2011年12月01日

モンテ降格決定、そして・・・。



 11月3日(木・祝)の第31節、アウェーの神戸戦に0―2で敗北し、ついにモンテの降格が決定した。

 モンテについては、前回の書き込みからずいぶん時間が経過してしまったが、この間、観戦を怠っていたわけではない。
 第26節・9月17日(日)、東日本大震災前のアウェー開幕戦で破れた雪辱を期すべく臨んだホームの川崎戦(0−1で敗北)。 第28節・10月1日(土)、2009年のJ1デビュー戦で快勝して以来、比較的相性のいい相手だったのにホームで1−1の引き分けに終わった磐田戦。 第29節・10月16日(日)、ジャッジ・ミスの疑念が濃厚なPKで0‐1となり、悔しい敗北を喫したアウェーの柏戦。 そして第30節・10月22日(土)、0−5で大敗したホームのガンバ大阪戦。
 この4試合を、半分は祈るような気持ちで、もう半分は妙に覚醒しつつ、じっと観戦してきたのである。

 ついでに言うと、柏のホームでは、SS席だったのでモンテのタオルマフラーを首にかけて入場し、ゲートを入ってすぐの売店に並んでいたら、「おい、おっさん。空気読めよ!」と若い兄ちゃんに因縁をつけられ、タオルマフラーを取らされる(ただし席ではただ一人ずっと着用したが)というオマケまであった。
 ついでに柏市の感想を述べると、柏駅に降り立ってもスタジアムへの経路についてはなんの案内表示もなく、しかも日曜日は駅前が歩行者天国になっていて、駅前のバス乗り場にバスが来ないのだが、その場合の乗り場の案内さえない。案内所がないどころか、改札にさえ駅員は一人も居らず、キオスクのおねえさんも「あたしこの辺の人じゃないから」とつれない。賑やかな駅前ではあるが、柏はとんでもないド田舎である・・・と、印象が悪かったので酷評しておく。(笑)




 ・・・とここまで書いたところで、11月19日(日)の第32節のホームでの福岡戦を観戦。
 このゲームで、モンテは最下位の福岡に0−5で完敗し、ついに最下位に転落。・・・というより、どん底に落ち込んだと言うべきだろう。
 この前段で、11月16日(水)にはやはりホームで天皇杯3回戦をJ2の京都と戦い、2−3で逆転負けを喫していた。
 この寒い季節に、しかも冷たい雨の中のナイトゲームが続き、中2日のモンテ選手たちのコンディションはよくなかったかもしれない。また、このゲームに先立って、クラブから来季は小林監督との契約をしないとの発表が行われていたから、意気が上がらなかったのではあるだろう。
 しかし、やはりこのゲームの内容は、今季のモンテを象徴するゲームだったと言わなければならない。
 要するに、“先取点を取られたら取り返すことができない”ということに尽きる。せめて1点をと焦って前がかりになり、全体のバランスが崩れる。瞬発力でも持久力でも相手より劣っているのに、焦ってバタバタと攻撃にエネルギーを使うから、すぐにバテて大量失点という結果になるのである。

 福岡戦の終了後、じぶんはすぐ帰途についたのでその後にスタジアム周辺でなにがあったかは知らない。ただ、後日、NHK山形の報道番組で、ゲーム終了後にサポーターらがフロントに抗議し、運営主体である「社団法人山形県スポーツ振興21世紀協会」(略称・「スポーツ山形21」)の川越理事長の辞任を求めたことを知った。
 じぶんはひとりのNSBFに過ぎず、事情通ではないが、以下にこの一連の状況に対する若干の感想を述べておきたいと思う。

 まず、サポーターらが川越理事長の辞任を求めた点について。
 報道によれば、サポーターらは、県職員OBである川越氏では、赤字を抱えてJ2に降格し、今後ますます経営手腕が問われるフロントの業務を担うことができないので、民間企業の経験がある人物を理事長にするよう求めたということであった。
 川越氏は、県の土木の技術職として勤務する傍ら、県サッカー協会の役員を務めてきた方であり、いわゆる「県からの天下り」と見るか、それとも順当な人事と見るかは人によって分かれるところだが、たしかに「経営手腕」という点では多分に疑問符がつくというのが一般的な見方であろう。
 じぶんは、たまたま40歳前後の川越氏を見知っていたが、そのころの印象からすると、彼が経営の厳しい、したがって営業活動に心血を注がなければならないプロビンチアの経営陣のトップである理事長に任命されたとき、少しく驚いたものだった。しかし、もちろん人は時間の経過ともに変化するから、昔の印象だけで彼がクラブのトップになる資格がないと決め付けるつもりはなかった。なるべく先入観を持たないようにして、予想が裏切られることを期待しつつ、モンテの一ファンとしてこの1年を観察してきた。
 しかし、それにしても、川越氏がクラブの経営強化に貢献してきたとは思えない。サポーターを増やすため、県民にモンテの支持を広げることに心血を注いできたというようにも見えない。
 夏までの間に観客動員数の減少に対して危機感を持ち、動員力の強化とスポンサーの確保にもっと早く、もっと必死で取組むべきだった。少なくても、必死で取組んでいるという姿を県民に見せるべきだった。
 じぶんは、難しい経営を強いられる弱小クラブのトップという重責に答えられなかったからといって、とくに川越氏個人を責めるつもりはないが、クラブの最高責任者としてはやはり結果に責任をとるべきだと思う。また、彼を理事長に任命した理事会、とりわけ理事会で相対的にもっとも実権をもっているはずの山形県、すなわち副理事長の高橋副知事にも川越氏任命の結果責任を感じてもらいたいところである。
 今季開幕前、モンテのGM(=スポーツ山形21の専務理事)の中井川氏と少しだけ話す機会があった。これはあくまでじぶんの印象であって彼が口にしたことではないが、中井川氏は、チーム運営のほか、戦力強化とサポーター拡大と営業活動とに、つまりは経営の全般に一人先頭に立って取組まざるを得ない様子で、非常に大変そうだった。じぶんは、これではチームの戦力がどうのこうのという前にフロントの事情で「J1モンテ」の限界がくると感じた。
 今季の状況は、案の定・・・という感じである。

 (・・・とここまで書いたところで、11月30日(水)、山形新聞が、川越理事長が辞任する意向であると報じた。)

 次に、サポーターについて。
 サポーターたちが、スポーツ山形21の理事長の辞任を求める署名活動を行い、その署名簿を本人に手渡した様子をNHKの報道で観て、あらためてモンテが“県民のクラブ”になりつつあると感じた。
 サポーターたちは、モンテをじぶんたちのクラブだと考えているのだ。
 もっとも、Jリーグではその全てのチームにおいて、サポーターたちは自分たちがサポートするチームを“自分たちのチーム”だと考えていることだろう。そういう意味では、どこも同じかもしれない。
 だが、モンテディオ山形に関して言えば、その意味は一段と深いものになる。なぜなら、このクラブはJリーグで唯一の「社団法人」だからだ。モンテは「NEC山形」のサッカー部としてスタートしたが、J2に加盟するにあたって「社団法人」という形態にメタモルフォーゼを遂げた。
 それは経営基盤が弱いために株式会社として成立しえなかったからではあるが、同時に、県内の民間企業に県と市長会・町村長会が参加し、民間企業と自治体が全体で支えるという体制を選択したからでもある。だから、県民にとってもモンテはじぶんたちのクラブなのである。
 サポーターたちは、まず自分の意志によってモンテを支えているが、と同時に、この山形県というコミュニティの一員としても、“すでに/つねに”モンテを支えている。そのことの表出の一形態が今回の辞任要求だと看做しておきたい。

 しかし、同時にここにまた難題が存在するのでもある。
 このブログでこれまでも言及してきたが、プロビンチアを支えるということは、主観的な想いや単眼的な行動ではうまくできない。つまり、「おれたちはモンテが好きだから、モンテを支える」「おれたちはサッカーが好きだから、モンテを担う」だけでは済まない。理事長退任を求め、「民間企業の経験のある経営責任者を」と要求するだけでは済まない。言い換えれば、“批判型”や“要求型”の取組みでは済まないのである。
 2008年の「フルモデルチェンジ構想」に触れた際にも述べたが、サポーターやファン(=県民)には“批評的”な分析と“提案型”の対応を追求していくことが求められる。言い換えれば、じぶんがフロントに入ったらどう動くか、なにができるか、という発想が必要なのだ。モンテサポのブログをいくつかフォローしているが、こういう視点で書かれているものはほとんど見かけない。
J1復帰を目指すなら、そこにはつねに、モンテにもサッカーにも大して関心のない県民をどのように惹きつけるかという視線が据えられていなければならない。そしてそのためには、その展望を拓く能力を持った内外の人材(たぶん今はまだモンテにもJリーグにもそれほど関心を持ってはいない人間)を巻き込むことが不可欠である。



 さて、モンテの降格が現実味を帯びてきたのは、7月2日のアウェー新潟戦での敗戦からであるが、その後のホーム観客席の様子を窺っていると、観客は、モンテのふがいなさに愛想を尽かしたり自虐的に卑下したりする者と、モンテが負け続けても観客席でモンテを応援していることがごくごく自然のことだというように飄々と存在する者とに分離していき、節が進むにしたがって、前者が減り、相対的に後者の割合が高まっていくように思われた。
 11月19日の福岡戦では、観客はついに5,000人台まで落ちた。
 降格が決まり、チームはさらに負け続けていた。小林監督の契約更新をしないこと、来季は予算が大幅に縮小することが報じられ、冬の早い山形のこの季節にも関わらず、ゲームは雨の夜に行われた。しかも、相手は当時最下位の福岡だった。その分を勘案してこの数字をどう捉えるか。
 J1昇格以来昨年度まで、たしか、じぶんはコアな観客を8,000人程度とみていた。しかし、それは現時点で5,000人に修正しなければならない。だが、来季、この5,000人という観客規模を最低ラインとして維持できるなら、モンテは以前のJ2しか知らない時代と明らかに異なるモンテになっているだろう。いや、この3年間の「J1モンテ」以上のクラブになれるかもしれないと思う。
 

 12月3日の最終節はホームで、これまでとことん相性の悪い広島を迎える。
 モンテがどんな戦いをしても、モンテはわれわれのチームである。(了)





追伸(近況報告)
 9月に書き込みして以来、70日も書き込みしていなかったので、体調を崩しているのではないかと心配してくれた方もいたが、じぶんは無事である。
 じつは、北海道旅行の後、思いがけなくも帯状疱疹になり、その治療経過が紆余曲折を辿ったのでやや辛かったことはあるが、仕事を休むこともなく、というか仕事のほうはかなり忙しく、こうしてパソコンに向かう時間がなかったのである。
 なお、10月8日に青森市で開催された日本現代詩人会の東日本ゼミナールに山形県の詩人として招かれ、自作詩を朗読してきた。時間があればこのときのことをここに記しておきたいと思っている。
 また、現在、4冊目となる詩集を書肆山田から出版する準備をしており、二校が終わったところである。
                                                                                                                                                                                                                                




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