2013年05月07日

第12回山形県詩人会賞 『未来進行形進化』

 第12回山形県詩人会賞 『未来進行形進化』


 第12回山形県詩人会賞決定


 2013年3月23日、理事による選考委員会が開催され、今年の山形県詩人会賞は、榊一威(さかきかずい)詩集『未来進行形進化』(2012年6月9日、郁朋社刊)に決定された。
 表彰は、4月13日午後、山形グランドホテルにおける山形県詩人会総会において行われた。


 選考委員長の高橋英司による「授賞理由」を転記すると、

 「『未来進行形進化』は、青年期の心象を、切れ目なく言葉を発することで突き詰め、自己の原型とは何かを追求し、再生しようとする試みである。その試みは詩的表現として未完成ではあるが、水準の高いものであると認め、受賞作に決定した。」

 じぶん(高啓)は、理事として第1回の選考委員会には出席したが、この詩集を検討した第2回(最終)の選考委員会は都合により欠席してしまったため、選考にあたってどのような議論が交わされたか詳らかにしない。しかもこの詩集を読んだのは授賞後だったが、一読してこれは授賞に値すると思った。「選考経過」で述べられたように、未熟だが「言語表出の力量」を感じさせる作品が並んでいる。
 

 さて、榊一威は、彼女自身のブログのプロフィールで、自身が10数年来の統合失調症持ちだと述べているが、たしかにその病との闘いがいくつかの詩作品に見て取れる。
 そのような部分を以下に引用してみる。


 観念だけが躰を占拠し、拘束している、わたしの中の今わたしだったものは、過去に置き去りにされ、今わたしになるものが単位もつかない程の速さで移り変わってゆくのを観測しながらも、それは、今を掻き分けてくるものであることを、不思議がらないのはおかしいね、そして、死に向かっていくのだ、「私は死ぬ為に生まれてきた、」何度このフレーズを口にしたことだろう、そうやって自分を納得させないと、怖くて仕方がない、この世界やわたしがなくなることを想像すると。わたしの残骸が途のようにおちている、それを軌跡、と云えるだろうか、わたしとは他人の産物であるのに。
                                  (「記憶=記録=存在」より部分)


 わたしは、沈黙していた、世界が変容するのを眺めながら、わたしが壊れていく音を聞いていた、わたしは自らのカタチをとどめていなかった、ただダイレクトに入ってくる現実界の所有物質を、かなりのスピードで送り込んだ、云わば、世界はわたしで、わたしは世界だった、わたしは無限に広がり、カタチを失くしたのだ、考えるのは世界であり、他人であり、わたしで、境界線が飽和して、透明になっていき、そして、沈黙――わたしは、コトバを失い、志向を失い、感情を失った、わたしは、世界に自らを、あけわたした、のだ、
                                 (「そして、ふるえる、」より部分)


 <わたし>と<世界>と<他人>との境界が消え、コトバと志向と感情を失った希薄で透明な世界が広がる・・・まさにこれが病的なものの現象形態だ。
 自己幻想の崩壊に直面しながら、榊一威はあえて、無機的な物質の変化の様とその加速度を繰り返し繰り返し詩的言語に変換し、あるいは観念をめぐる諸相を電脳的な用語に置き換えることで、自己の<表出>を持続していく。
 この言語表出の持続力が、文字通りこの詩人の生命線、つまりそこから後退したら死に転がり込むしかないような必死の抵抗戦線を形成している。
 この力によって、この詩集に収められた作品は、そこに影を落とす病との苦闘の内容とは別個に、きわめて“統合された”作品として自立している。 


 機械的自我から逸脱するとき、殻を破るような、そういうのを、悟りって、云うんですか、
 
 論理的感覚で云えば、覚醒、した感じ、で、
 開眼とも云える行為を、何故か、コトバの中に、みつけました、これで、落ちなくてもすむ、

 手のひらを、ちゃんと、開けるようになれば、
 これって、キセキって、云うんですか、

                                  (「キセキ」最終部分)


 「山形県詩人会賞」はきわめてささやかな賞だが、この賞を受賞したことを契機に、この詩人が自己幻想の力づくによる統合から、コトバの中に「開眼」や「覚醒」をみつけ、「手のひらを、ちゃんと、開く」ところ、つまり、表現において他者の世界と交渉する領野に踏み出していくことを希う。(了)



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Posted by 高 啓(こうひらく) at 14:27│Comments(0)山形県詩人会関係
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