2014年03月06日

東北芸術工科大学卒業制作展2014 感想その1





 2014年2月、毎年愉しみにしている東北芸術工科大学卒業制作展(2月11日~16日)を観に出かけた。その感想を記す。

 日本画コースの作品を皮切りに、洋画、版画、総合芸術(一部)を観たあと、企画構想学科の企画作品と同科のイベント「特恋ミルク8.2全国発売記念!スペシャルトークショー」を覗き、一日目はそこで終わり。訪問二日目で、彫刻、工芸、テキスタイル、総合芸術(残り)、映像(一部)、文芸学科(学科設置から3年でまだ卒業生が出ないので在校生の作品展示)を観た。訪問三日目は、コンテンツ・ビジネスプロデュース、プロダクトデザイン、そして日本画出品作品についての解説・トークのイベント(作者のコメントと美術評論家・世田谷美術館学芸員の小金沢智氏による作品評)を覗き、ビジュアルコミュニケーション(一部)を観て、最後に、どの学科のイベントか不詳だったがちょっとだけロックバンド(バンド名失念)のスタジオライブを聴いて帰ってきた。
 見残したのは、映像の一部(映画部門)、ビジュアルコミュニケーションの一部、グラフィックデザインと建築・環境デザイン建築と美術史・文化財保存修復の全部。訪問二日目の滞在時間が短かったことと、三日目の日本画コースのトークイベントに時間をかけ過ぎたことで(大雪の影響で小金沢智氏の到着が大幅に遅れたのをこちらがじっと待ち続けてしまったこと及び同氏による作品へのコメントの内容が期待はずれだったことによる時間の浪費感で)、これまた例年通りなのだが、見逃した魚が大きかったという想いがする。
 なお、全国的な大雪の影響で、じぶんが聴講したいと思っていた2月15日の建築・環境デザイン学科のゲストトーク「建築以下の思考」(建築家アサノコウタ氏)や16日の企画構想学科の「企画構想超会議~名酒『十四代』創業400年記念事業案~」などは中止されてしまった。

 さて、先は長いが、早速日本画の作品から感想を述べていきたい。
 まず、大学院の修了生の作品から。





 貞安一樹「消えた世界征服」
 “誓い合うことは互いの幸せでもって征服していくこと。そんな幻想は夢のように崩れゆく。”とキャプションが付いている。この作品の面白さは、抱き合おうとする男と女の顔(金属的な質感で、この部分が立体的に盛り上がっている)が、相互の引力で崩落していくという着想である。
たんに退廃して崩れていくのではなく、相互作用で融合=瓦解していくという感覚がリアルだ。






 谷口なな江「帰れない日々<父と庭>」「変えれない日々<母と台所>」
 展示スペース1室の3面の壁を用いて、「帰れない日々<父と庭>」と「変えれない日々<母と台所>」という二つのコンセプトの絵画及びその絵画を描くまでの写真の写し描き、デッサン、エスキスなどが貼り付けられている。写真は「帰れない日々<父と庭>」の方で、描かれているのは庭の草木に水をやろうとしてぼ~っと立っているランニングシャツ姿のメタボ親爺である。
 作者は、人物を描きたいと思って身の回りを観察し、そこに父と母という対象を見つけて、それを絵にするまでの過程を構成展示したまでであると言う。たしかにそれだけであるようには見えるが、作者が意図したか否かに関わりなく、その過程の構成がなぜか対象の“喪失”を哀切に伝えてくる。たぶん、この過程の展示が、じつは作者の記憶を構成するという結果を生み出していて、いわば記憶の構成が“過去”の対象化であるために喪失感を演出してしまっているのだ。






  渡辺綾「ワンダーランド」
  画材としての布と、そこに描かれた山肌(もしくは山の女神?の被ったショール)の布の形象がシンクロしている。女神のような存在が森を抱擁している構図はこの作家の他の作品にも現れており、そこにこの作家の中心的なモチーフがあるように見える。
 山は人格をもった神であるという観念とメルフェンチックなイメージには既視感を持ちつつも、この作者の願望が山のように大きく受容的なものに穏やかに抱擁されることなのだと考えると、さもありなんとぞ思われる。
 この山についてのイメージは、下記の生井知見「畏怖」という作品と好対照を成していて興味深い。






  武藤寿枝「人々の不文律」
 学生たちがカフェのバーカウンターに並んで座っている平凡な構図だが、描かれた人々の皮膚は古新聞紙で構成されており、黒っぽい衣服の部分は山岳と雲海として描かれ、白い背景にはビルディングが林立する都市の風景が配置されている。一見平凡な光景のようでいて、独特な世界観を表現している。人物たちが作者の学生仲間のように描かれていて、このへんは“高校美術部”のへその緒を付けているという感じもするが、逆にそれが、つまり作者にとって身近な人間関係の風景から遠方の風景が透けて見えてしまうという(解離的な?)視点の自覚こそが、この作品のモチーフなのかもしれない。タイトルがその理解を助けてくれる。






 財田翔悟「何も言わずに」
 この作者は大きな綿布に若い女性を描き続けている。その女性は、いわゆる美人という顔立ちでもなければ、グラマラスな肢体をしているわけでもない。体系はいたって日本人的で、顔つきもそこいらへんにいる平凡な女性なのだが、その姿からはポップにアレンジされたエロチシズムを感じさせられる。
 アニメの主人公に対してオタクが抱くようなロマンの感受を昇華して、それを日本画の技法を用いて凡庸な日本人女性の外見として描くことによって、ちょっとジワッとくる身近なエロスを定着している。作品が大判なのもいい効果を上げている。


 以下は学部の日本画コース専攻生の作品。





 斎藤詩歩美「交差する臨界」
 電車か地下鉄の駅に繋がる地下通路の分岐を不気味な臨界としてとらえて、絶妙な色調で描いている。地下通路を臨界とみて、その先に異界が広がっているかもしれないという想いは、じぶんのそれにかなりちかしい。
 もっとも、都会の下水にワニが生息していたという話を思い出して、幻想的というよりなんとなく現実的という感じも受けてしまう。東京では現実の方が異界的だといわれれば、たしかにそうだと思えてくる。






 久松知子「日本の美術を埋葬する」
 縦2×横4メートルほどの大作。ギュンター・クールベの「オルナンの埋葬」という作品の構図を借用している。「あの絵画が埋葬したものは、当時の既存の美術の制度や権威であり、リアリズムによる新しい歴史画の捏造だったと解釈できる」として、現在の日本の美術の制度や権威を埋葬しようとする野心的な作品である。
 作者は「美術は(中略)権威や富がつくり上げる世界である事を、覗かせます。私のような小さな絵描きは、その権威のようなものに、漠然と憧れたり、勝手に嫌悪したりを繰り返します。美術が大好きだけれど、好きだからこそ嫌悪しているのかもしれません。」とコメントしているが、至極まっとうな反応だと思える。
 美術史や美術批評に暗いじぶんには岡倉天心と浅田彰の顔くらいしか分からないが、描かれた人物たちの顔が絵の具のカスで汚されているのが印象的である。地面の穴のところには高井由一の「鮭」が転がっていたり、岡本太郎の「太陽の塔」が飽きられた玩具のように置かれたりしている。
 ちなみに作者は左下にいる赤いジャージの女性で、会場にいた実物(作者本人)も同じ外見をしていた。この作家には「日本祭壇画 神の子羊」という屏風の作品(次の画像。写真はポートフォリオから)もあって、興味深い。その画風に既視感はあるが、自信をもって“墓堀人”をやってほしいものだと思う。










 生井知見「畏怖」
 茨城県出身の作者は、山形の冬山をみて山に対するイメージが変わったという。雪を被った樹木が怪物の口のように描かれている。いや、これは樹木の枝が口のように見えるところを描いたというのではなく、山そのものの正体が見えた!というところなのだ。作者にとっての冬山は、底知れぬ未知と凶暴さを湛えた存在なのである。






 若松芽衣「進化の行方」
 亀の背中が島を形成している。左側に一匹でいる亀の背に載っているのは摩天楼が林立する都市。
 表層で急速に進化する文明を載せているのは、ゆっくりと歩む亀たちであるという世界観が面白い。
 ただし、この世界には確かな根っこがない。いわば、根拠がない。亀は水のなかを泳ぎ、世界はその背にのって浮遊する存在に過ぎないという訳である。


 照井譲「Object(Recipe #1、#2、#3)」。(画像なし)
 細かな穴が規則的に開けられた白い四角形のカバーパネルが3つ並んで展示されている。カバーパネルの奥には蛍光色と黒の縞模様で規則的に構成されたテキスタイルの下地があり、その下地に上から照明が当てられている。このパネル面を動きながら見ると、モアレのように白いパネルの上に波形や縞模様が浮かび、それが動いて見える。
 作者は、入学以来、色彩が人間に与える影響についてひたすら研究してきたという。卒業後は家業を手伝いながら制作活動を続けるとのことである。


 日本画コースはここまで。(次回は洋画、版画など)








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Posted by 高 啓(こうひらく) at 00:47│Comments(0)美術展
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