機」(World Receiver 2011)という、ラジオやテレビをコンクリートなどの異質な素材で作ったオブジェ群だった。








 この対自的な無自覚がもっとわかりやすい形で露呈されているのが「第2話 漂流する教室にであう」である。ここでは、日雇い労働者の町・大阪市西成区釜ヶ崎における「釜ヶ崎芸術大学」(「NPO法人こえとこころとことばの部屋」主宰)の活動(講座やワークショップ)を紹介する展示(ビデオ上映を含む)とその参加者たちの作品(書・写真・詩・絵画・家電製品に彩色したオブジェなど)の展示が行われている。
 釜ヶ崎は日本の高度成長を支えた労働力を供給しつづけたが、その成長の停止とともに「置き去りにされた町」であり、したがって「忘却の町」なのだという。じぶんには「釜ヶ崎芸術大学」の取り組みそれ自体を批判する気は毛頭ないが、ここにこのようにして1つの章を設けて〝活動の紹介〟が展示されることになにか言い知れぬ異和を感じた。これらは第1話の「沈黙」と対照的な「表現」ではあり、したがって、第1話の名だたる現代芸術家たちの作品に看て取れる「沈黙」と無名の民の作品に現れる「表現」(非沈黙)との間の振幅を意識させるためには有効かもしれない。にもかかわらず、どうしようもなく啓蒙主義の匂いがして、この取り上げ方が、この作品展(ヨコハマトリエンナーレ)自身を〝上げ底化〟させてしまっているような印象を受けた。ついでに早くも肝心な感想を述べてしまえば、これまで3回ほど横浜トリエンナーレを観てきたが、今回ほど新たな発見や感動を得られない回はなかった。こちらの感性が鈍ってしまったのか、このつまらなさが時代そのものの変質からきているのか、おそらくはその両方からなのだろうが、ここからじぶんはこの〝上げ底化〟感がどこから来ているのかを探りながら展示を観ていくことになった。


 第3話は「華氏451はいかに芸術にあらわれたか」と題された章である。「華氏451度」はアメリカの小説家レイ・ブラッドベリが1953年に発表したSF小説。大衆が流れ過ぎる情報にのみ晒され、書物を持つことを禁じられた近未来社会を描いた作品。「ここに描かれた、本を燃やしつくす近未来社会とは、大切なものが忘れ去られていく世の中すべてに対する、予言に満ちた警告にほかならない」という認識の下で、「小説『華氏451度』のテーマを受け継ぐかのような」現代的表現を集めたのがこの章だとされている。
 印象的だったのは、タリン・サイモン(Tarin SIMON 1975~ アメリカ)の「死亡宣告された生者、ほか全18章の物語」(2013)。この作品は、各章が3つのパネルで構成されている。左側に実在する人物の肖像写真を何人分か(あるいは何十人分か)貼りつけたパネル。中央にその章の「物語」を解説する文章が書かれたパネル。そして右に、その「物語」に付随するイメージ、あるいは証拠の資料となる写真や絵などが貼り付けられたパネルが掲示されている。「物語」となっているのは、例えばウクライナの児童養護施設で育った少年少女の肖像写真と同国における子どもの人身売買・売春・児童ポルノなどの状況であり、あるいは作者の要請に応じてこの作品のために中国の情報当局が紹介したある家系の人々の肖像写真と中国情報局が少数民族問題を初めとして様々な表現を監視しているという解説であり、あるいはパレスチナ人で女性初のハイジャック犯およびその所縁の人物たちの肖像写真とハイジャックされ爆破された飛行機の残骸や交換された人質やアメリカの航空保安官の写真などの資料である。そしてどきりとさせられるのは、その中のある章が3枚のパネルすべてが黒く塗り潰された作品で構成されていることだ。これは作者が2013年に北京で個展を行った際に中国当局から展示を拒否されたものだという。(内容は韓国人の北朝鮮による拉致事件に関する「物語」)
 しかし、素朴な感想を言うなら、まずは右のパネルの資料(作者が「イメージの脚注」と呼ぶもの)が安易な採用だという印象を免れない。さらには、これら膨大な肖像写真の人々をこの程度の上っ面な「物語」の素材として美術展の観客に晒し続けることについて、作者がその畏れ多さと向き合った形跡が看て取れない。だからこの作品には芸術作品がもつ社会批評性とともに、むしろそれ以上にジャーナリズムがもつあの自己中心的なニヒリズムを感じてしまう。

 また、ドラ・ガルシア(Dora GARCIA 1965~ スペイン)のインスタレーション作品「『華氏451度』(1957年版)」(2002)は、一見ペーパーバックの同書をたくさん平積した書店の平台に過ぎないのだが、そこに積まれている本のページをめくってみると活字(アルファベット)1個1個がすべて左右逆転で(鏡に映ったように)印刷されていて、ひどく読みにくい。「焚書」をテーマとした小説をこのような形で形象化するという奇抜なアイデアにまずは唸ってしまうが、捻くれ者の半畳を入れるなら、左右逆転していようといまいと、そもそもアルファベットが読み取れない人間にとっては何の意味もない。(たとえば、これがアラビア語やヒンディー語で書かれた本だったら、じぶんには個々の活字が逆転していることが多分理解できない。)それを意味ありげに作品化していい気になっているというのは、非西欧的世界の忘却であり、西欧人の意識されざる傲慢さの裏返しの表現なのかもしれない。
 イラクのユダヤ系という出自をもつマイケル・ラコウィッツ(Michael RAKOWITZ 1974~ アメリカ )の「どんな塵が立ち上がるだろう?」(2012)は、1941年に英軍によって爆撃されて燃えてしまったドイツの図書館の本をアフガニスタンの古代遺跡バーミヤンの石を使って模った彫刻だが、そこに付されている解説が目を引く。世界が非難したバーミヤン仏教遺跡の爆破について、その実行者が語っている行(くだり)としてこんな説明書きが添えられていた。
 「私はバーミヤンの仏像など破壊したくなかった。実は数人の外国人が私のところへ来て、雨で少し傷んだバーミヤンの仏像を修理したいと申し出たことがあった。私はショックを受けた。こう思ったのだ。この冷たい人間たちは、生きている何千という人々、餓死しかけているアフガン人のことなど気にかけず、仏像のような無生物の心配をしている。極めて遺憾である。それで私は仏像破壊を命じた。」と。(報道では、イスラム原理主義者のタリバーンが、仏教の偶像崇拝を否定して破壊したとされていたかと思う。)
 作者は、爆撃で焼かれた図書館の貴重な(?)書籍をバーミヤン遺跡の石で造ることによって、この「忘却」に対する怒りと絶望を反復・定着しているかのようだ。

 そして、この章できわめて異和を感じたのは、日本における戦争賛美の詩集(高村光太郎、佐藤春夫、三好達治、北原白秋、草野心平などの詩集)を陳列するケースが出展されていたことだ。(これは「かんらん舎」という画廊を経営する大谷芳久という人物のコレクションだという。)
 オフィシャル・ガイドブックの解説は「そこから見えてくるのは、時代の流れに身を任せた芸術家の姿という、戦後になって隠され、忘れられた実像である」とこれまた単純化して語ってくれるが、文学者の戦争責任および戦後責任の問題を提示するなら、それを戦後文学者がどういうレベルで問うたか(たとえば吉本隆明)を踏まえた上でやるべきだ。少なくても吉本を読んできた世代は忘却などしていない。
 そして、さてその隣には、第二次世界大戦中に軍による芸術利用を批判したとされる画家の松本竣介(1912~1948)が妻子に宛てた3通の書簡が入った展示ケースが置かれている。ただし、こちらのケースは照明が暗すぎるうえ、中腰で側面から覗かなければならず、極めて視辛い。これについては「多くの人が体制に流され、翻弄された時代の転換点にあって、ある芸術家がどのような姿勢で世の中を見つめ、創造活動に臨んでいたのか。その精神のありようが見える」と解説されるが、容易に文面を読めないような展示では、観客が自らの眼でそれを確かめることができない。ほんとうに観客に手紙の文面を読ませる気があるのなら、せめて実物とは別にコピーを見やすいところに展示すべきだ。厳しい言い方になるが、キュレーターの一方的な教示主義がここでもその傲岸な顔をのぞかせている。


 第4話は「たった独りで世界と格闘する重労働」と題された章である。
 福岡道雄(1936~ 大阪)のオブジェ「飛ばねばよかった」(1966)では、大きな風船(に結び付けられた紐)を持つ人間が、通常とちょうど逆の関係になって、風船が重石になり人間の方が空に舞い上がっていこうとしている。また、「何もすることがない」(1999)では、黒のキャンバスが〝何もすることがない〟という細かな手書きの文章で埋め尽くされている。どちらもそれぞれの時代の雰囲気をうまくとらえた作品だと思った。だが、この種の表現がじぶんたちの今この現在にインパクトを与えてくるかと言えば、そうはとうてい想えない。
 毛利悠子(1980~ 東京)のインスタレーション「アイ・オー~ある作曲家の部屋~」(2014)では、平場にオルガン、ドラム、家具、ブラインドなどが配置されている。ブラインドが不規則に開き、そこからこれらが並べられた「部屋」を垣間見ていると、これも不規則に自動演奏でピアノやドラムが音を奏でる。そのときそこに立ち現われる〝何者かの不在〟の存在感が生々しい。この部屋の住人だった音楽家へのオマージュみたいな作品である。





 
 第5話は「非人称の漂流~Still Moving 」と題された章である。この章は「法と星座・Turn Coat/Turn Court」と題されたひとつの(一連の)インスタレーション作品のみで構成されている。
 この作品については、「ここに展示されているのは、京都アンデパンダン展における林剛と中塚裕子による10年間(1983~93年)の表現活動をもとに試みられた『創造的アーカイブ』である。」、「『創造的アーカイブ』とは、残された資料(アーカイブ)の創造的な活用法を模索する姿勢のことをいう。」、「大胆な解釈とダイナミックな読み替えによって、もはや誰のものともいえない、非人称のあらわれにまで展開させていく。」という解説がなされている。
 作品は、「法廷」と「テニスコート」と「監獄」の三つの部分から構成されている。「非人称」というくらいだから作者名も付されていない。展示室に入ると、まずそこには赤く塗られた部材で組み立てられた巨大な法廷があり、裁判長の机にある木槌(ガベル)が自動で打ちおろされ、ドーン、ドーンと大きな音をたてている。その仕切りに向こう側に回ってみるとそこはテニスコート(の半面)で、審判員の椅子やコートサイドのベンチは緑色に塗られた部材で造られている。この部屋を出ると、その左右に大きな鉄格子の区画が造られており、これが「監獄」とされているようだ。ただし、解説されなければ、この「監獄」と「法廷」・「テニスコート」が一連の作品だとは気づかない。
 「創造的アーカイブ」という発想及び手法とそれによって造られる「非人称」の作品というアイデアはなかなかに面白いのだが、観客の立場からすれば、オリジナル作品のイメージ(記録写真など)や現存する関連資料(本来のアーカイブ)が知らされないまま「創造的アーカイブ」とか「非人称のあらわれ」とか言われても、それをそのように判断する訳にはいかない・・・としか言いようがない。






 第6話は「おそるべき子供たちの独り芝居」と題された章である。
 まず、坂上チユキ(生年・出生地・住所地など不詳)の作品が目を引いた。詳密なドローイングでプレパラートにされた細胞のような図柄を描いた「博物誌」全32点や「鳥の写本」と題された絵画に目を凝らしていくと、「さがしもの」と題されたオブジェ(ミクストメディア)に突き当たる。粘土で造られた細い触手のようなものが無数に入り組んだ物体。その触手のすべてにさらに細かな無数の彩色が点として施されている。まさに「おそるべき子供」の黙々たる営為である。
 ピエール・モリニエ(Pierre MOLINIER 1900~1976 フランス)「シャーマンとその創造物たち」(1962~1967)はフォト・モンタージュ集。シュルレアリズムの影響下に、フェティシズムとエロティシズムを醸し出すエグい作品が並んでいる。また、全裸にタイツ姿で男根をそそり立たせたセルフ・ポートレイトのような作品もあり、これまた「おそるべき子供」ではある。











 この章でいちばん印象的だったのは、アリーナ・ジャポツニコフ(Alina SZAPOCZNIKOW 1926~1973 ポーランド)の彫刻作品たちだった。
 作品「尻ランプ」や「ランプ彫刻」(1970年頃)は、ポリエステルを成型して卓上ランブを模ったものだが、その傘や電球やスタンドの軸は、唇、尻、乳房、男根などの形態をしており、パステル調の彩色を施されている。これらはあっけらかんとして暗さはないのだが、人間の頭部がちょうど鼻の下から横に切り裂かれ、その断面が灰皿になっている姿のオブジェ「独身男の灰皿1」(1972)では、どこか生々しい加虐感と被虐感とを禁じえない。
 「写真彫刻」と題された作品は、作者が噛んだガムを被写体にした20点の組写真。ガムというよりもっと粘り気のある肉片みたいに見え、生き物のようなその形態に唸らされてしまう。





 アンディ・ウォーホル(Andy WARHOL 1928~1987 アメリカ)の作品は、「鎌と槌」というシリーズものの写真作品。ソビエト国旗のシンボルである鎌とハンマーのグラフィックを見て影響を受け、平面に鎌とハンマーあるいは他の物品を組み合わせて(重ねて)置いて、それを撮影した写真である。現物→グラフィック化という表現行為の逆を、文字通り〝手を変え品を変え〟して試しているといった風である。また、その隣には「絶頂絵画」(1978年)と題された精液で描かれた抽象画(萎みつつある風船のように見える)も展示されており、マリリン・モンローのグラフィックに代表される複製ポップ芸術家アンディ・ウォーホルの、すこし別の面を視ることができる。







 さて、順路表示に従いながらこの横浜美術館における展覧会を見て歩いて、その設定に感心したのは、グレゴール・シュナイダー(Gregor SCHNEIDER 1969~ ドイツ)のインスタレーション「ジャーマン・アングスト」(German Angust 2014 )だった。(じぶんなら邦題は「不安のドイツ的形態」とでもしたいところ。)
 これは横浜美術館の地階のある扉を開けて入る部屋=作品である。窓のない地下室のようで、コンクリートブロックの壁で囲まれており、床は下水の汚水のようなもので覆われている。目を凝らしてみると、汚泥の中にはふやけた固形物があり、中にはまるで糞便のように見えるものもある。その種の臭いがしないのが救いだ。近代的で清潔に見える美術館の一画に組み込まれたインスタレーションだから、作品が置かれた環境と対照的でありそれだけで刺激的に受け止められ得るという〝地の利〟があるわけだが、照明の暗さといい、造られてからの時間の経過を感じさせるコンクリート壁の風合いといい、なかなか手仕事の出来がいい。何か忌まわしい閉塞の記憶が蘇ってくるような不安を感じる。
 作者は、この美術館でここ、つまり地下駐車場がいちばん気に入って、ここにこの作品を製作しただという。


 第8話「漂流を招き入れる旅、漂流を映しこむ海」は、高山明(1969~ 埼玉)と彼が率いる「Port B」(ポルト・ビー)によるライブ・インスタレーション「横浜コミューン」及びトヨダヒトシ(1963~ 神奈川)の「映像日記/スライドショー」によって構成されている。じぶんは高山のパフォーマンスもトヨダのスライド上映も観ることができなかった。ただ、横浜美術館に展示されていた高山の「横浜コミューン」の一部(導入部?)であるビデオ上映を観ることはできた。
 このビデオは、日本に住む外国人が日本に住むことになった経緯を日本語で話す声が流れているだけのもの(画像はない)だが、不思議とその話に惹き込まれた。時間に余裕があればじっと耳を傾けていたかった。
 ライブ・インスタレーション「横浜コミューン」は10月30日から11月3日まで「nitehi works」という会場で行われる予定。「映像日記/スライドショー」は9月13日、22日、27日、10月4日、18日に、それぞれ別の会場で行われる予定。いずれもヨコハマトリエンナーレのHPで確認を。

 第10話と第11話は、会場が「新港ピア」。これらについては、次回掲載とする。                                                                                                                                                                                                                  
  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 00:57Comments(0)美術展

2014年04月17日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その7



 最後に企画構想専攻コースの作品から。

 東北芸術工科大学では、既存のデザイン工学部「企画構想学科」(学科長:小山薫堂氏)に加えて、2014年度から同学部に「コミュニティデザイン学科」(学科長:山崎亮氏)が新設される
 前者は小山氏の会社(一言でいえば広告代理店)、後者は山崎氏の会社(一言でいえば環境設計事務所)がそのままこの大学の学科になったような印象であるが、対象領域がけっこう重なる両学科が、それぞれの特徴を活かしつつ、どんな活動をしていくのか注目していきたい。
 というわけで、2014年度の企画構想学科の卒業研究作品の一部には、2015年度であればコミュニティデザイン学科のそれ、という感じのものもあった。






 大越智明「サケ×アテ グランプリ2013」
 農林水産省主催の企画コンクールで採択され、同省の予算で実施されたイベントの企画である。
 全国各地の8大学の大学生が、その地元の代表となる日本酒の銘柄とその日本酒に合った郷土料理の肴(酒のアテ)の組合せを提案し、そのプレゼンの全国コンクールを実施して「グランプリ」の「サケ×アテ」を選出するというもの。
 ただの日本酒の品評会では面白くないから、肴との組合せで品評しようという発想は評価できるが、提案者が各大学(当該大学の一部学生ら)というところが微妙である。
 これをもし一般募集でやったら商売が絡んでいただけないものになりそうだから、「純粋な」大学生に評価・提案させるという方法をとったのだろうが、捻くれ者のじぶんなどは「大学生に酒の銘柄と肴を指図されるほど落ちぶれちゃあいねぇ」な~んて偉そうなことを言いそうになる。
ところで、たとえば山形大学チーム(農学部か?)の推奨は「初孫生もと純米酒」×「玉こんにゃく田楽味噌」だった。「初孫」はじぶんも好きな地酒で(ただし純米酒じゃなく醸造用アルコールが入っている方がいい)、蔵元は酒田だから、「田楽味噌」がアテと聞けば、これは雪の中で「黒森歌舞伎」を観ながらいただくようなイメージだ。(・・・遠い昔、20代のころ、その雪中歌舞伎を観に酒田市黒森に出かけたことがあった。アテはこんにゃくではなく焼き豆腐だったような気がするが、一升瓶をそのまま大きな鍋でお燗して振舞われた地酒の味は忘れられない。)



 國井理紗「人あたたまる、ヤマガタミュージック」
 山形出身または山形で活動しているミュージシャンによる「山形の音楽・山形の人とふれあえる」ミニ・ライヴの企画。展示は「企画書」という形。ライヴの会場は芸工大の学生らによる「蔵プロジェクト」でカフェバーとして再生された「蔵オビハチ」。
 「蔵オビハチ」は、じぶんたちが2012年に第1回の「山形詩人ミーティング」を開催した場所でもある。このライヴ・イベントは観ていないが、たぶんいい雰囲気のライヴ&トークになったことだろう。パブリシティとして地元ラジオで情報提供したり、フライヤー等をデザインして、作者が一生懸命宣伝しているところも事前に見聞きしていた。
 ところで、企画構想学科では、学科の企画として山形県西川町海味(かいしゅう)の廃校になった西山小学校の校舎を会場として2012年から「月山青春音楽祭」を開催している。こういう経験を踏まえての卒業研究だと思うから、勝手な言い方をすれば、仲間とともに「蔵王龍岩祭」とか、今は亡き映画館「旭座」で開催されたあの伝説的ライヴ・イベント「DO IT」くらいのデカイ企画にチャレンジしてもらいたい。

 余談だが、第2回の山形詩人ミーティングを、「山形詩人ミーティング2014 in 新庄」と題して、2014年3月28日(土)に、山形県新庄市の「ニューグランドホテル新庄」で開催した。今回は、近江正人の『新・日本現代詩文庫 近江正人詩集』(土曜美術社出版販売)と万理小路譲の評論集『詩というテキストⅡ』(書肆犀)をネタに、酒肴をいただきながら自由に議論するという企画だった。
 そのうち、これイベントの記事もアップしたい。
 なお、念のため申し添えておくと、「山形詩人ミーティング」は「同人誌『山形詩人』のミーティング」という意味ではなく、「山形の詩人のミーティング」という意味である。(なお、詩人でない方も参加している。)



 澤邊元太「The nipple fight 山形」
 男が二人向かい合って、お互いの乳首を糸で結び合い“乳首綱引き”をする。そのトーナメント戦のイベント企画である。展示は、実際に開催したイベントの模様を撮影したDVDの上映という形でされていた。
 じぶんは痛そうであまり直視していられないが、スポンサーも獲得し、出場者数もしっかり確保していて、イベントとしては成功しているように見えた。出場者たちが、ウケ狙いではなく勝敗に拘って試合に臨んでいる姿が面白い。この企画が作者や作者周辺の個人の既存の人間関係にどれだけ依存していたのかはわからないが、このような企画がほんとうに世の中に出て行くためには、個人的な繋がりの範囲を超えたいわゆるマーケティングが不可欠だろう。その開拓過程こそが卒業研究として評価されるべきものだ。



 齋藤りん「taks ~ストーリーで伝える古着の価値~」
 古着屋で古着を売るにあたって、その前の持ち主の服にまつわるストーリーをタグなどに記して、それを付して売るという提案。
 「面白い発想だな・・・」と漠然と思って通り過ぎるが、あとで振り返って考えてみると、こういうものを実際に買うとしたらなかなか複雑な想いがするだろうな、寧ろ嫌な感じがして他人の古着にあまり縁がないじぶんはますます買わないかな・・・などと考えてしまった。
 古着にあまり縁がないというのは、古着屋の店頭にあるときは良さそうに見えて購入しても、結局それをほとんど着ないでしまうからである。端的に言えばじぶんには古着の着こなし術がないからだということになるが、それにしてもストーリーまで付されていたらますます気後れしそうである。
 作者は「ストーリー」つまり他人の人生が面白そうだということでこういう提案をしているのだろうから、その若者らしい好奇心と屈託の無さに好感を持つのではあるが、他人のストーリーに興味があるかどうかと、その人が着ていたものに袖を通すかどうかはまた別の問題のような気がする。



 佐藤直哉「まってる。~あなたは何をまってますか?~」
 さまざまなものや人を“待っている人”を取材した写真とそれに説明やコメントを付した展示。
うまいことを考えたなぁと思い、さらにはそこに写真が掲げられた“待っている人”を見つめてしまうのだが、気づくと、帰ってこない人を待つという行為ほど切ないものはない。「あなたのまっている人に、想いを伝えるきっかけを届けます。」というコメントが付けられているが、想いを伝えることができないから“待っている”のではないだろうか。少なくとも、“待っている人”には、自分の想いを相手に伝えることができない状況にある人の方が多いような気がする。








 以上のほか、企画構想学科の小山薫堂学科長、軽部政治教授らが、「UHA味覚糖」の山田泰正社長を招いたディスカッションも聴講した。
 これは同社の商品であるキャンディ「特濃ミルク」を基にした新商品(「特恋ミルク」)の開発を同学科が受託して、学生の演習として商品開発から店舗マーケティングまでを行った事例の紹介と振り返りの話だった。
 山田社長によれば、キャンディ類は500~600社が販売しており、そのなかでコンビニの棚に並べてもらえるのはほんの2~3種類だという。この種の商品は1店舗で1週間に5袋売れればヒット商品だとのことで、売れ行き1位は「春日井の黒あめ」(個数は聞き取れず)、2位は「キシリクリスタル」で12.3個、3位「森永」(商品名と個数を聞き取れず)、4位「特濃ミルク」9.5個だという。(個数は1店舗あたり1週間の売り上げ数)
このなかで、山形県のスーパー「ヤマザワ」で販売された「特恋ミルク」は1日20.1個という「化け物的な売り上げ」を記録したため、局地的な売り上げではあるが、この1店舗あたりの売上数量は無視できないとなって全国販売することにしたという。
 ちなみに、同社は年商260億円で、新規採用者の募集には4万人がエントリーシートを送ってくる人気企業だそうである。
 「特恋ミルク」プロジェクトの成功を受けて、山田社長は、同社の「HAPPY DATES」という菓子を基にした新商品の開発から店舗マーケティング、CM製作までを同学科に委託すると表明した。



 2014年春の東北芸工大卒展感想の記載はこれで終わり。
 来年度は、映像学科の映画作品や環境デザイン学科関係の作品もじっくり見たいものだ・・・と希いつつ擱筆する。

                                                                                                                                                                  

  

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2014年03月22日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その6

 次はプロダクトデザイン専攻コースの作品から。
  じつは、プロダクトデザインはじぶんがとても楽しみにしている分野である。
 いつも時間が足りなくなっていい加減な見方しかできないのが残念だが、印象にのこった作品を紹介しておきたい。





 梅村卓実「木製振子時計」
 「gismo」と名づけられた木製の大きな振子時計。内部の歯車などの機構も木製で、その複雑な工作に目を見張らされる。
 完成品の横に内部機構の仕組みを見せる部分的な作品が展示され、作者が実演しながら解説していた。たとえば、時報は金属の球がその時刻の数だけ鐘に当たって鳴らすのだが、その数と間合いを計るための仕分けの仕組み、そして一度落ちた球を再度上に上げる仕組みなどに興味を引かれた。
 この機構が作者自身の発想から生み出され、この作品が作者自身の手でデザインされ組み立てられたとすれば、この作者は学生にしてすでに大変なエンジニアであり、優秀なクラフトマンでもあるだろう。








 木屋彰「AirRing」
 一言で言うと、丸いワッカ型のスピーカーである。
 ちょうどダイソン社のエアマルチプライアー(縦長のワッカ型で羽根のない扇風機)を想像し、そのワッカが円形になっているような物体を思い浮かべて欲しい。このスピーカーは東北パイオニア社からすでに製品化されているとのこと。展示会場で実際に音も聴くことができたが、まさに何もないように思われる空間から音が生まれて、それが周囲に広がっていく感覚が新鮮だった。(ただし、音質と音量が十分なものかどうかは会場では判別できなかった。)








 鈴木天明「Feel Motion OLED」
 パネル状のLED照明器具が3個ずつ1組で3組、壁に設置されている。手元のダイヤル型のチャンネルを回したり押したりすると、その操作に反応してLED照明の形態や色が変化する。つまりロボットの手(または植物の花弁)が開くような感じで開いたり、照度や色彩が穏やかに変化したりする。変化する照明機器と変化させるダイヤル型の操作端末の双方が、品格を持ったデザイン作品として成立している。








 遠藤和輝「Luce(ルーチェ)」
 これもLEDの照明器具。数センチ四方のブロック型の照明が、枝分かれしたポールに磁石で張り付いている。各ブロックは付け外しが自由自在にできるので、ポールのどこに何個付けるか自由にアレンジできる。小電力で発光するLEDの長所を、スタイリッシュなデザインに活かしている。卓上の洒落たインテリアという感じである。









 後藤彩「スロウリー」
 プラスチックか塩ビか、そんな素材で作られた球が、卓上型のスロープの上を転がっていく。
 しかし、その転がり方がじつにゆっくりで、40~50センチくらいの長さの坂を1~5分かけて行くのである。要するに砂時計の「球転がし版」といったところである。球の中には粘度の高い液体と丸い錘が入っているという。
 機能としては何か作業をする際に利用するタイマーであるのに、インテリアとしてじっと見つめていてしまいそうな感じがする。そう、これは、じっと見つめることで自分の中の時間の流れを可視化する装置なのだ。・・・そう思うと、なんだか見つめているのが恐くなる。








 
 高野拓美「STEUP」
 バッテリーをカセット化した電動バイクのデザイン。たとえば、走行距離が少ないバイクの初心者はカセット型のバッテリーを1個搭載した形で、中級者はバッテリーを2個、上級者は3個搭載した形になるというもの。使用の仕方の変化に応じてバッテリーが増減し、バッテリーの増減に応じてバイクのデザインが変化する。そこがこの作品のミソである。









 宍戸貴紀「経験する音」
 四角い枠に張られた布を押すと、圧迫を受けた部分がほのかに光り、その押し方に応じて音が変化する。押す強さで音の大きさが変化し、押す場所で音色が変化する。
 音楽やダンスのライブ・パフォーマンスなどで使うと、面白い効果を生み出しそうである。




 プロダクトデザイン専攻コースの作品は総じてうまく纏められており、どの作者も真面目にデザインに取り組んでいるという印象を受けた。
 次回(最終回)は、企画構想コースの作品について触れる。

                                                                                                                                                                                  



  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 10:49Comments(0)美術展

2014年03月14日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その5

 次は映像を扱った作品及び映像専攻コースの作品から。


















 Salome MC「ビデオとサウンドによる3つの意識様式の実験探検」
 作者Salome MCは実験芸術専攻の大学院生。この作品は、スイスの精神科医Ludwig Binswanger(1881~1966)が提起した三つの世界概念に対応して制作されている。
 作者によれば、ビンスワンガーは、存在の意識に3つのレベルを想定。一つめは、自分と心理学的な世界(自分)との関係<Eigenwelt>、二つめは、人間と物理的世界(自然など)の関係<Umwelt>、三つめは、人間と実社会(他の人間)の関係<Mitwelt>、である。

 一つめの「アイゲンヴェルト」の世界で作られた作品は「CONCEALMENT」(隠蔽)と題されている。画像で後ろに見える女(イスラム教徒の女性のような衣装を身に付けている)が伴奏的な旋律を歌い、その前に映る飾りをたくさん着けた女が主旋律のスキャットを歌うシーンが最後まで続く。
 作者は、作品に添えられたコメントで「自分にしか明確でない、自作の言語を音楽として実験しました。映像の制作過程でも、一人で、自分のスタジオで制作しました。(中略)アーティストの中の世界をわからないと理解ははっきりできない作品になって、共感できる人は少ないです。」と述べている。
 二つめは「ウムヴェルト」の作品で、「ETERNAL RETURN」(永遠のリターン)と題されている。
 作者は、「人間と人間のコミュニケーションのための言語を使わず、自然の音と人間の声を組み合わせました。映像の制作過程では、山で撮影を通して、人間と自然の力を取り混ぜました。他の人との相互作用は不要でした。」と述べている。全体に出羽三山のイメージを取り入れ、羽黒山(?)の石段で舞う女のシルエットが現れたり消えたりするシーンをメインして、ここに掲載した画像のように五重塔と太鼓を用いた踊りがオーバーラップするシーンが挿入されている。
 三つめは「ミットヴェルト」の作品で、「Price Of Freedom」(自由の代償)と題されている。
 場末の町の片隅で、主に女性が、アラビア語でラップを歌う場面で構成されている。
 作者は、「他のミュージックジャンルと比べたら、言語を一番利用している現代の『ヒップホップ』のジャンルを使いました。映像の制作過程では、一人ではなく、チームで活動して、色々な人の気持ちと才能を編み込むことで、作品を完成しました。視聴者には一番わかりやすい作品は、やっぱりこの作品なのかもしれません。ここから、ここにはアートか、エンターテイメントかと言う疑問も出て来ます。」と言っている。
 じぶんの感想を言えば、作者が語っているのとは逆で、「CONCEALMENT」がこの先にいちばん期待を抱かせ、「ETERNAL RETURN」はちょっと平凡で(そもそも羽黒山の参道は「山」でも「自然」でもない)、「Price Of Freedom」は「チームで活動」して制作したラップのビデオということを除けば、どこがどのように<Mitwelt>を表現しているのか分からなかった。(つまり、単なる“野外演技とその撮影”というように見えてしまった。)
 しかし、全体として映像の技術や音楽と美術の構成に優れており、作者の才能を感じさせるものに仕上がっている。
 せっかくビンスワンガーを引用しているのだから、ぜひ映像と音楽で<現存在>を浮かび上がらせるような作品を制作してほしい。



 次は映像専攻コースの作品を振り返ってみる










 齋藤香「深呼吸のオノマトペ」(人形アニメーション)
 社会に適合できず引き篭もる男。投げやりになり、心配する母親に冷たく当たってしまう。
 ある日、彼に幻覚が現れる。改造人間ならぬ改造アライグマみたいなものがやってきて、彼の心の中の胎児を救う。すると男は元気を取り戻す・・・物語の展開は単純だが、(ただし心の中の胎児が具象的なものとして出てくるのでそこだけはギクリとする)、アニメ用の人形の造形がとても巧みで、カメラアングルや照明の当て方なども秀逸である。作者の拘りか、男の吐瀉物や流した涙がゾル状になって生き物のように動きまわるところが印象的。人形アニメの特長がうまく活かされている。



 









 安達裕平「 Radio Calisthenics No.1 」「 The Unexpected form 」
 前者は「3Dスキャンした部屋と人間のデータに3DCGソフト上で関節を設定し、別途キャプチャしたラジオ体操のモーションデータによって無理やり動かした」という映像。部屋の中の人間がラジオ体操する動きにつられて、部屋の壁が捻れたり伸びたりして変形する。
 後者には、「物の形を構成する面を徐々に削減していく機能であるポリゴンリダクションを用い歩く男が単純な形状になっていく様を映像と3Dプリンタによって表現した」と解説が付してある。
 3Dプリンタによる、謂わばコマ送りのように並んだ人形の展示と、「歩く男が次第に単純な形状になっていく」映像の上映が組み合わされている。
 どちらも作品というより技術的なデモンストレーションという印象だが、身体感覚変容への願望を表現していると思えば作品なのだと合点がいく。
 つまり、前者は、自分の身体が周りの事物に繋がれているかのような不分明な被拘束感のなかで、空間ごと無理やりにでも手足を自由に動かしたいという願望。後者は、歩いているうちにいつの間にか自分の具体性が削ぎ落とされていくような退行への願望(あるいは畏れ)・・・のようにみえる。

 上記のほか、映像コースの作品で観ることができたのは、以下のとおり。ただし、ここにアップできる画像はない。映像作品に関しては、その内容に対する評価とはべつに、じぶんが観た作品すべてについて、メモと記憶を頼りにコメントする。
 なお、卒業制作としての劇映画も何作品か上映されていたが、ここに取り上げた作品とは違う会場だったことと時間が足りなかったことで1本も見ることができなかった。


 阿部和久「mother」「無人駅」
 前者は、石造りの城郭をゆっくりと歩き出て、池に沈んで行く老いた狼を描いたCG作品。後者は、水面にそこだけぽっかりと顔を出している駅のホームに腰掛けているセーラー服の少女と、彼女を乗せにやってくる電車を描いたCG作品。動画は洗練されていないが、これという場面展開がないまま淡々と流れる映像で、登場人物(及び登場狼)の心情をうまく想像させる構成になっている。


 近野菜々「good luck to you」
 自走砲が森の中を進んでいくうちにエンコして、やがて風化し、草に覆われるまでを描くCG作品。
 コメントにある「風化することは異物が自然の一部になること」「命のあるものもないものも自然が包容する」と言いたくなるココロは分かるが、実際問題としては、「異物」=人工物を自然の中に放置して自然環境にいいことはあまりない。「廃棄物処理法違反だよ!」と突っ込みも入れたいところである。







 新田祥子「処女解体」
 機械のハンドが、生きた(?)人間の体から内臓をひとつずつ取り出していく様を描いたCG作品。内臓が取り出されるたびに女のよがり声が流れる。また、よがり声にあわせて内臓がひくひく動く。
 内臓や人体の画像がリアルでない分だけ(パロディ)作品として成り立つように思うが、それにしてもなぜ若い女性がこのような作品を作るのか、その動機をいろいろと想像してしまう。そういう想像をさせることを狙った作品だとすれば、この作品は成功していると言えるかもしれない。








 齋藤威志「Memoroid」
 少女風のロボット(?)の頭にUSBがひとつずつ差し込まれていくCG作品。USBのひとつひとつが特定の人間の記憶や思い出になっている。頭にUSBがたくさん差し込まれると、ちょうど見た目がツタンカーメンの棺に描かれているようなアタマになる。
 固有の記憶をもたない存在の哀しみを描こうとしたのかもしれないが、このような存在ならむしろ大いにうらやましい。というのも、じぶんなどは毎日のように過去の記憶のフラッシュバックに苦しめられているからだ。記憶がUSBに記録されているものなら、そのUSBを外せば嫌な記憶とおさらばできる。こんな素晴らしいことはない。


 山内大治「はりぼてCG」
 多数の板状のポリゴン(CGで立体画像を構成する多角形)が、如何にもこれはCGですよ~とばかりに手前から遠方へ向かって流れていく。 すると最後の一瞬でそれらが組み合わされ、具体的な像(見慣れた建物の風景)が現れる。
 CGならではの作品だが、上記の「最後の一瞬」が来るのか来ないのか、来るとすればそれはいつかという問題に直面させられる。遠近法の世界でポリゴンが向うに流れていくシーンが長く続くので、いつ終わるのかな・・・と、じっと待っているのが辛くなる。


 井上弘大「changing」
 人型ロボットが、粘土のようなものでいくつも少女の頭部を形作っていく様を描いたCG作品。
 このロボットは理想の少女像を求める作者のようでもあるが、その理想像がメモリのなかにデータとしてあるとは限らないようでもある。
 理想の少女像もしくは理想の女性の外見を頭の中に描けるというのは、若い男の特権かもしれない。
 そういう理想像を描けない、あるいは描く必要のない男の方が多いのではないか。ちなみに、じぶんは描く必要のない男のひとりである。なぜなら、そこにいる具体的な女性に惚れれば、その女性が理想像(すくなくとも部分的には理想を叶えた存在)に思えてくるからである。
                                                                                                                                                                                 次回はプロダクトデザイン専攻コースの作品を取り上げる。


                                                                                                      
  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 08:21Comments(0)美術展

2014年03月11日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その4


次は総合芸術コースの作品から。







 本川穂乃香「淘汰」
 シャム双生児を連想させる、腰から下がひとつの二体(?)の女の子の人形。二体が結合して生成されたことで、どちらかが(たぶん銀髪の方が)淘汰されているということだろうか。
 だが、見方を変えると、銀髪の人形の背中から、あのヘビ花火(蛇玉)のようにモリモリと金髪の人形がせり出してきたようにも見えるし、銀髪の人形が脱皮をして背中から金髪の人形が出てきたのだというようにも見える。照明の当て方がこの作品のミソになっている。




















 大場麻由「メグリズム」
 コンパネのような版木を合わせて6面柱として建てている。一つの角から2面ずつ見えるので、2面で1シーン、全部で6シーンの絵画作品になっている。また、版木の穴から中を覗くと、内部は何か動物の巣のようになっている。
 木版画に描かれているのはタイトルどおり生の輪廻(それも阿鼻叫喚の世界)の絵巻といったところだが、いくつもの物語が絡めて展開されている。首に鎖を掛けられた男。その鎖は結婚式で並んだカップルに繋がり、またそれは苦しむ裸の女の手首へ繋がれている。その女の腹の穴からは中の巣が覗けるが、巣の中は空である。その巣は猫の餌食になった鳩のものだったかもしれない。
女のヴァギナの口から、臍の緒を付けた嬰児が出ている。一方にはゴキブリやゲジゲジやクモに襲われて助けを求める子どもがおり、それを嘲って笑う口々が踊っている。鳩を咥えた巨大な猫の背景には死体の山があり、山の頂には光を放つ灯台のようなものがある。その頂を目指して山を登る人間がいる。
 作風から、なんとなく「週刊少年サンデー」に連載されたジョージ秋山の「銭ゲバ」を連想してしまうが、それを差し引いても、なかなか野心的な作品として存在感を放っている。







 藤本啓行「MY 2FACES(1(BONE)、2(FACE))」
 自分の顔の向かい合ったシルエットを逆さにして「自分の顔をレビンの盃のように向かい合わせれば自己を見つめるイメージが表せる。それを反転させたものを対峙させれば2つの世界が表現できると思った。」というコメントが付されている。作者によれば、2つの世界とは陰(ネガ)と陽(ポジ)であり、この2つが世界をダイナミックに動かす。この2つの作品は、世界と自己をつなぐエナジーを描いているという。(ここに掲載した画像は一方の作品のみ)
 この作者の問題意識は「オリジナリティがない」ということだったというが、このような世界についての幻想(あるいは信念)で作品を制作するとすれば、<自己>というものが自立する(つまり自己が疎外される)前に、すでに“世界と自己とをつなぐエナジー”に貫流されてしまっている、という事態にはまる。
 作者は「レビンの盃」を描いているつもりでいるが、じつは“世界と自己とをつなぐエナジー”の存在を<無意識>に探し求めて、ロールシャッハ・テストを自作自演しているのかもしれない。



 ここから工芸コースの作品。






 五月女晴佳「そらまめ」(漆、麻布、洋金粉)
 黒い漆の質感と少し錆びた金色のファスナーの取り合わせが絶妙である。空けられた口に活けられている苔や桃色の一輪花はどうも実物のようだ。この組合せのデザインには唸ってしまった。






 五月女晴佳「錦鯉」(漆、麻布、プラチナ箔、黒見箔)
 上記と同じ作者の作品。内側の朱色の漆の色と鯉の形態や質感の組合せが、こちらも絶妙。
 いや、それ以前に、ここにある、欠損し、僅かに胴体の外形を残すばかりとなったものこそ、まさに錦鯉の存在感だという提示に、なぜかひどく同意してしまう。







 門馬加奈「ネコハウス」
 猫をテーマとした「シリーズ工芸」といった感じの作品が並んでいる。漆、麻布、岩絵具で多様な表現を追及している。じぶんは猫好きではないからこれらの作品の形態にあまり興味はないが、猫好きの人間にはこの「ネコハウス」に展示された作品たちは魅力的に映るだろう。その種の人間たちをターゲットにした作品づくり、つまり売れそうな作品を制作するということを意識しているのかもしれない。それはある意味で大事なことだ。
 掲載した画像は「決意の背中 お菊さん」と題された猫のオブジェ。「お菊さん」が「決意」して、ひと肌脱いで、背中の菊の模様の彫り物を見せている・・・と、こんな感じだろうか。しかし、でっぷりした体型と無機的な顔つきがこの作品に陰影を与えている。どこかで猫好きにウケることを拒み、かろうじて<工芸>の矜持を保存しているような感じも受ける。



 この回の最後に、テキスタイル専攻コースの作品をひとつだけ紹介する。






 伊藤早樹子「ヒッキー山荘」(ミクストメディア)
  「テキスタイル」専攻の枠を突破した大胆なオブジェである。
 ポリエチレン製の樽には「熟成中」と記載があり、さらに「開封済」とか「開封不可」とか、黒のマジックインキでメモされている。なんだかちょっと饐えた味噌の臭いがしてきそうだ。
 中央の高いところは、冬の雪山(あるいは氷山)が布団を纏っているような造形。その上に吊るされた赤ん坊をあやすピンクのガラガラが、なんとも旨くチープ感を演出している。外辺に置かれているのは、果物や菓子、ぼた餅、そして玩具など。まるで田舎の老婆が仏壇に上げた供物と、その家の孫が散らかした玩具だというような既視感を放ってくる。また、円盤の下から伸びたタコ足の先には、光る電球がある。このタコ足を持つことによって、記憶の現前がインベーダーの如く観る者を侵犯してくるようだ。
 「いつか持っていた形成途上のあたまが、足りないモノを、さも足りているかのごとく建てたのだった。」とコメントが付されている。

 
 次回は、映像関係の作品について取り上げる。


                    
  

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2014年03月08日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その3



 次は洋画コースの大学院修了生の作品から。




 畑友紀子「ワンダフルニッポン」(油彩、アキーラ)
 アキーラという絵具のどぎつい発色が効果的に使われ、墓前の夫婦写真、「祝・出征」と幕を付けて走る汽車、ゼロ戦、人間魚雷などに混じって、初音ミクやガンダムも配置されている。
 






 二枚目の画像は、「昭和の終わり」と題された作品。人物や事物の配置としては、こちらの方がいっとう成功している。あの<昭和>が、まさに空気の匂いや肌の感触として再帰してくる。






 三枚目の画像については題名を失念したが、これも見事な構図。泥沼のタンク(の死者)と空飛ぶ日の丸三輪車(のお坊っちゃん)が、歴史と歴史修正主義者を象徴しているかのようにも見える。






 四枚目は「依存母子」という題で、娘の背中のランドセルから母親が乗り出してくる辺りの構図はちょっと石田徹也を想起させるが、スクール水着と朝顔の鉢(夏休みの観察記録の宿題?)がじつにえぐい。

 展示作品リストに記載された作家のコメントは次のように語る。
 「私は幼少期からずっと社会に対して強い違和感があった。だからこそ周囲の社会に興味を持ち、『自分の目から見た社会』を描き出すことで自分と折り合いをつけようとした。しかし美しい風景を美しく描くように絶望や孤独を暗い色で描いた所で、それは人にとって直視したくない汚らわしいものがそこに佇むだけで、多くの人の心に響いたり、足を止めて貰うことなど出来なかった。だから私は姿に見合わない甘い蜜や擬態で獲物を引き付ける食虫植物のように、自分の現実から孤立した社会を不必要に明るい、まるで子供の頃に見た夢の様な突き抜けた色彩で描くことこそが相応しいのだと考えた。擬態した絵画は鑑賞者の目を介して拡散し、社会に寄生する。」
 ここで面白いのは、作者が「自分が現実の社会から孤立している」のではなく「社会が自分の現実から孤立している」と述べていることである。このことばを受けて、「畑さん、ここは言い間違いですよね?」と突っ込もうとして、ふと立ち止まる。ここに「擬態」(つまり<過去>の批評的引用)として描かれた構図と図式は、むしろまさに今ここにある社会の写実画であり、孤立している(=異常である)のは作者の方ではなく、この社会の方ではないのか。・・・安部政権の現実を鑑みるとき、この世界描写が「予言だった」とならないことを祈念するばかりである。








 高橋洸平「二人の作業員」
 この作家は「境界線と人々」を研究テーマとしている。その作品は、円や直線が引かれた紙(地面)に人形を配してジオラマを作成し、それを絵に描くという手法で制作される。
 「越境」と題された作品では、まっすぐに引かれた線を、それが恰も国境線であるかのように荷物を抱えた人々(人形)が跨ぎ越そうとする瞬間が描かれ(その帽子や衣服や荷物の形状に第二次大戦時のヨーロッパを想起させられる)、「二人の作業員」(上記画像)では、放射線防護服を着た作業員が円のなかで熊の縫いぐるみのようなものにガイガーカウンターをかざしている姿が定着されている。
ジオラマだけではジオラマに過ぎないが、それが絵画に変わると不思議にも映画的な(つまり時間的な)効果が現われる。それは三次元が二次元化されることによって、なのだろうか。








 山口香織「Rosalia」
 縦1m×横2m以上のパネルに、油彩で昆虫の姿がリアルに描かれている。作者は「日本美術解剖学会」会員だという。昆虫が持つ体の構造の微細な形状やその容姿に驚嘆しながら、それを大画面に絵画として再現する営為・・・。この種の絵画作品に打たれるのは、じぶんなどには到底ついていけないその情熱と根気に圧倒されるからなのだろうか。とすれば、これは写実的な絵画のようにみえながら、もっとも抽象的なそれなのかもしれない。


 以下は学部卒業生の作品。





 齋藤翔太「爆誕」
 縦1.8m×横5.4mのパネルに、タイルエマルナ、水性塗料、水性スプレーで、誕生しつつある宇宙のようなモノクロの世界が描かれている。(「タイルエマルナ」はアクリル樹脂系複層塗材の商品名。)
 「誕生しつつある宇宙」(?)のなかの星々(?)がもし真ん丸に描かれていたとしたら、「ニュートン」みたいな雑誌の挿絵に過ぎないものに見えてしまうが、この作品ではそれが卵型に造形されていることで自立した作品として迫ってくる。








 稲葉萌南「苔の生すまで
 縦1.9m×横3.2mのキャンバスに描かれた“泳ぐ頭部たち”である。
 表情、顔色、目線などからオカルト的な印象を受けるが、胴体から切り離された頭部たちが胴体にくっ付いていたころを思いながら恨めしく漂っているのか、それとももともとこのような存在として生を受けた連中がただ根性悪そうに泳いでいるのか、そのどちらとも思えるところが面白い。そして、髪の毛を藻のように描いているところが、この作品のミソだと思える。













 條野千里「ある日の自室」「知人と過ごす時間」
 美術史に疎いくせに知ったかぶりして言えば、“ここで作者がやろうとしていることは全部ピカソがやってしまったことだ”などと嘯くことになるが、しかし、よく観るとこの作品には容易でないところがある。
 「知人と過ごす時間」は、たぶん知人と一緒にお茶かお酒を飲んでいるところ。「ある日の自室」は、まさに自室で寝っ転がっているところを描いたものだろう。知人と談笑しながらお茶する行為が、この作者には襲い来るキュービックな暴力性として感受される。そして、関係に疲れて自室で寛いでいると、そんな自分の身体は欠損を抱えた異形に映り、腹からはなにか訳のわからない塊が突起してくる。この作家にとっては、日常がこのように描かれなければならないものとしてやってくる。・・・そう思うと、ピカソのエピゴーネンだと看做されるリスクを取ってでもこの作風を選択しなければならなかった理由が、少し伝わってくる。



 次回は、工芸、テキスタイル、総合芸術コースの作品について。
                                                                                                                                                                                           
  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 12:02Comments(0)美術展

2014年03月07日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その2

 今回は、版画コースの作品から。





 臼井ゆりえ「めしどり」(えッチング、アクアチント)
 異形の鳥を静物と組み合わせて、絶妙な違和感(存在感がそのまま違和感であるような)を創りだしている作画に興味を引かれた。
 左下の作品(鳥が蒲鉾状のものに頭を突っ込んだような作品)が具象的であることによって、他の2枚の絵における「めしどり」の異形が際立つ。上の作品は「めしどり」がおでんの具として大根や竹輪と一緒に煮られているかのようでもあり、おでん汁の湯に浸かっているかのようでもある。






 ささきえり「The Sun」(えッチング、アクアチント)
 この作者の作品にはシンメトリーな世界への拘りが見て取れる。いや、世界はシンメトリーなものとして存在し、それゆえにおどろおどろしい根源性をもつものであるかのように感受されている。ここに掲載していない「Wheel of Fortune」及び「Death」は、まさにシンメトリーな構図を正面から世界そのもののように描いた作品だった。
 ここに掲載した作品でだけ、シンメトリーな世界が幼な児を抱く者の仮面(=顔)となって部分化され、しかも斜めに描かれている。幼な児は聖職者に抱かれて洗礼を受け、シンメトリーな世界に取り込まれてその生存を保証されることになる・・・とでも言いたげであるが、鑑賞者は同時にその世界観が対象化(つまり部分化あるいは相対化)される現場に立ち会っているのでもある。






 畑まどか「ジャミング」(スクリーンプリント)
 筆で殴り書きした油彩のようなタッチに見えて、画像では見えにくいが背景の薄い灰色が布の質感をうまく引き出している。ジャミングという題名そのもののような乱れの構図が、シルクスクリーンの技法によってむしろ静ひつな世界を表現している。





 平野有花「静厳」(木版画)
 水性と油性の色材によって刷られた木版画であるが、これが木版画だとは、言われてみなければ判別できない。赤い点などは、作品に打ち込まれた金属性の鋲の頭のようにも見える。
 抽象画としての構成は格別新鮮なものとはいえないだろうが、木版画であることによって油彩などによる同様の構成の絵画とはまったく異なる質感を受け取ることができる。





 続いて、彫刻のコースから。






 瀬戸志保「永遠にあなたの名を呼ぶ」(大理石、ガラス)
 細かな砂利が敷かれている大地を歩きまわる不気味な生物のような大理石のオブジェ。布を被った動物のようでいて、「あなた」の喪失に堪えられずに具象的な身体を溶けさせてしまった人間の、変わり果てた姿のようにも見える。






 田中智可子「金魚」(髪)
 黒髪を編み込んで構成した金魚の胴体のきっちり感と、尾を構成する長髪の乱れ感が対照的。とくに尾の乱れた髪の感じがなんともいまわしい。そのいまわしさは、たとえば誤って飲み込んだ髪の毛が腔内に貼りついているような感じである。髪は人間の頭に着いているからこそ髪であり、美しく感じたり触れても許容できたりするものだが、このように作品の素材となった途端に“死んだ身体の一部”という感触をもたらし、け□れたものに思われてくる。死んだ人間の身体の一部で金魚という生き物を造形しようとする意図に思いを寄せると、これが単純な作品には留まらなくなる。


 次回は洋画コースの作品について。




   

Posted by 高 啓(こうひらく) at 01:15Comments(0)美術展

2014年03月06日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その1





 2014年2月、毎年愉しみにしている東北芸術工科大学卒業制作展(2月11日~16日)を観に出かけた。その感想を記す。

 日本画コースの作品を皮切りに、洋画、版画、総合芸術(一部)を観たあと、企画構想学科の企画作品と同科のイベント「特恋ミルク8.2全国発売記念!スペシャルトークショー」を覗き、一日目はそこで終わり。訪問二日目で、彫刻、工芸、テキスタイル、総合芸術(残り)、映像(一部)、文芸学科(学科設置から3年でまだ卒業生が出ないので在校生の作品展示)を観た。訪問三日目は、コンテンツ・ビジネスプロデュース、プロダクトデザイン、そして日本画出品作品についての解説・トークのイベント(作者のコメントと美術評論家・世田谷美術館学芸員の小金沢智氏による作品評)を覗き、ビジュアルコミュニケーション(一部)を観て、最後に、どの学科のイベントか不詳だったがちょっとだけロックバンド(バンド名失念)のスタジオライブを聴いて帰ってきた。
 見残したのは、映像の一部(映画部門)、ビジュアルコミュニケーションの一部、グラフィックデザインと建築・環境デザイン建築と美術史・文化財保存修復の全部。訪問二日目の滞在時間が短かったことと、三日目の日本画コースのトークイベントに時間をかけ過ぎたことで(大雪の影響で小金沢智氏の到着が大幅に遅れたのをこちらがじっと待ち続けてしまったこと及び同氏による作品へのコメントの内容が期待はずれだったことによる時間の浪費感で)、これまた例年通りなのだが、見逃した魚が大きかったという想いがする。
 なお、全国的な大雪の影響で、じぶんが聴講したいと思っていた2月15日の建築・環境デザイン学科のゲストトーク「建築以下の思考」(建築家アサノコウタ氏)や16日の企画構想学科の「企画構想超会議~名酒『十四代』創業400年記念事業案~」などは中止されてしまった。

 さて、先は長いが、早速日本画の作品から感想を述べていきたい。
 まず、大学院の修了生の作品から。





 貞安一樹「消えた世界征服」
 “誓い合うことは互いの幸せでもって征服していくこと。そんな幻想は夢のように崩れゆく。”とキャプションが付いている。この作品の面白さは、抱き合おうとする男と女の顔(金属的な質感で、この部分が立体的に盛り上がっている)が、相互の引力で崩落していくという着想である。
たんに退廃して崩れていくのではなく、相互作用で融合=瓦解していくという感覚がリアルだ。






 谷口なな江「帰れない日々<父と庭>」「変えれない日々<母と台所>」
 展示スペース1室の3面の壁を用いて、「帰れない日々<父と庭>」と「変えれない日々<母と台所>」という二つのコンセプトの絵画及びその絵画を描くまでの写真の写し描き、デッサン、エスキスなどが貼り付けられている。写真は「帰れない日々<父と庭>」の方で、描かれているのは庭の草木に水をやろうとしてぼ~っと立っているランニングシャツ姿のメタボ親爺である。
 作者は、人物を描きたいと思って身の回りを観察し、そこに父と母という対象を見つけて、それを絵にするまでの過程を構成展示したまでであると言う。たしかにそれだけであるようには見えるが、作者が意図したか否かに関わりなく、その過程の構成がなぜか対象の“喪失”を哀切に伝えてくる。たぶん、この過程の展示が、じつは作者の記憶を構成するという結果を生み出していて、いわば記憶の構成が“過去”の対象化であるために喪失感を演出してしまっているのだ。






  渡辺綾「ワンダーランド」
  画材としての布と、そこに描かれた山肌(もしくは山の女神?の被ったショール)の布の形象がシンクロしている。女神のような存在が森を抱擁している構図はこの作家の他の作品にも現れており、そこにこの作家の中心的なモチーフがあるように見える。
 山は人格をもった神であるという観念とメルフェンチックなイメージには既視感を持ちつつも、この作者の願望が山のように大きく受容的なものに穏やかに抱擁されることなのだと考えると、さもありなんとぞ思われる。
 この山についてのイメージは、下記の生井知見「畏怖」という作品と好対照を成していて興味深い。






  武藤寿枝「人々の不文律」
 学生たちがカフェのバーカウンターに並んで座っている平凡な構図だが、描かれた人々の皮膚は古新聞紙で構成されており、黒っぽい衣服の部分は山岳と雲海として描かれ、白い背景にはビルディングが林立する都市の風景が配置されている。一見平凡な光景のようでいて、独特な世界観を表現している。人物たちが作者の学生仲間のように描かれていて、このへんは“高校美術部”のへその緒を付けているという感じもするが、逆にそれが、つまり作者にとって身近な人間関係の風景から遠方の風景が透けて見えてしまうという(解離的な?)視点の自覚こそが、この作品のモチーフなのかもしれない。タイトルがその理解を助けてくれる。






 財田翔悟「何も言わずに」
 この作者は大きな綿布に若い女性を描き続けている。その女性は、いわゆる美人という顔立ちでもなければ、グラマラスな肢体をしているわけでもない。体系はいたって日本人的で、顔つきもそこいらへんにいる平凡な女性なのだが、その姿からはポップにアレンジされたエロチシズムを感じさせられる。
 アニメの主人公に対してオタクが抱くようなロマンの感受を昇華して、それを日本画の技法を用いて凡庸な日本人女性の外見として描くことによって、ちょっとジワッとくる身近なエロスを定着している。作品が大判なのもいい効果を上げている。


 以下は学部の日本画コース専攻生の作品。





 斎藤詩歩美「交差する臨界」
 電車か地下鉄の駅に繋がる地下通路の分岐を不気味な臨界としてとらえて、絶妙な色調で描いている。地下通路を臨界とみて、その先に異界が広がっているかもしれないという想いは、じぶんのそれにかなりちかしい。
 もっとも、都会の下水にワニが生息していたという話を思い出して、幻想的というよりなんとなく現実的という感じも受けてしまう。東京では現実の方が異界的だといわれれば、たしかにそうだと思えてくる。






 久松知子「日本の美術を埋葬する」
 縦2×横4メートルほどの大作。ギュンター・クールベの「オルナンの埋葬」という作品の構図を借用している。「あの絵画が埋葬したものは、当時の既存の美術の制度や権威であり、リアリズムによる新しい歴史画の捏造だったと解釈できる」として、現在の日本の美術の制度や権威を埋葬しようとする野心的な作品である。
 作者は「美術は(中略)権威や富がつくり上げる世界である事を、覗かせます。私のような小さな絵描きは、その権威のようなものに、漠然と憧れたり、勝手に嫌悪したりを繰り返します。美術が大好きだけれど、好きだからこそ嫌悪しているのかもしれません。」とコメントしているが、至極まっとうな反応だと思える。
 美術史や美術批評に暗いじぶんには岡倉天心と浅田彰の顔くらいしか分からないが、描かれた人物たちの顔が絵の具のカスで汚されているのが印象的である。地面の穴のところには高井由一の「鮭」が転がっていたり、岡本太郎の「太陽の塔」が飽きられた玩具のように置かれたりしている。
 ちなみに作者は左下にいる赤いジャージの女性で、会場にいた実物(作者本人)も同じ外見をしていた。この作家には「日本祭壇画 神の子羊」という屏風の作品(次の画像。写真はポートフォリオから)もあって、興味深い。その画風に既視感はあるが、自信をもって“墓堀人”をやってほしいものだと思う。










 生井知見「畏怖」
 茨城県出身の作者は、山形の冬山をみて山に対するイメージが変わったという。雪を被った樹木が怪物の口のように描かれている。いや、これは樹木の枝が口のように見えるところを描いたというのではなく、山そのものの正体が見えた!というところなのだ。作者にとっての冬山は、底知れぬ未知と凶暴さを湛えた存在なのである。






 若松芽衣「進化の行方」
 亀の背中が島を形成している。左側に一匹でいる亀の背に載っているのは摩天楼が林立する都市。
 表層で急速に進化する文明を載せているのは、ゆっくりと歩む亀たちであるという世界観が面白い。
 ただし、この世界には確かな根っこがない。いわば、根拠がない。亀は水のなかを泳ぎ、世界はその背にのって浮遊する存在に過ぎないという訳である。


 照井譲「Object(Recipe #1、#2、#3)」。(画像なし)
 細かな穴が規則的に開けられた白い四角形のカバーパネルが3つ並んで展示されている。カバーパネルの奥には蛍光色と黒の縞模様で規則的に構成されたテキスタイルの下地があり、その下地に上から照明が当てられている。このパネル面を動きながら見ると、モアレのように白いパネルの上に波形や縞模様が浮かび、それが動いて見える。
 作者は、入学以来、色彩が人間に与える影響についてひたすら研究してきたという。卒業後は家業を手伝いながら制作活動を続けるとのことである。


 日本画コースはここまで。(次回は洋画、版画など)






  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 00:47Comments(0)美術展

2013年12月07日

「アンリ・ルソーから始まる素朴派とアウトサイダーズの世界」展





 渋谷から東急田園都市線に乗り、初めて用賀駅に降り立った。閑静な住宅街を歩き、砧公園のなかにある世田谷美術館へ。
 「アンリ・ルソーから始まる素朴派とアウトサイダーズの世界」(Homage to Henri Rousseau ~The World of Naïve Painters and Outsiders~ 2013年9月14日~11月10日)を観た。その感想を記す。

 なお、じぶんが美術展について書いた記事はだいたいがそうであるが、美術展のカタログを購入しそれを改めてじっくり読み、そこにある解説文を参照して記述しているというのではない。展示現場で出品リストのプリントに書き込む簡単なメモと記憶だけから作品に関する情報を記述していることを理解いただきたい。つまり、ここにアップするまで時間が経過している場合は殊更だが、しばしば記憶違いや勘違いをしていそうだということである。

 最初に「素朴派」とは何かについてWikipediaから引用すると、「主として、19世紀から20世紀にかけて存在した、絵画の一傾向のこと。『ナイーヴ・アート』(Naïve Art)、『パントル・ナイーフ』(Peintre Naïf)と呼ばれることもある。一般には、画家を職業としない者が、正式の教育を受けぬまま、絵画を制作しているケースを意味する。すなわち、その者には別に正式な職業があることが多い。」とのことで、ここで言う「アウトサイダー」とは、「アウトサイダー・アーティスト」を指し、それは「特に芸術の伝統的な訓練を受けておらず、名声を目指すでもなく、既成の芸術の流派や傾向・モードに一切とらわれることなく自然に表現した作品」を創る者のことであるようだ。
 なお、「フランス人画家・ジャン・デュビュッフェがつくったフランス語『アール・ブリュット(Art Brut、「生の芸術」)』を、イギリス人著述家・ロジャー・カーディナルが『アウトサイダー・アート(英: outsider art)』と英語表現に訳し替えた」とも記載されている。

 「アール・ブリュット」といえば、このブログでは先に「岩手県立美術館と『アール・ブリュット・ジャポネ展』」という記事を掲載している。この作品展におけるアール・ブリュットの作品たちがとても印象的だったので、今回の世田谷美術館の展覧会にも期待して出かけたのだったが、ちょっとばかり肩透かしを喰らわされたという感じがする。
 
 さて、「アンリ・ルソーから始まる素朴派とアウトサイダーズの世界」展は、次のような章立てになっていた。
 1 画家宣言―アンリ・ルソー―
 2 余暇に描く
 3 人生の夕映え
 4 On the Street, On the Road 道端と放浪の画家
 5 才能を見出されて―旧ユーゴスラビアの画家―
 6 絵にして伝えたい―久永強―
 7 シュルレアリスムに先駆けて
 8 アール・ブリュット
 9 心の中をのぞいたら
10 グギングの画家たち

 「1 画家宣言―アンリ・ルソー―」では、パリ市の税関に22年勤めてから絵を描き始め、1884年に40歳で初めてアンデパンダン展に出品したというアンリ・ルソー(1844-1910)の絵画が4作品展示されている。
 「サン=ニコラ河岸から見たシテ島」(1887‐88年頃)は、月とその淡い逆光に照らされた世界を寓話的に描いていて印象に残った。

 「2 余暇に描く」では、フランスで庭師の子に生まれ、苗木商だったというアンドレ・ボーシャン(1873-1958)、農夫や道路工事人夫、そして見世物のレスラーなどを経てパリで印刷工となったカミーユ・ボンボワ(1883-1970)、パリで郵便配達人をしていたルイ・ヴィヴァン(1861-1936)、イタリアで靴のデザイナーとして名を成していたオルネオーレ・メテルリ(1872-1938)、雇われ農夫だったピエトロ・ギッザルディ(1906-1986)、そして英国の首相だったサー・ウィンストン・S.チャーチル(1874-1965)らの作品が並べられている。
 アンドレ・ボーシャンの作品「ばら色の衣装をつけた2人の踊り子」(1928)や「地上の楽園」(1935)はまさに“素朴”というほかない画風だが、そこに描かれた人物が白人のようではないのが印象的である。
 カミーユ・ボンボワ「三人の盗人たち」(1930)は、3人のスカートを穿いた女たちを描いているが、ひとりはスカートの中のズロースが見えそうに、もうひとりは草叢に尻をついていて股から尻が見えそうに描かれている。このいかにも下品そうな女たちが何を盗んだのかに想いを馳せてしまう。
 ルイ・ヴィヴァンの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」(1925)、「メドラノ・サーカス」(1931)、「凱旋門」(1935)などの油彩画は、小学生のおでかけ絵日記を少しだけ緻密にしたような作品である。
カミーユ・ボンボワやルイ・ヴィヴァンは、モンマルトルの街頭に自分の絵を並べていたところを批評家に注目され「聖なる心の画家」として取り上げられたという。
 ピエトロ・ギッザルディは、古紙のダンボールに植物、果物、ワイン、血、煤などで人物を描いた。「公爵夫人」(1969)、「ロマの女」(1970)などは女性の顔が網のような線で描かれている。上流階級の人妻も最下層のジプシー女も、彼にとっては等しく憧れと欲情の対象だったのかもしれないし、逆に宇宙人のように不可思議な生物だったのかもしれない。
 さて、この章は、カミーユ・ボンボワ、ルイ・ヴィヴァン、ピエトロ・ギッザルディら下層階級出身者の作品と、政界引退後に大規模な個展を開催したチャーチルの風景画を「余暇に描いたもの」という括りで並べてみせたところが、まぁ面白いと言えば面白いのだが、やはりちょっと無理があって、展示された順番どおりに作品を観ていく多くの観覧者に、展覧会としての構成が散漫になっている印象を与えもする。チャーチルが「アウトサイダー」だというなら、美術学校を出ていない絵描きのことはみんな「アウトサイダー」と呼ばなければならなくなる。社会的存在としてはもちろん、その風景画の画風からしても、チャーチルを「アウトサイダー」と呼ぶことはできないだろう。

 「3 人生の夕映え」では、己が人生で苦難や不幸を味わったひとびとが晩年に絵に熱中して描いた作品が取り上げられている。
 この章で印象的だったのは、脳溢血になってリハビリのために石を彫り始め、やがて絵を描くようになった塔本シスコ(1913-2005)の油彩画「秋の庭」(1967)である。







 「4 On the Street, On the Road 道端と放浪の画家」では、アラバマの奴隷の子として生まれ、リューマチになって妻を亡くしたことを期に85歳で突然絵を描き始めたビル・トレイラー(1854-1947)の「人と犬のいる家」(製作年不詳)、60歳を過ぎてから突然描き始めたというウィリアムス・ホーキンズ(1895-1990)の「スネーク・レスラー」(1988)「バッファロー 6」(1989)などに視線が向かう。
 「スネーク・レスラー」は黒いレスラーが大蛇に巻きつかれて格闘している姿で、その作風にはポップアートの要素があって既視感を抱く。「バッファロー 6」はメゾナイトにエナメル、トウモロコシ粉などで描かれた立体画。バッファローの頭部が岩のように異様に大きく張り出しており、下腹部には男性器も描かれている。その重量感や激情性の感受と対照的に、色彩やマチエールにおける常識との不整合性には、ある種の繊細さをもって神経の敏感な部分を逆撫でされるような感じがする。
 なお、この章には、名の売れた山下清(1922-1971)の「晩秋」(1940-1956)やジャン=ミシェル・バスキア(1960-1988)の「無題」(1985)も展示されている。山下の貼り絵作品の手作業としての緻密さとバスキア作品の薬物中毒的な匂いには引き込まれないこともないが、どちらも彼らの作品の中ではあまり印象に残る部類の作品ではない。

 「6 絵にして伝えたい―久永強―」は、1945年から49年までシベリアに抑留された久永強(1917-2004)の絵画作品30点で構成されている。
 久永は、1987年に下関で開催された香月泰男の個展で「シベリア・シリーズ」を観て、「これは私の知るシベリアではない。私のシベリアを描かなければならない。」と思い立ち、43点の作品を製作したという。
 画風は素朴で淡々としているが、各作品に付されている作者のコメント(描かれているラーゲリ生活や森林伐採の強制労働の様子そして死んだ同胞についての説明)を読みながら作品を眺めていると、この作品の素朴さこそが、すぐそこにある死、それもボコボコと日常的に訪れる死の感触を、鑑賞者にも忌避できないものとして伝えてくるのだとわかる。

 「7 シュルレアリスムに先駆けて」では、草間彌生(1929- )のコラージュ作品「ねぐらにかえる魂」(1975)、「君は死して今」(1975)、「夜、魂のかくれ場所で」(1975)が印象的だった。
 「ねぐらにかえる魂」は鳥の目のコラージュ。「君は死して今」では、鳥の死骸から球のような魂が空へ上っていくところが描かれており、「夜、魂のかくれ場所で」では、木の幹にフクロウたちがぎっしりと詰められている。草間彌生というと、どうしても水玉模様やどぎつい色彩のオブジェを想起してしまうが、これらの作品では、フクロウたちが、デフォルメされないまま、いわば実写的に描かれている。これらの作品は草間彌生風の“これ見よがしなどぎつさやあざとさ”をもった作品ではないが、むしろこれら方が、少女時代から統合失調症を患っていたという草間自身の幻視体験に近いのかもしれない・・・などと思えてくる。
 ただし、草間は美術学校を出て、若くして職業芸術家としてのスタートを切った人物であるから、「アウトサイダー」というわけではないだろう。ここに挿入する必然性があったのか疑問である。

 「8 アール・ブリュット」に区分されている作品は僅かに3点で、いずれも印象に残っていない。キュレーターが「アール・ブリュット」をどのような定義でとらえているのかもはっきりしない。
 そのことは作家4人の9作品を展示している「9 心の中をのぞいたら」についても言える。このなかでは、メキシコからカリフォルニアにやってきて精神病を病んだといわれるマルティン・ラミレス(1885-1960)の絵画作品「無題(ボート)」(1950)が印象的だった。

 最終章は「10 グギングの画家たち」。
 ここでいう「グギング」とは、精神病院の中の患者たちのためのアトリエ「グギング芸術家の家」のこと。
 ヨハン・ハウザー(1926-1996)はスロバキア生まれ。17歳から精神科に掛かり、1947年から精神病院に入院している。 「悪魔の姿をした女」(1989)は朱色とオレンジ色で描かれたまさに悪魔のような女で、その毛髪はそれ自体が別個の生き物であるかのうように活発に繁茂している。「婦人」(1974)に描かれた人物はほとんどゴリラ、それも赤い毛むくじゃらのゴリラである。
 オスヴァルト・チルトナー(1920-2007)はオーストリア生まれ。ドイツ軍の一員として第二次大戦のスターリングラード攻防戦に臨み、フランスの捕虜となって精神に異常をきたす。戦後すぐ精神病院に入院し、1981年からは亡くなるまで「グギング芸術家の家」で過ごしたという。
 「婦人(G.クリムトを模して)」(1973)は、頭部と足しかない横向きの人物像を、極端に縦方向に引き伸ばして描いている。たしかにクリムトは人物を縦長に造形しているが、この作品からクリムト作品を想像することはできない。


 さて、これらの章立てからみると、自分としては第7章から第10章までにとくに期待する気持ちで観て廻ったが、これらの章も、また展覧会全体としても、いまひとつパッとしない印象を受けた。なにしろ「素朴派」なのだから、それほどパッとしたりハッとしたりする作品はないのかもしれないが、「アール・ブリュット」や「アウトサイダー・アート」の作品には、もっともっと惹きつけられるものがあるはずだと自分に言い聞かせながら観て歩いた。しかし、その期待は叶えられなかった。

 この原因は、ひとつには自分自身の方にあり、つまりは、岩手県立美術館の『アール・ブリュット・ジャポネ展』の印象が強く残っていて、その印象に釣り合う作品を探し求めてしまったという事情である。しかし、その一方で、そのことを割り引いても、やはりこの展覧会は芯が細く、かつは全体として散漫だったという感じがする。
企画者は、その解釈に対する批評を恐れることなく、「アウトサイダー・アート」におけるいくつかの要素をしっかりと提示したうえで、各章の章立て(つまり分類)の意図をその要素との関連で明示し、それに沿って作品をもっとポジティブに提出すべきだっただろう。

 世田谷美術館は「素朴派」や「アウトサイダー・アート」をコレクションしているようだが、この機になるべく多くの作品を展示しようと考えたのかもしれない。集客に難がありそうな「旧ユーゴスラビアの画家」や「久永強」を含めたことはいいとしても、それ以外のメインの章でガツンとやってほしかったという(観客としての身勝手な)想いが湧き、すでに真っ暗になっていた用賀駅までの帰り道がやや遠く感じられたという訳である。 (了)                                                                                                                          





  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 17:48Comments(0)美術展

2013年03月02日

東北芸術工科大学卒業制作展2013 感想その3



 次に彫刻専攻コースの作品について。





13 飯泉祐樹「朔」
 
 クスノキ製の木彫。なにげなく前を通り過ぎたが、通り過ぎてからその影のような存在感が気になって振り返ることになった。
 全体に荒削りに見えるように縦に彫り込まれていて、火事に巻き込まれ、立ったまま炭化してしまった焼け跡の木像という印象を受ける。炭化することで人間に近づく木像・・・この手法はこの作家のオリジナルだろうか。とすれば、この手法でもっと深みのある様々な表情の作品が制作できるように思われる。










14 林拓也「歴史の断片『冬眠』」
 タガメ、カ、クワガタ幼虫、カマキリなどに似た何体かの昆虫の彫刻。それらは一見すると見たことのあるような形態だが、よく観ると見たことのある形態とは異なっている。明確な異型というわけではないが、どこか微妙に変形した存在である。
 この作品の題名が「歴史の断片」とされているのはまさに微妙で、いわば巧妙な歴史修正主義のように昆虫たちの形態がいじられている。「歴史」を自由に想像するのでもなく、事実に即して再現しようとするのでもない。事実を事実として扱い得ない不信とこのいじくりの巧妙さ。それがなにものかの隠喩として提出されているのかもしれない。








15 猪股新悟「阿修羅」
 いわゆるフィギュアの作品。作者は神仏の理想的な姿を追求しているという。
説明書きによれば、「阿修羅」については多面というイメージが浮かばず一面の体とした。また、髪が神秘的な力を宿すとの考えの基に、髪から手が生えているという形態にしたとのこと。
 じぶんは格別に偶像崇拝否定論者というわけではないが、人びとがフィギュアの像を神仏として崇める時代が近いのかと思うと、ちょっといやだな・・・(苦笑)



 最後に、その他のコースの作品に触れておく。









16 内海真佐子「かたすみ展」「バニラアイス」

 実験芸術コース専攻の大学院生の作品。「かたすみ展」は、壁にかけられている首から上の剥製(鹿やトナカイの剥製を思い出してもらいたい。英語でいう Stuffed head )を布製の縫いぐるみで制作したような作品である。一般にはかわいらしいウサギやイヌの縫いぐるみに造られるパステル色の化繊布を使って、それらのフリークスのような造形に仕立てている。
 「バニラアイス」も、宣伝広告に用いられるキャラクターのような可愛らしげな女の子がバニラアイスを食べている絵画であるが、口元が消し取られ、目も不気味に塗りたくられている。可愛らしさへ差し込まれたこれらの(作者側の)異形性は、神経を逆撫でしてくる。そういう意味では、内海真佐子の作品群は、この卒業作品展でじぶんが観たなかでは唯一の、危険で刺激的な作品群だった。






17 菅原良「Alternation」
  総合芸術コース卒業生の作品。ジーパンがまるで植木鉢のようになっているインスタレーション。木がその根元の土ごと歩いているようにも見えるし、土あるいは大地がジーパンを履いて歩き出しているようにも見える。ジーパンはたんなる容器なのか、それとも動きの主体なのか、それが両義的なところが面白い。ただし、植わっている木には刺激を受けないので、全体としては面白おかしい盆栽にしかみえない・・・なんていう皮肉な言い方もできてしまう。






18 渡邉友香「自然から得るものとは」
  工芸コースの作品。球形のヒトデ(?)、内部に繊毛をもった果実、傘の表側にイボのような突起をもったキノコなど、幾分か異型の、つまりは異形であることにそれほど違和感を抱かせない程度に異形の「自然」が金工作品として形象化されている。作者は、一般人に向けたオブジェとしての境界を、つまりは正常と異型の境界を慎重に探りつつ、観客に受け入れられる限界点で形象化しているのかもしれない。










19 堀江遼子「ねむりのしたく」
  ツルがついたカボチャのような形の陶器のオブジェ。となりの大きな陶器のツボを覗くと、その底で、目と口が小さなキャラクター(の親子?)がまるで風呂に浸かっているような風情で寛いでいる。
  正統派的(?)な陶器の作品に、この奇妙な、あまり愛らしくない、しかも膨れたキャラクターを遊ばせている。アイデアとしては面白いのかもしれないが、陶芸作品で勝負しようというのか、このキャラクターで売り出そうとしているのかがよくわからず、中途半端な感じがする。 







20 叶夏実「Illusion AI」
  人形の身体からコードが出ている様が生々しく、かつは痛ましい。“コードで操作される人形”というより、“コードに蹂躙されている像”という印象である。ここに掲げた写真には写っていないが、人形が据えられた台の下には電源ボックスのようなものが配置されており、その全体がこの作品となっている。しかし、台の下のボックスまでを含めての作品となると、“製作中のロボット”みたいな印象になって、とたんに芸術性が減衰し、観る方が白けてしまう。







21 森田益行「丑三つ時」
 ちょうど丑三つ時に出てきそうな単眼の化け物といった印象の作品。
 ボリューム感と重厚そうな体質で、今にも動き出しそうな印象を与えてくるが、どこかでどっぷりと構えた風情もあり、間が抜けた水鳥の化け物のようにも見える。



 さて、このほかに映像専攻コースの作品も数作品観たが、ちゃんとメモをとってこなかったので、ここで取り上げることは控える。
 毎年思うことだが、雪降る広大なキャンパスで、この膨大な展示作品群を鑑賞して歩くには開催期日が不足している。(展示期間は5日間だが、一般市民が平日に休暇を取って観にいくことはなかなか難しい。)
 大学以外の場所でもいいから、学生の作品をしっかりした形で一般市民に公開する機会を増やしてもらいたいと思う。じぶんはこの大学の学園祭や大学の裏山にある悠創館の展覧会にもなるべく出かけるようにしているが、学園祭等の際に展示されている作品の数は卒展のそれと比べ物にならないほど少なく、しかも質も落ちる。展示に向けてピークをもってきた学生たちの作品をじっくり観たい。また、作者のトークとそれに対する質疑、さらには専門家らを交えた批評や意見交換の場を覗いてみたいとも思う。
 今回の卒展の期間にも山形市中心商店街の元旅館を改造した「ミサワクラス」というスペースで、青森県立美術館の学芸員を迎えたイベントが行われた模様だが、一般向けにはイベント内容の紹介も会場の位置図の表示もなく、外部の人間としては参加しにくかった。
 また、卒展とは別に、この大学の教員たちの作品展や研究等のプレゼンの機会に触れることができれば、なお幸いである。

 「アベノミクス」とTPP交渉参加でこの国はきわめて危うい綱渡りをはじめてしまったが、この大学を、つまりは山形を巣立つ卒業生の前途に幸多かれと希う。  (了)

                                                                                                                                                                         

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2013年02月28日

東北芸術工科大学卒業制作展2013 感想その2


東北芸術工科大学卒業制作展(2月13日~17日)感想記、その2。

洋画専攻コースでは次の作品が目を引いた。






8 鈴木隆史「ひとにやさしく」

 A4サイズくらいの木板が展示室の壁の一面を埋めている。木板には、一枚一枚に木版画の板のように彫刻刀で簡単な絵が刻まれており、それで版画を刷ろうとしてインクを塗られたような形で(つまり黒地に彫刻刀で刻まれた絵が浮き上がるような形状で)壁に貼付されている。
 その刻まれた絵というのは、小学校低学年生が木版画を製作しようとしたような(完成形とはいえないほどの)未熟なものであるが、この黒い板(木版画の板に黒インクを塗ったようなもの)が壁一面に貼り付けられていると、奇妙にも落ち着いた温かみを醸し出してくる。この壁一面に貼られたのが、版画が刷られた紙でなく版画木であるところが面白い。うまい効果に気づいたものだと思う。








9 藤原泰佑「街―現在、過去―Ⅱ」

 住宅や店舗のスケッチを横長の断片に切り取って、その断片たちを、廃車置場で潰されて積み上げられたスクラップの車みたいに重ねたコラージュ・・・のように見える絵画作品である。
 「堆積した古い建築物の重なりが映し出すものは、この国が失いかけていた街の風土を内包した記憶の断片である。」と、作者のコメントが付してある。
 色使いのせいか、どこかにポップな雰囲気が感じられる。これがポップな雰囲気を醸し出している分だけ世の中に評価されるような気もするが、皮肉を言わせてもらえれば、記憶の断片がどうして廃車置場の潰された車のように積み重ねられるのか、その根拠は見えてこない。
 故郷の街の過去の繁栄の記憶と現在の衰退との巨大なギャップに直面して呆然とする者は、「街の風土を内包した記憶」を断片化などさせていない。なぜなら、風土の記憶はその全体性として成立しており、失われるときはその全体性として失われるからだ。喪失というものが、それこそとてつもない喪失感を連れてやってくる所以は、その記憶の対象であるものが全体としてこの世界から失われているという認知としてやってくるからだ。












10 金子拓「光景~さやさや~」

 濃い緑と黄色の色彩で描かれたブラック・メルヘン調のシリーズ作品。
 暗い森の中の小人たち、物陰で鳩首会議するひとびと、西洋中世のようにみえる衣装を纏った顔の大きな登場人物・・・物語の挿絵のような絵画だが、“世界は緑色の悪意で構成されている”とでもいうべき感触と、救われようのない独特の世界観を伝えてくる。
  








11 結城ななせ 空き店舗における表現活動

 この作者は芸術工学研究科修士課程修了者。
 鶴岡市山王商店街の「旧菅原イチロージ商店」(陶器店だった空き店舗)を借りて、そこを拠点に作品の制作・発表・ワークショップ等を展開している。この3月からは、子ども芸術研究領域の院生とともに、同じ場所で子どもを対象としたさまざまな技術や知恵をもつ地域の大人たちと連携した放課後の職業体験や社会体験のプログラムと、自らの制作活動を活かした体験型の造形ワークショップを開発・実施する計画とのこと。
 この卒業制作展の展示室には、作品の一部と前記の空き店舗における活動を記録した写真が展示されている。なお、この作者のFacebookに、空き店舗の板塀をデッキブラシで磨いている本人の写真が載っているが、これがなかなか素敵な写真である。結城ななせは、山形市の「まなび館」でもワークショップを実施するなど精力的に活動しているようである。



   

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2013年02月26日

東北芸術工科大学卒業制作展2013 感想その1

 2013年2月16日(土)、東北芸術工科大学卒業制作展(2月13日~17日)を観に出かけた。その感想を記す。

 じぶんは、毎年この制作展を楽しみにしているのだが、昨年はうっかり見逃してしまい残念な想いをした。今年はなんとかと想っていたが、結局1日(実質6時間)しか時間がとれなかったので、日本画、洋画、版画、彫刻、工芸、テキスタイル、総合芸術、映像(一部)の各専攻コース(学部及び大学院)に絞って会場を廻った。今回観ることができたのは、それでもこの卒業制作展の3分の1くらいだろうか。全会場を廻るには最低3日は必要。トークイベントや映像作品を観ようと想ったら、4日でも足りないくらいの規模である。
 毎回、もっとも楽しみにしているのは日本画専攻コースの作品である。次いで版画、プロダクトデザイン、企画構想など。今年は文芸科も加わったので興味があったが、時間切れで廻れなかった。


 では、日本画コースの作品の感想から記す。
 日本画コースの作品については、訪問した時刻にちょうどギャラリートークが行われており、それを聴かせてもらった。この大学から多摩美術大学に移った岡村桂三郎という教員が、事前にカタログから選んでいた作品について、各々5分程度の持ち時間で、その各作品の前で作者にコメントさせ、岡村氏がこれに質問や評価やコメントを返すというやり取りだった。
 ここで以下に取り上げた作品は、岡村氏が論評して歩いたうちの一部。作者や同氏のコメントに触れつつじぶんの感想を記すが、作者や同氏のコメントについては簡単なメモと記憶とに基づいており、不正確な点はご海容いただきたい。
 なお、日本画コースの作品は実に多様で、いかにも中国的な日本画(!?)といった作品から、ポップアート的な作品、黒一色の細密画やコラージュ、油絵の具でまったくの洋画まで展示されていた。専攻ごとに作品を比較してみると、この大学の作品制作系の専攻の中でもっともレベルが高いのが日本画コースかな、という印象である。






1 森山陽介「WIN TER MIRANDA」
  朝日連峰を描いた風景画。作者が風景から受けた強烈な印象を独自の手法で定着しようとしていて、いわゆる「風景画」とは大きく異なった印象を与える。ここに掲載した写真は、この絵のある部分を拡大したもの。山肌がパズルのような形態のパターンで描かれている。
 岡村氏は、この感覚の感受を評価しつつ、通俗的・安定的な描写と個性的な印象表現の境界にあると指摘し、もっと個人的な感動を表現に込める方がいいのではないかと語った。この指摘はとても的を得ていると思った。じぶんの印象では、作者は一見エキセントリックに見えるほど風景から受けた感動を語るのだが、作品はそこまで衝撃的ではない。岡村氏の言う“境界”に手がかかっているとはいえ、やや通俗的な領域の方に重心があるように見える。金箔による月は強い印象を与えるが、考えようによっては、これはずいぶんと安易な選択。山肌のパズル的な描き方と全体の骨太な筆致の行方が楽しみである。






2 多田さやか「空気の底」
  如来あるいは菩薩像を中心に据え、世界についての様々なイメージや視覚像を273×423の画面に配した大作。作者は「宇宙のシステムの中にすべてが組み込まれているこの世界なかで、喜び、苦しみ、キセキ(軌跡?奇跡?)、欲望をしっかりと持っていくという意思表示」だと語った。
  岡村氏は、「あなたの言いたいことは真ん中に描いていることではないか?・・・それをもっとはっきり出したほうがいい」という趣旨のことを言っていた。





  じぶんの見方を言えば、この種の世界観を描いた作品において、「言いたいこと」というものがもしあるとすれば、それは画面全体の構図として描かれるものである。この画面の中心に描かれているは菩薩像であるのだが、ユング流にいえば、これが曼荼羅のように中心に正面を向いて鎮座させられていないところ(つまり中心がそもそも確立していないところ)に作者の無意識の揺れや世俗的な自我の不安定さ(あるいは世俗的な自我確立への拒否の心理)が現れているとみることもできる。菩薩像がかき消されるかのように絵の具で傷つけられているところも、観る者の心をささくれ立たせる。







3 中村俊「されどひかりつづける」
  森の中に放置され、錆ゆく廃バスを描いた作品。作者は「無機物と有機物の組み合わせが好き。廃棄されたものにもまだ生命が宿っていることを描きたかった。」と語る。岡村氏は、森の描き方について「根性を入れて書いている。森の風景の重さ、その迫り方に深みがある。」と評価していた。
 たしかに技量としては上手い。伝統的な西洋画にも似た森の描き方、とくに光の処理に見とれる。だが、「廃棄されたものの生命」が感じ取れるとはいえない。また、廃棄されたものが即物的に迫ってくるわけでもない。廃棄されたもの(バス)が、生きているもの(森)の引立て役になってしまっているという感じ。







4 榎本聖「風に吹かれて」
  川辺にいる裸婦たちを右端から裸の少年が見つめている構図で、227×181が全4枚で構成される油絵の大作。裸婦のなかには妊娠しているものや片腕の肘から先がないものもいる。また裸婦たちの格好や骨格や筋肉の描き方が劇画チックで、少年の性器は勃起している。女性たちの数人は岸辺の草むらに寝転んだり尻をついたりしてポーズをとっており、別の数人はどす黒い緑色で描かれる川の中に立っている。
観る者の感性を逆撫でするような違和感が意図的に演出されている。鑑賞者が抱かせられる違和感は、この少年が女性に対して抱く違和感でもある。この劇画チックなタッチは、少年の視線を表現するための意図的なものだろうか、それとも作者の中に無意識のうちに刷り込まれた既成様式なのか。






  
5 堀内佑季子「響く」
  画面の上から下へ広がる蔓植物の葉の白い重なり。その下の暗がりにはぼんやりと虎が描かれている。描かれている対象物と構図とは、日本画によく出てきそうなものだが、虎が暗闇に潜んでいるというのではなく、暗闇と葉っぱの境界が不分明で、暗闇がそのまま虎のような黒い獣であるように描かれているところは新鮮。作者はまさにその不分明さを描こうとしたのだと語ったが、ただしそれ以外は全体として退屈。日本画における常套的な対象物が与える常套的な感性を逸脱して欲しい感じがした。


6 久島優「image reaction」(写真なし)
  180×270の画面にアクリル絵の具で描かれた都市のイメージ。
  画面が数多くの左右斜めの切り口で細かくずらされ、そのズレによって囲まれる四角形のモノクロのコラージュによって全体を表現している。どこかで幾度か観たことのある画面で新鮮味に欠けるが、細部まで丹念に切り結ばれているという点では好感をもつ。
  作者は「就活で訪れた東京のビルの海」をイメージしたと語ったのに対して、岡村氏は「就職するんだ?絵は描かないの?就職しても描いていって。」と制作継続を勧めていた。このひとコマに、部外者のじぶんは、芸術大学というものの“ヤクザさ”を感じてざわりとした。

 【以上が岡村桂三郎氏がコメントした作品から。】












7 今枝加奈「ode(オード)」
  大学院修了者。都市についての世界観を描いてみせた200×500の大作。
  細かな凹凸のある灰色の肌合いと段差のある街の構成、そしてこの都市が浮かぶ海(のように見える宙)の描写が、その広い展望と相俟ってひとつの世界観を創り出している。
観覧車、大きな擁壁、テント、聳え立つ塔(煙突?)などが、この世界に住むひとびとについての想像を書き立てる。だが、右側に配置された空中都市の遠景は、この世界のイメージが映画やアニメからの借り物であるように思わせるものでもある。 


 【次回へ続く・・・】                                                                                                                                                                                  

  

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2012年12月08日

メトロポリタン美術館展






 リフォームされた東京都美術館で「メトロポリタン美術館展」(2012年10月6日~2013年1月4日)を観た。その感想を記す。

 この展覧会のキュレーターはメトロポリタン美術館のピーター・バーネットという人物。
 「Earth, Sea, and Sky : Nature in Western Art ; Masterpieces from The Metropolitan Museum of Art」(邦題「大地、海、空―4000年の美への旅 西洋美術における自然」)という題名が付けられている。
 章立ては、第1章・理想化された自然、第2章・自然のなかの人々、第3章・動物たち、第4章・草花と庭、第5章・カメラが捉えた自然、第6章・大地と空、第7章・水の世界、となっている。
 紀元前1,000~2,000年代のエジプトやメソポタミアで製作された動物の像・装飾品・器などを「西洋美術」の括りに入れるのは如何なものかと思うが、この展覧会にはまさにキュレーターが意図したとおり「これが西洋だぞ!」といったふんぷんたる臭気が充満している。
 初手から言い切ってしまえば、古代エジプトやメソポタミアの作品を除いて、これらの展示作品に形象化されているのは“普遍的な自然”ではなく、すべて“西洋的な自然”、就中“西洋化された自然”なのである。

 この“西洋化された自然”は、冒頭に置かれた風景画からこれ見よがしにガツンと提出されてくる。第1章が「理想化された自然」と題されているとおり、この章の風景画はすべて“西洋化という理想化”が施された風景を創出している。
 いかにもフランスの平野部やグレートブリテン島の風景だというような、丘から眺める緩やかな起伏の大地とゆったり流れゆく川。そしてそこに拓かれた農地。向こうには山の姿。画面の端には樹木が位置付けられており、たいていは人や馬などの家畜が手前に配置され、しかし、それらは小さめに描かれている。
 何枚かの典型的な西洋風景画のうち、印象的だったのは、アッシャー・B.デュランド(アメリカ、1796‐1886)の「風景―『サナトプシス』からの場面」(1850)だった。
 手前には崩れた中世の遺跡のように横たわる石像が描かれ、古木の森とヤギが配置されている。中景には目立たないように小さく葬送の行列と牛馬に鋤を引かせる農耕びとが配置され、その奥に淡い色合いで、遠景として高い岩山が描かれている。
 「thanatopsis」は「死観」の意で、米国の詩人ウィリアム・カレン・ブライアント(1794‐1878)の詩(1817発表)のこと。これがどんな瞑想の詩かは知らないが、デュランドの絵画ではまったくもって構図が自覚的・意図的であり、死への観想とはかけはなれた作為性を感じてしまう。
 この絵を見て思い浮かぶのは、「この場所にこの存在(遺跡、葬列、高山etc.)が描かれているのは、かくかくしかじかの意図を表している」などと解釈する鑑賞者・評価者と、そのように解釈されることを予想して描く画家のザッハリッヒな関係性だ。西洋の自然はこのように、つねに/すでに、理念化(「理想化」というより「理念化」と言った方がぴったりする)されている。たぶん、この所与を受け入れることができるかどうかによって、この展覧会を楽しめるかどうかがきまる。そしてもちろん、展覧会の冒頭のセクションで、ピーター・バーネットは唐突にそれを受け入れることを迫っているのである。

 第2章の作品では、「2‐1:聖人、英雄、自然のなかの人々」という区分に展示されていた、ティントレット(ヤコボ・ロブスティ)(イタリア、1518‐1594)の「モーセの発見」(1570年頃)、ヤン・ブリューゲル(子)(フランドル、1601‐1678)の「冥界のアエネアスとシュビラ」(おそらく1630年代)が印象に残った。
 いずれも神話の世界の登場人物を描いている(ただし「シュビラ」は神託を告げる巫女で実在したらしい)のだが、これが“「Nature 」in Western Art”という概念の一種の表出として提示されていること、つまりこれが自然における人間存在なのだとされることに、いまさらながらではあるけれども、日本人としては異和感を禁じえない。ここには“人間または(ヘーゲル風にいえば)その類的本質としての神が存在するから自然が存在する”という思想が表現されている。
もっとも、この時代の絵画はすべからく神話の登場人物を描いたものなのだから「自然」はその画面にはこんな風にしか登場しないのだ、といってしまえばそういうものだろうが。

 第2章の「2‐2:狩人、農民、羊飼い」という区分の作品では、ヤン・フェイト(フランドル、1611‐1661)の「ヤマウズラと小さな獲物の鳥」(おそらく1650年代)が印象に残った。これは狩猟による獲物(つまりは野鳥の死骸)を描いた暗い色調の静物画で、作者が注文されて描いたものだという。なぜこんな陰気なものが描かれた絵画を注文するかといえば、これらの獲物はその所有者が狩りをする者であることを示し、それは“有閑の人”であること、すなわち財力のある人物であることを表すものだからだと解説が付されている。これを「自然」を描いた作品として提出してくるあたりにまたまた異和感が膨らむのだが、しかしまた、ここまでくるとキュレーターの一癖ありそうな批評精神を感じないわけでもない。
 なお、このコーナーの作品では、ジュール・ブルトン(フランス、1827‐1906)「草刈をする人々」(1868年)とジャン=フランソワ・ミレー(フランス、1814‐1875)「麦穂の山:秋」(1874年頃)が魅力的だった。前者は、夕陽に照らされた農地で草を毟る農婦たちの姿を、跪いて祈っているように見せる構図。淡く、それでいてコントラストの効いた色使いで、写真的な印象を与える。
 後者は、放牧地の中央奥に麦穂を積み上げた巨大な山を描き、その手前に草を食む羊の群れを配する。上は淡い光の空で、その中央に(つまり麦穂の山の向こうに)厚くて黒い雲がどんと配置され、冬が迫りくることを暗示している。羊の群れの揃い具合というか乱れ具合というか、これも秀逸で、その構図にはしばし見とれた。両作品とも、いかにも「近代絵画!」という風情である。
 もうひとつ面白い作品としては、フィンセント・ファン・ゴッホ(オランダ、1853‐1890)の「歩きはじめ、ミレーに拠る」(1890)を挙げておく。庭で歩きはじめをしている幼児と「おいでおいで」をしているかのようなその親たち。ミレー作品をゴッホが模写したものだという。しかし、筆致が完全にゴッホで、パステル調の色使いである。構図を借りてゴッホなりに描いたものなのだろうが、晩年になぜこんな作品を描いたのか興味が湧いた。
 他のゴッホ作品では、別のコーナーに有名な「糸杉」(1889)が出展されている。実物を見ると、やはりいい絵だと思わずにはいられない。その前では、じぶんのようなひねくれ者も、単純な美術ファンにさせられてしまうと言ったらいいか・・・。
ついでに言えば、オディロン・ルドン(フランス、1840‐1916)の「中国の花瓶に活けられたブーケ」(1912‐1914)という作品も展示されていたが、これは普通の静物画。あのルドンが晩年にはこうなっちゃったのかぁ~という感じである。


 さて、上記のほかには、第7章・水の世界における、モーリス・ブラマンク(フランス、1876‐1958)「水面の陽光」(1905)とウィンスロー・ホーマー(アメリカ、1836‐1919)「月光、ウッドアイランド灯台」(1894)が印象的だった。
 前者は、水面に反射した陽光と岸辺の建物を描いた作品だが、光と建物とが適度にデフォルメされている。なにせブラマンクだから、デフォルメされているのは形態だけでなく色彩も、である。印象派をくぐって、光の印象はここまできた、ということだろう。20世紀の西洋絵画が19世紀のそれと大きく異なったものになった様が見てとれる。
 後者は靄のかかった海と海岸の風景だが、そのタッチはまさにアメリカ風に洗練されている。題名から灯台が描かれていると思われるのだが、その灯台はオレンジ色の小さな一点として、靄の中の遠くの岬にぽつんと置かれているだけである。“アメリカ風に洗練されている”というのは、いわばポップや商業主義に向かう気配をたたえつつ、一筋の気品がそれを掣肘しているということだ。

 このほか、「第5章・カメラが捉えた自然」で提示されるモノクロの写真作品も絵画的で美しい。

 会場には多くの中高年男女の観客がいたが、おれはこういう美術ファンには絶対にならんぞ、と改めて肝に銘じた次第である。したがって(!?)、この展覧会の鑑賞を推奨しはしない。(笑)              (了)


 (注)上記の展示作品に関する説明はすべて、会場でもらった出展作品リストに現場でメモした内容と実物を見た記憶をもとに記述したものであり、不正確な部分があるであろうことに御留意いただきたい。


                                                                                        





  

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2012年08月17日

「具体」回顧展(新国立美術館)






 「具体~ニッポンの前衛18年の記録~」(GUTAI~The Sprit Of an Era~ 2012年7月4日~9月10日・東京・新国立美術館)を観た。その感想を記す。

 まず、「具体」という美術運動の集団について、展覧会のパンフから拾い読みしておく。

 「具体美術協会」は1954年に吉原治良(よしはらじろう 1905~1972)と彼に私淑する阪神在住の若手美術家17人で結成された。
 この「具体」という名称は、「われわれの精神が自由であるという証を具体的に提示したい」という想いからつけられたもの。メンバーは、吉原の「人の真似はするな」「これまでになかったものを創れ」という厳しい指示のもと、奇想天外でユニークな作品を次々と生み出した。当時、国内ではほとんど評価されなかったが、1957年に来日したフランスの美術批評家で、抽象美術の新しい美学“アンフォルメル”を提唱していたミシェル・タピエが高く評価。1950年代の終わりから60年代にかけてフランスなど海外に紹介され、アメリカ、イタリア、オランダ、フランス、ドイツ、オーストリアなどの美術展に出品された。
 1955年機関誌「具体」を創刊し、以後14号まで不定期に発行。55年に東京で第1回具体美術展を開催し、翌56年には野外での美術展を開催。57年には、大阪と東京で、ホールの舞台を使用した、今でいうところのアート・パフォーマンスの作品発表会を開催している。
 1962年に、大阪中之島に吉原治良所有の土蔵を改装し、活動拠点として作品展示館「グタイピナコテカ」を開設。
 1970年の大阪万博では、万博美術館で野外展示、みどり館で作品展示、お祭り広場で「具体美術まつり」のパフォーマンスを行うなどの活動を展開したが、1972年に吉原治良が急逝し、それを機に解散した。








 さて、ここからはじぶんの感想。

 この回顧展は、時間的な経過に沿って章を立て、日本の高度経済成長時代と重なる「具体」グループの足跡を辿りながら、この時代(era)の精神のひとつの姿を浮かび上がらせるものになっている。
 展示室に足を踏み入れると、まずは抽象的なオブジェの野外展示作品(一部作品については当時の実物写真)にちょっと驚く。ただし、その作品群の迫力にではない。あくまで“今から見て”の感想なのだが、その作品たちの“素朴さ”というか、衒(てら)いのなさ、みたいなものに対してである。
 オブジェ作品はお世辞にも面白いとはいえない。いまなら出来の悪い美術学生でもこの程度の作品は創りそうだ。・・・この想いは、古い8ミリフィルムで上映されている57、58年のパフォーマンスについても感じるものだ。(たとえば、1930年代のドイツ、バウハウスのパフォーマンスに比べたときのレベルの違いは歴然としている。)
 しかし、“いまから視て”という観点や“舞台芸術”としてのレベルの問題をカッコにくくって視れば、1958年の「舞台を使用する具体美術第2回発表会」の映像などはとても面白く思えてくる。この時代の良さは、いまなら“芸術表現”とは看做されそうにないパフォーマンス(いまなら“お笑い”や“受け狙い”の余興とでも看做されかねない表現)も、“前衛芸術”として存立しえたということだ。
 この時代の状況を考えれば、これらの表現が「産経会館」や「朝日会館」などにおいて大勢の観客の前で堂々となされたということは、まさに革新的なことだったはずだ。フィルムに映っている観客の服装を見ればその時代の雰囲気がわかる。・・・「人の真似はするな」「これまでになかったものを創れ」という志向性が、ここで確かに新しい時代の扉をこじ開けようと果敢な挑戦を繰り広げている・・・そう見てもいいような気がする。(1957年の「GUTAI ON THE STAGE」というフィルムが上映されているが、これは必見。)

 このグループの活動の興味深いところのひとつは、まず機関誌から活動を開始したところにある。当時の機関誌(印刷物)はまだ粗末で薄っぺらなものだったが、じぶんたちの表現思想や作品の画像を機関誌として記録し、それをもってPRするという点に戦略性を感じる。機関誌ならとにかく海外でもどこでも簡単に送れる。
 また、リーダーの私有不動産(土蔵)を改装して大阪の中之島に活動拠点を開設しているが、これも戦略として有効だ。海外からの視察者に対していつでもじぶんたちの表現を紹介できる。

 リーダーである吉原は、1905年生まれ。白樺派などの人道主義、生命主義に影響を受け、また制作の点では西欧の表現主義にも影響を受けたといわれる。
 吉原は、戦前の1940年にすでに抽象絵画を展覧会に出品している。同盟国のドイツなら抽象絵画は「退廃芸術」として排斥されていた時代だと思うが、地元の芦屋(兵庫県の高級住宅地)が西欧文化に馴染んだ土地柄だったこともあり、その才能と背景が戦後(1950年代)の前衛美術の開花を準備していたのだと見ることができるだろう。







 なお、この回顧展で掲示されている解説によれば、ミシェル・タピエは、具体グループの作品を海外に売るために、運びやすい絵画など平面の作品の制作に集中するよう仕向けたという。たしかに、グループ全体としてみれば、60年代に入ると平面作品は洗練され、レベルは明らかに向上しているという印象を受ける。
 しかし、すこし皮肉な見方をしてみれば、この平面作品への一元化によって、「人の真似はするな」「これまでになかったものを創れ」という志向性が、逆に桎梏となってきたのではないだろうか。抽象画の場合、平面構成のアイデアは次第に限られてくるからである。
 もちろん、この回顧展には様々な新しい表現への試みの軌跡が展示されている。しかし、その試みの広がりは、「具体」としての活動を逆説的に隘路へと導いていくようにも思われる。極端に言うと、60年代が進むに従って、様々なバリエーションの平面作品が制作され、その質は向上しているのが見て取れるが、一方で、年次が下るほど、次第に作者名と作品名をシャッフルしてもかまわないような作品群に見えてきてしまうのだ。
 その隘路に気づいたのか、吉原らは、それまでの「熱い抽象」とは異なる「冷たい抽象」の作品の作家たちをグループに加えていく。「冷たい抽象」とは、幾何学化すなわちテクノロジー化された世界観を作品化するもののようであるが、同時にポップ化の要素を胚胎しているようにも見える。

 1970年の大阪万博お祭り広場における「具体美術まつり」のフィルムには、このグループのポップ化が明確に見て取れる。
 スパンコールに覆われた袋を被った登場人物たちが煌きながらニョロニョロ歩き回る「スパンコール人間」、赤い衣装で大きな翼をつけた宇宙人みたいな登場人物たちがバルタン星人のように現れる「赤人間」、纏った毛糸のワンピースを、糸を引っ張られてくるくる回りながら剥がされていく女性の「毛糸人間」、箱のなかから次々に電動で歩く犬の玩具が這い出してくる「101ピキ」、ロボットやボディがプラスチックでできた自動車が登場する「親子ロボットとプラスチックカー」など、“芸術表現としてこんなことでいいのか?”という疑問を蹴飛ばしてくれる上でのみまさに「前衛的」であり、“このパフォーマンスのどこに既存感覚を脅かすものがあるのだ?”という点ではまさに「ポップ化」された表現行為が展開されている。


 1972年に吉原が急逝したとき、具体グループはあっさりと解散を決議した。それはそうだろう。
「政治の季節」が通り過ぎ、すでに日本社会は高度な消費社会へ向かって邁進していた。言い換えれば、日本社会がすさまじいスピードで“具体化”しつつあったのである。

 「人の真似はするな」「これまでになかったものを創れ」という姿勢を持ち続けるとすれば、時間を経るごとに抽象画の表現思想や手法にとっての“未開の土地”は少なくなり、新たな表現の領野を開拓することの困難性は高まっていく。
 しかし、それゆえにこそ、新しい感動を与えてくれる未知の抽象絵画に向き合いたいという願望が昂じている。  (了)                                                                                                                                                                          





  

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