2013年11月01日

映画製作者と被写体の関係における倫理について(その1)






1 対自的倫理と対他的(あるいは対多的)倫理

 まずは、上記7の「映画監督と倫理」と題された『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督と『殺人という行為』のジョシュア・オッペンハイマー監督の対談から。

 なお、この対談は、「6つの眼差しと<倫理マシーン>」という企画のなかのひとつ。
 映像製作者と被写体の関係における<倫理>の問題を考える企画として、山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)東京事務局ディレクター藤岡朝子氏と米ミシガン大学教授の阿部マーク・ノーネス氏らがコーディネイトしたものである。(このほか、イギリスの映画・メディア研究者のブライアン・ウィンストン氏も企画に関わっていたようである。)
 「6つの眼差しと<倫理マシーン>」では、山形美術館の展示室を会場として、上記6~10のほか、全部で10の上映+トークやディスカッションの企画が組まれていた。すべて参加したかったが、勤め人には無理な日程だった。(ちなみに、ほとんどの時間をパイプ椅子上で過ごすことになったため、お尻にも無理のかかる日程だった。)
 なお、「6つの眼差し」とは、「危険にさらされた眼差し」「介入する眼差し」「人道的な眼差し」「偶発的な眼差し」「プロフェッショナルな眼差し」「無力な眼差し」とされる。ただし、この区分自体は、「プロフェッショナルな眼差し」を除いて、議論のうえであまり意味のあるものではないから、ここでは無視する。


 映画「殺人という行為」は、インドネシアにおいて、スカルノ政権が倒れスハルト政権に移行する1965年から66年にかけて大量の「共産主義者」(共産党員・支持者・その家族、その他彼らにとって邪魔だった民主勢力の市民、差別や妬みの対象だった中国系住民などを含む)を拉致・拷問し、その多くを殺害したプレマン(ヤクザ、ゴロツキの意)たちに取材した作品である。

 オッペンハイマー監督が語るところによれば・・・まず被害者の遺族の協力を得て取材を始めたが、軍部が遺族から話を聞くことを許さないと言ってきたため、逆に殺害した側の人間から話を聞くことにして、全部で41人の殺害者にインタビューした。すると、インタビューを受けた殺害者たちはほとんどが殺害の話を自慢げに語り、どのような方法で殺したかデモンストレーションしてみせる者も少なくなかった。その41人目が、この作品で主役となったアンワールという老人のギャングである。彼らが殺人を行ったことをなぜ自慢しているのか、どんな人間として世界に見てほしいと思っているのかに興味を引かれ、5年かけてこの作品を撮影した・・・。(※)

 ちなみに、これらのギャングはインドネシアで「プレマン」と言われる者たちで、日本で言えば「ヤクザ者」とか「ゴロツキ」とかいうことになるようだ。
 映画は、アンワールと彼に弟分のように付き添う太ったプレマン、そしてスハルト体制を支えてきたプレマン団体「バンチャシラ青年団」の組織にいる人相の悪いプレマン、そしてアンワールの昔のプレマン仲間の4人が(アンワールとその弟分らしき太った男が中心となって)、監督の勧めに応じて自分たちが出演する映画を撮影する過程を中心として構成されている。この部分は“劇中劇”的な“映画内映画”だと思ってもらえればいい。
 このプレマンたちが製作する映画には、かれらが「共産主義者」たちの村を襲い、村人を虐殺して家に火を放ったことを再現するシーンが含まれている。襲われる側の女や子どもを含む村人役はプレマンたちの身内や町で映画出演を説明してにわか役者としてスカウトしてきた人々だが、襲撃場面のアクションによって、その後本当に放心状態となっている者やパニックに陥って泣き叫んでいる者も映像に収まっている。
 印象的なのは、密室(じつは地元新聞社の社屋の一室)で「共産主義者」を拷問・殺害したところを、アンワール自身が殺される側の役となって再現するシーンである。ここで、アンワールは首を針金で絞められ、死の恐怖を味わう。
 しかし、この作品をもっとも印象付けるのは、こうして撮影された映像のラッシュ画面を自宅で観ているアンワールとその弟分の表情を、正面から、つまり映像画面の側からアップでとらえた場面が何度も出てくるところである。アンワールは、各シーンについて、この場面はうまくいったとか、ちょっと不満だとかいいながら、最終的にはいい映画になったと満足する。
アンワールは、もとはハリウッド映画を上映する映画館の前でダフ屋をやっていたチンピラだったが、1965年にプレマンとして「共産主義者」狩りに深く関わるようになる。
 映画のはじめの方には、彼が監督の求めに応じて「あまり血がでず、楽に殺せる」として採用したという針金で絞殺する方法を説明し、拷問と殺しを行ったあとはこんなふうにクラブで踊ったとステップを披露してもみせるシーンが置かれていて、まずはこの人物に対する嫌悪感を催させる。だが、やがてこの映画の撮影とこの映画のなかで撮影される再現映画の製作の両方が進むに従って、オッペンハイマー監督のカメラはアンワールの私生活の一部(とくに寝室)に入り込み、やがて彼が夜毎に魘されている姿をとらえ、絞殺される役を演じた際に涙を流す姿をも織り込んでいる。
 映画『殺人という行為』は、こうして主人公アンワールの人間性を追いかけていく流れと、アンワールたちが映画を撮っていくところを記録する流れをメインとし、そこに背景として、現在も同じプレマン団体が地域で暴力的な支配を続け、政党・地方の首長・国軍・警察・マスコミ・経済界などと密接に結びついて堂々と活動している場面をうまく差し込んでいる。たとえば、バンチャシラ青年団のプレマンがマーケットを流して次々と中国系商人をカツアゲしていく姿と、このバンチャシラ青年団の集会で副大統領が同団体を持ち上げる演説をしている映像の組合せには、ASEANの大国インドネシアがいまだにこんな国情だったのかと唖然とさせられる。
 監督が「殺された者の遺族の復讐が恐くないのか?」と問うシーンでは、プレマンは「俺たちに手出ししたら、(一族)皆殺しだ。それがわかっているからやつらは手出しできない。」と平然と言ってのけるのでもある。
 (なお、インドネシアにおける「プレマン政治」について、以下の論文を参照されたい。立命館大学教授・本名純氏の論文「ポスト・スハルト時代におけるジャワ3州の地方政治」(アジア政経学会『アジア研究』第51巻の2)


 さて、映画の説明はこのくらいにして、対談である。
 走り書きのメモから対談の概略を起こしてみる。

 原監督:胸糞が悪くなるこのアイディアをどこから思いついたのか。
 オッペンハイマー監督:(上記の※の部分のようなことを述べた。)
 原:撮影していくなかでアンワールが変化していくのを予想していたか。
 オ:アンワールが自分を許すというようなエンディングにはしたくなかった。私はインドネシアの政権の全体を暴露したかった。撮影していくなかで、アンワールは自分の心の傷に瘡蓋を作ろうとしているように思われた。
 原:アンワールが被害者の役になったのは、監督の発想だったのか。
 オ:アンワール自身の発想だった。彼は、自分が殺した人間がどのように死んでいったか見せてやると言って演じた。彼は毎晩のように被害者になった夢をみている。殺人を自慢しているということと後悔しているということはコインの裏表のように思えた。
 原:ドキュメンタリーの面白いところ、醍醐味は、人の価値観が大きく変わっていくところを描けるところだ。この作品のなかで、アンワールの姿が救いを見せてくれる。この変わるということを描きたいというモチーフがあなたの中にあったか、それをもう一度問いたい。
 オ:私の描きたかったのは両方のことだ。映画の製作過程でアンワールは変化してきている。しかし、この映画はインドネシア社会の全体像の鏡になっている。彼が変わったのは、もっと大きなことによるのではないか。映画そのものが大きなものに介入している。
 原:先進国でこうした映画(注:自分が犯した殺人を自分で映画にすること)が受け入れられるだろうか。そのことを彼らに伝えたのか。
 オ:彼らは世界が自分たちをサポートしていると思っている。実際、アメリカはこのインドネシアの政権に多くの支援を行っている。
 原:しかし、あなたはこの映画が公開されれば世界が彼らを批判すると思っているだろう。そういうことについて、彼らと意見交換したのか。
 オ:私はインドネシアの政権がこのようにして成り立っていることを明らかにしたかった。アメリカの現在の関与についても問いたかった。それが私の倫理。これは殺された人の遺族や被害者たちとの話し合いのなかで感じたものだ。
   ( 中 略 )
 原:私は、被写体との関係においてどのような規範を持てば良いか、それを探りながら映画を撮っている。
 オ:私は今でもアンワールとたまに連絡を取りながら8年間付き合っているが、アンワールは素晴らしい映画になったと言っている。


 この対談で印象的だったのは、まず、映画製作者として被写体との関係性を重視し、被写体と真摯に向き合おうとする原監督の姿勢だった。原監督の言葉には、被写体に対する自己の姿勢として、いわば“対自的倫理”とでもいうべきものの存在を感じる。
 たとえば、それは、来談者に対するカウンセラーの姿勢としてカール・ロジャースが掲げた「自己一致」というようなものに近いのかもしれない。(ロジャースの言う「自己一致」はちょっと難しい概念で、高啓はこれに対する自分の考えをいまここでうまくまとめることができない。そこで“対自的倫理”という抽象的な言い方でお茶を濁しておく。)

 原監督は、オッペンハイマー監督に、アンワールらに対してたとえば“殺人が支持されると考えているあなたたちは勘違いしている。殺人をこんな風に平気で再現したり、あるいはこの映画内映画みたいにキッチュで面白おかしい場面に構成したりしたら、世界から非難と軽蔑を受けるだろう。それを敢えてやってもいいんだね?”(ここは高啓の意訳)と確認したのかと問いかけた。ここまでは、いわば普通の倫理的態度をめぐる疑問である。
 しかし、ほんとうに重要なのは、原監督がその問いに続けてすぐに、たしかこんなふうに付け加えたことだ。つまり、「いや、ちゃんと話していなくてもいいんだ。あなたがそれを自覚してやっているのなら。」と。
 ここで原監督は、十分な意見交換をして被写体を納得させた上で作品を公開すべきだと言おうとしているのではない。もし、この映画の監督が馬鹿真面目な態度で世界(とくに先進国の市民)からどう思われるかを被写体に語れば、被写体はいくつかの重要な場面を公開することに同意しないかもしれない。そうなれば、外面的には民主制が機能しているように見えても実際は暴力が支配し続けてきたこの国の体制に対する作品の批判力は大きく殺がれるだろう。だから、この監督は被写体が勘違いしていること、敢えて言えば彼らが愚かなことを好いことに、このような客観的認識を伝える努力を真面目にはしなかったかのようだ。もしそうなら、この監督はオブラートに包まれた“悪意ある狡知”を持っているということになる。
 さて、このあざといサボタージュによって監督は倫理的にネガティブな評価をなされるべきか・・・まさにその点が、このコンペティション出品作品が「6つの眼差しと<倫理マシーン>」の題材として選ばれた理由であるだろう。
 この映画の監督は、いわば「正義と公正」への自己倫理にしたがって「インドネシアの現政権や体制がどのようにして成り立っているか」を、このずいぶんと特殊な手法で暴こうとした。YIDFFなどのコンクールで賞をもらうことよりも、あるいは素晴らしい作品を撮る監督だと賞賛されるようになることよりも、この監督を強く突き動かす倫理があるのだ。(それがよくわかるような気がする。それは暗い想念なのだが。)
 原監督は、オッペンハイマー監督に対して、映画製作者の倫理とは、その作品と被写体の全体に対して“責任を負う”ということなのだと言いたげである。被写体に対して“責任を負う”ということは、“誠意をもって対応する”ということとイコールではない。製作者が被写体に対して、確信犯的に「意図や意味を語らない」という姿勢をとることもありうる。そして、だからこそ製作者の倫理はその先で、つまり作品行為の全体性として問われるべきなのでもある。
 だから、原監督の問いはこのように受け止められるべきであろう。“あなたは狡猾や愚劣のそしりを引き受ける覚悟の上で、この胸糞の悪くなる作品を発表したのか”と。
 観客から評価されるべきなのは、その覚悟の質及び根拠が倫理的瑕疵を凌駕しているか否かということだ。社会性を帯びたドキュメンタリー作品においては、少なくともこの問題は避けてとおることができないように思われる。(この項、了)                                                                                       



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Posted by 高 啓(こうひらく) at 00:29│Comments(0)映画について
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