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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2007年11月04日

札幌行 その2


 
 
 二回目に札幌を訪れたのは3年後の1975年の夏だった。
 高校3年生の夏休み。札幌にあった桑園予備校の夏期講習に出かけたのだ。

 桑園予備校の「桑園」というのは地名で、駅名(札幌駅の隣駅)でもあった。この予備校は既に存在しないようだが、当時は秋田県の高校でも桑園予備校主催の模擬試験をやっていて、“北海道大学を受けるなら桑園予備校”という感じだったように思う。
 もう記憶はかなり曖昧になっているが、桑園の隣の琴似駅(だったような気がする)の近くにあった商人宿みたいな旅館が受講生の宿舎となっていて、じぶんたち遠方の受講生は勉強用の座卓と卓上用の照明スタンドを持参して参加したのだった。8畳ほどの和室に秋田県の各地から来た受講生が4人詰め込まれた。

 


 じぶんは予備校の授業には毎日出席したが、授業が終わると宿舎での勉強はそっちのけで札幌の街を歩き回っていた。
 薄野ではトルコ(今で言う“ソープランド”)の客引き(若い女性の)に声をかけられて、びくびくしながら“ぼ、ぼ、ぼくはまだ高校生です・・”なんて言って逃れた記憶もある。
 そもそも、高校時代まで授業に出る以外に勉強することがほとんどなかったのだ。
 自宅や図書館でも、予習復習はもとより受験勉強というやつをほとんどしたことがなかった。(大学入学以後、これをひどく後悔したが。)
 高校生なのに家でまで勉強するやつはバカだと思っていた。大学受験は、勉強して合格するのではなく、人格(?)で合格するものだと、なんとなく思っていたフシがある。(苦笑)

 夏期講習が終わり、明日は帰るという晩に、その旅館に同宿していた道内や他県からの受講生たちと別れの宴を催した。
 もちろん酒を飲み、語り合い、ついには夜更けに大声で歌を歌いだした。宿の職員からの注意もなかったので、いい気になっていたのだろう。
 ところがなんと、酔っぱらってトイレに行くため廊下に出たら、そこに制服姿の警官がいるではないか! じぶんの高校は規律違反への処罰が厳しかったので、その姿を見た瞬間、頭が真っ白になり“ああ、これでおれの高校生活は終わりだ・・・”と思ったものだ。
 その若い警官は、しかし幸いにも、近所から苦情があった、夜も更けてきたからしずかに・・・とじつにやさしく諭し、そのまま帰っていってくれた。





 そして、次の年じぶんは北海道に憧れて北大を受験し、当然の如くに失敗する。
 それから4年後、今度はほとんど何の準備もしないまま法学部の大学院を受験するが、ドイツ語の試験で出題されたマックス・ウェーバーの「プロ倫」が一行もまともに訳せず、これまた当然失敗。もっとも、このとき北大を受けたのは北海道に渡るのが目的ではなく、そこにかなりマイナーだったじぶんの専攻分野(日本政治思想史)の教授がいるからというのが理由だった。

 大学受験のための札幌行、さらにはとりわけ印象深い大学院受験のための札幌行でも、忘れられない体験をしたが、そのことはまたいつか別の機会に記したい。
                                                                                                                      
 写真は、一枚目と二枚目が薄野の中心部。
 夜、一枚目のビルの2階の「さっぽろっこ」という居酒屋で肉じゃがとホッケ焼きを食べた。
 三枚目は、薄野から中島公園方向へ歩いていく途中で見かけた「ノアの箱舟」というレストラン(?)。

 札幌の街中を東西南北に歩き回っていると、この街が思っていたほど大きくないことに気付いた。
 



  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 18:19Comments(0)歩く、歩く、歩く、