2025年03月06日

山形市民会館設計案への異和(4)

山形市民会館設計案への異和(4)

 息子にこの設計案について意見を聴いたところ、やはりこれがこの場所にあるのはおかしいのではないかという答えだった。(ちなみにこの息子は本事業のSPCの代表=責任企業となっている市村工務店に家を建ててもらったことがある。お客さんだぞ。)
 息子と話していて、これが後の世代に残されるのだということを改めて実感した。そしてこの設計案の大きな特徴のひとつである、設計者のいうところの「枝」、筆者に言わせると「キューブ状の出っ張り」をしげしげと見直してみて、残されるのはたんにこの「出っ張り建築」だけではないと再認識した。・・・この出っ張りを造ることでいくら工事費・維持費が掛かり増しするだろうか、つまり次世代の負担がいくら掛かり増しするのだろうか・・・と。

3 費用と維持管理の問題(もと行政屋の視点から)

山形市民会館設計案への異和(4)



 これらの出っ張りがある建築物は山形県内ではあまり見かけない。とくにこの設計案のように出っ張りが機能的または構造的必然としてではなく、意匠上の選好として採用されているような建築物は県内にはほとんど存在しないのではないだろうか。
 もちろん、いままで存在しないから反対だと言いたいのではない。しかし、これまでほとんど存在しなかったということは、こういう構造物を「つくらない」という選択に合理的な理由があったからだろうと考えてみる必要がある。
 代表企業である市村工務店はじめSPCの大部分を構成するのは地元の建設関係企業だが、これらの人々はほんとうにこの「枝」=出っ張りをこのまま造るつもりなのだろうか。
これらの企業の人々も同じ山形市民、山形県民である。われわれ雪国の住民は、このような構造を見ると、真っ先に「雪氷が落ちてくる危険」に想いがいたるのではないか。
 この設計案の大きな特徴のひとつである「外階段」についても、われわれ雪国の人間なら真っ先に「凍結」と「滑って転倒の危険」に想いが及ぶのではないか。さらには少子高齢化が顕著な地域に住む人間として、冬季に限らず高齢者が利用する上で適切な仕様かと自問するのではないだろうか。

 前回の書き込みでこの平田設計事務所(東京都所在)の案が、「関東地方」の「衛星都市(またはベッドタウン)」の「コミュニティセンター」みたいだと記したが、このうち「『関東地方』の」発想だと言っているのがこの部分に当たる。つまり、雪が積もらない地域、少子高齢化が相対的に進んでいない地域の発想なのである。
 「雪氷が落ちてくる危険」「凍結と転倒の危険」には対策がとれるだろうと言われるかもしれないが、結局電熱で融かすことになるのではないか。つまりその対策のための工事費と維持管理費とりわけ電気代が増大することは避けられない。「枝」も「外階段」も、さらにはそれ以外の張り出し部分も、機能上必ず必要な構造ではない。つまり、これは意匠(設計者のデザイン)上の必要性によるものであり、それは言い換えれば設計者の自己主張によるものであり、もっといいかえれば設計者のエゴによるものである。このエゴのために、このエゴを支持し選択した審査委員たち(市役所幹部たち)のために、われわれの息子や孫やひ孫が掛かり増しの費用を延々と負担させられていくのだと思い至ると、とても申し訳ない気持ちになってくる。
 また、この張り出し部に雪氷対策を施したとしても、絶対に落下を防げるとは限らない。すると思い浮かぶのは、あのコーンで仕切られた「立ち入り禁止」区域(学校の軒下などでよく見かけるやつだ。しかもこの建物の場合はそれが大通りの歩道にまで及ぶ可能性がある。)の設定である。あれは非常にみっともない。こういう風景を、東京の設計者は現実問題としてシビアに想像したうえで設計案をつくっているのか?

 そもそもこういう特殊な構造の建築は工事費が掛かり増しになる場合が多い。
 このキューブ状の張り出しを造るためには、張り出し部の建設費が掛かり増しになるだけでなく、本体(躯体)の枠組みの鉄骨構造等を強化するための費用も掛かり増しになるだろう。
 息子の顔をみて考えてしまった。この張り出し部一個で、いくらこいつらの負担が増えるのだろうか・・・と。
 話はずれるが、「消費家計調査」で「中華そば(外食)」が全国一位だということで山形市役所は毎度はしゃいでいる。だが、「中華そば(外食)」以上に注目しなければならない第一位がある。「上下水道料」である。実際、この負担感は半端ではない。これは上下水道の「料金」が全国一だということを意味するわけではないが、今後の上下水道施設の更新を考えると増えることはあっても減ることはないのではないか。ようするにこれからはすべての維持費が増大していくだろう。

 このように「斬新な」(平田案はほんとうは斬新でも独創的でもないが)公共施設を建築する際に施主=自治体がもっとも気をつけなければならないのは、事業が進むにしたがって事業費が当初の積算を大幅に上回って肥大化することである。
 このことですぐ頭に浮かぶのは鶴岡市民会館(「荘銀タクト鶴岡」)の事例である。この施設は公募型プロポーザル(10社応募)で選考された「妹島和世設計建築事務所」を代表とするJVが設計した。妹島和世氏は建築の素人である筆者も(金沢21世紀美術館で)知っていた。建築のノーベル賞といわれるブリツカー賞も受賞した超有名設計者である。
 この選定結果を聞いたころ、筆者は豪雪地帯である新庄市の県立高校に勤務し老朽化した校舎の維持補修に悪戦苦闘していた。またその前は県庁の建築住宅課に勤務し、建築の技術職員ら(一級建築士を含む)とともに仕事をしていた。そういうこともあってか、「ずいぶん偉い設計者を選定してしまったものだ。鶴岡市の力量で設計者と渡り合って事業(とりわけ事業費)をコントロールできるか心配だな。」と老婆心を抱いたことを記憶している。そしてその心配が現実のものとなったことはご承知のとおりである。
 平成23年に概算工事費を(先行事例を参考に)40億円と見込んでスタートしたところ、資材値上がりと特殊工法が必要であることなどから59億円に引き上げたものの、3回の入札でも工事業者が決まらず、4回目に79億円でやっと落札したのである。契約時点(平成26年)でさえざっと2倍に肥大していた。この間、市議会も、話が違い過ぎると大騒ぎになったのではなかったかと記憶する。(それでも鶴岡市は「平成の大合併」をして合併特例債が使えた。山形市は?)

 資材値上がりがあったとはいえ、工事費の肥大は、施主=鶴岡市がプロポーザルにあたって事前に概算工事費をしめしていたのに、選定された設計者が自分の設計する建築の建築費がそれに収まるかどうかを重視せずに「個性的」(筆者に言わせると「エゴ」)な設計(特殊工法が必要な点も含めて)を進めたことが第一の原因であったことは容易に想像できる。
 そして、事情はいろいろとあったのだろうが、外部からみれば、施主=鶴岡市当局に、設計内容を把握し費用をコントロールする(つまり偉い設計者の設計案に「これはダメだ」と拒否したり「ここはこう修正せよ」と指示したりする)力量がなかったことが第二の原因だったように見える。
 率直に言って、山形市はこの鶴岡市の轍に嵌りそうである。
 「こちらはDBO方式だからSPCが設計したものをSPCが約142億円の枠内で収める約束だ」などと安心していると足を掬われることになるかもしれない。(そもそもこんな構造の施設を参考に概算工事費を算定したわけではないでしょう?)
 それに地元のSPC構成企業の皆さん、この設計でほんとに予算内で大丈夫ですか?(あとで「建築費が余計かかって造れない」なんて言って山形市に泣きつくことはないでしょうね?・・・筆者の経験知からいえば必ずそうなる。)

 われわれの子孫に少しでも「設計者原因による負債」を残さないために、この平田設計案にはいくつもの点で修正を求める必要がある。




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Posted by 高 啓(こうひらく) at 18:41│Comments(2)作品評批評・評論
この記事へのコメント
続いて申し訳ありませんが、新進気鋭の設計者を当地の気候を顧みず使って短命建築に終わった例として思い浮かんだ山形ハワイドリームランド(リンクは禁止されているようなので「消えた山形」で検索ください) のようになるのではないかと危惧します。
Posted by fuku990fuku990 at 2025年03月07日 17:14
新山形市民会館について評する方は少ないため、こんな状態のまま事が進んでいいものだろうかと思う次第でこちらに立ち寄らせていただきました。
総工費は現在の物価高騰等の事情により170億を超えるとの話も聞こえてきます。奇抜なデザインに「原宿のハラカド」みたい!と浮かれた反応も聞かれますが、万博パビリオンと異なり今後50年は維持しなければならないことを考えると、現段階でさえ耐久性は甚だ乏しいと容易に想像できるものであります。多くの凸凹と植生頼みの現デザインはあらゆるところに浸水リスクがあり、かつメンテナンス費用が高額になることは必至でしょう。
市民ワークショップなるもので市民の意見を聞きたいと言っていましたが、平面図を見せて「どこに誰と佇みたいですか?」「入口からお気に入りのコースに足跡スタンプを押していきましょう。」などど、まるで幼稚園の授業でした。設計の不備の指摘には「設計の変更までは…」と明らかにウラで設計は確定してしまっていることを露呈していました。
総合芸術施設と言いながら音楽と演劇の総合ということで、展示芸術の専用設備は設計に入っていないこと、筆者様がご心配なされる冬季対策の不十分なことなど、今なら直せるはずの数々が、実際はすでに固まってしまっているため修正の余地がなかったようです。
市民の意見を取り入れるかのような偽装の会を持ったことで、納税者の了解は得られた、とするつもりのようですが、納得できないこと、疑問に思うことは声を上げ続けなければならないと思っています。
Posted by fuku990fuku990 at 2025年03月07日 17:08
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