2013年12月10日

モンテディオ山形観照記 2013







 モンテは2013年のJ2リーグ戦を10位で終えた。
 今シーズンを振り返りつつ、久しぶりにモンテについて述べてみたい。

 さて、今シーズンはここまでモンテについて言及してこなかったが、観戦をサボっていたわけではない。
 ホームゲームでは、3月17日の第3節・ホーム開幕戦(長崎戦2-0で勝ち)、4月14日のG大阪戦(0-1で負け)、5月3日の富山戦(3-1で勝ち)、6月8日の徳島戦(2-2)、同22日の松本戦(4-1で勝ち)、7月3日の鳥取戦(2-3で負け)、同14日の千葉戦(0-3で負け)、同20日の岡山戦(1-2で負け)、8月11日の草津戦(1-1)、同18日の神戸戦(3-2で勝ち)、9月29日の北九州戦(0-1で負け)、10月27日の愛媛戦(3-0で勝ち)、11月3日の岐阜戦(2-2)、同24日最終節の東京V戦(0-0)、そしてアウェーでは10月6日の横浜FC戦(1-1)と、15ゲームを観戦している。

 今シーズンのモンテの戦績は、16勝15敗11分で、勝ち点は59、得点74、失点61。得点はリーグで3番目に多いが、失点も4番目に多い。
 じぶんが観戦したゲームの戦績は、5勝5敗5分。うちホームゲームが14試合なのだから、ホームでいまひとつ勝てなかったということである。

 観戦していて感じたことを並べてみる。
 第一に、奥野監督が目指した攻撃的なチーム作りがある程度奏功して、観ていて面白いチームになった。攻撃陣の中島、山崎、伊東、林らの積極的な動きが魅力だった。とくに中島と山崎の献身的な動きとその運動量には感心した。
 しかし、積極的にミドルシュートを放つMFのロメロ・フランクを含め、攻撃陣のシュートの正確さが不足していた。積極的な仕掛けの上に加わるべき個人技に、いまひとつ、いやいまふたつほどの感があった。
 また、MFにゲームを組み立てる中心的な存在がいないこと(これはモンテの伝統的な弱みである)が依然として大きな課題である。じぶんのような素人目にはロメロ・フランクの組み立ては雑に見えるし、宮阪にも秋葉にも、その視野の範囲や積極性に不満がある。
 そしてDF陣であるが、隙を衝かれたうえに、相手のFWに走り負けるシーンが多かった。
 チームが攻撃的になれば、たしかに守備に穴が生まれる。だから失点する。それはある程度受け入れられる。今季のモンテは「守備が問題だった」とか「守備が崩壊した」とか言われるが、じぶんはそれはちょっと違うと思う。もともと相手チームより個人的能力が上の選手を揃えられているわけではないのだから、攻撃的になればその分だけ守備に弱点が生じるのは避けられない。問題は、守備体制が崩れたり相手に弱点を突かれたりしたとき、それを修正する能力である。去年、今年と、これが奥野モンテに欠けていた決定的な要素のように見えた。不利な状況を変える力というか、要素というか、そういうものが足りない。立て直すという“がんばり”が利かない。そのための引き出しがない。
 精神主義的に見えるのでこんなことはあまり言いたくないのだが、じぶんには、監督にチームの苦しい状況を立て直しさせる選手たちへの精神的な影響力がないからではないか、と思えた。だから、リードされている状況で選手を交代させても、ほとんどの場合、状況を打開するどころか前より悪くなっているようだった。これは先発した選手と交代出場した選手の能力に格差があるから、ということではないと思われた。
 奥野氏は、モンテで初めて監督を務めたという。監督となって初めて迎えた2012年シーズンの前半のモンテの快進撃(シーズン折り返しの夏まで首位をキープ)は強く印象に残っている。夏以降の失速もさらに印象的だったが、コーチを務めた鹿島のようなビッグクラブとは異なる台所の苦しい“プロビンチア”での経験から学ぶことができれば、今後も指導者や指揮官としてステップアップしていくことができると思う。健闘を祈りたい。


 さて、2013年はモンテにとって大きな節目の年になるのかもしれない。
 というのも、「Jリーグで唯一の財団法人」(公益社団法人・山形県スポーツ振興21世紀協会。略称「スポーツ山形21」)だったクラブの運営主体が、2014年から「株式会社モンテディオ山形」に移行することになったからである。
 この運営形態の移行については、サポーターらから「フルモデルチェンジ構想」のときのように活発な賛否の意見や質疑が出されておらず、マスコミ等の報道も表面的な情報伝達で終わっているように見受けられる。だが、もう少し考えてみた方がいいかもしれない。

 「スポーツ山形21」は、山形県が前面に出て立ち上げた組織であり、現在の高橋節理事長(前山形県副知事)が就任するまでは、複数あった副理事長ポストのひとつに現役の県副知事が就けられていた。
 また、2006年から2011年まで鹿島アントラーズ元専務の海保宣生氏が理事長として招聘されたことを別とすれば、理事長や専務理事などには県幹部退職者の天下り者が多く当てられてきた。このことがクラブの発展にとってどうだったかはしっかり総括されなければならないだろうが、このような人事の体制が“プロ・サッカークラブに県が積極的に関与する”という、いわば約束手形の表現形態だったことを見逃してはならない。すなわち、県などの自治体の財政当局には、常にこの種の団体に対する財政的支援を削減しようとする傾向があるのであり、財団事務局及び県以外の財団役員(県内企業経営者や自治体等)にとっては、クラブの財政面に対して県の積極的関与(=責任)を担保する意味で、このような人事が必要だったと思われる。(もっと極端に言えば、県が逃げるのを防ぐために人事を人質にしていた、とさえ言える。)
 理事長が現役の副知事・金森義弘氏だった2004年か05年(厳密な時期は失念)、モンテはシーズン最終盤までJ1昇格を争ったことがあったが、そのとき、金森理事長すなわち金森副知事はJ1におけるクラブ運営の必要額を知り愕然としたと言っていた。私財を供することも含めて、当然ながら捻出方法を真剣に検討していた様子で、J1昇格がならず、正直言ってほっとした、と漏らしていた。

 さて、2013年の話である。2期目となった山形県知事・吉村美栄子氏は、突然、副知事の高橋節氏を再任しない(実質的に解雇する)という決断を下して周囲をおどろかせた。高橋氏に天下り先として用意されたのは、スポーツ山形21の理事長職(の継続)だったというわけである。
 ところで、2013年のスポーツ山形21の役員名簿を見ると、理事長・高橋節氏、常務理事・中井川茂敏氏(同氏はモンテディオ山形のGM)のほかは皆ヒラの理事で、副理事長はいない。ヒラの理事は13名で、そこに山形市の副市長と県の企画振興部長(県のプロスポーツ振興担当責任者)が入ってはいるが、これで県の人事的な関与は大きく後退した、というふうに見えてしまう。
 そして、高橋氏が社長となった「株式会社化」である。資本金は1,000万円で、出資比率はスポーツ山形21が490万円、出資者募集に応じた「アビームコンサルティング株式会社」が490万円、そして山形県は20万円である。この会社の役員には県関係者は皆無であり、そもそもア社以外4人の取締役のすべてが社外取締役である。モンテの運営は、いつの間にか、ほとんど高橋社長個人とアビームコンサルティングから送り込まれる担当役員の意志で決定されていくことになってしまったと考えたほうがいいだろう。
 これで確かに「機動的」な組織運営が可能になるだろう。そして、コンサルティング会社のノウハウが経営に活かされる(かもしれない)環境にもなるだろう。だが、これはどこかのクラブの話ではない。“われわれのモンテ”はこれでいいのだろうか。つまり、そこここのクラブと同じでいいのだろうか。

 ちょっと目先を変えてみる。
 じぶんはこの種の問題に詳しくないからか、まず単純な疑問が湧く。つまり、これまでモンテに対しては県内各地の地域住民や団体、企業、グループ、個人などの<県民>から少なからず「寄付金」(スポーツ山形21への寄付)が寄せられていたわけであるが、今後はモンテへの寄付は「株式会社への寄付」という形になるのだろうか。それともスポーツ山形21への寄付となり、スポーツ山形21から何らかの形でモンテに流されるということになるのだろうか。何れにしても「株式会社への寄付」つまり営利企業への寄付というのは、寄付を呼びかけたり寄付したりする側の意識としてはどうもすっきりしない。
 この“すっきりしない”という感じは、<県民>にとっての“われわれのモンテ”が、ひとつ壁を隔てた存在になってしまったということから来るような気がする。
 話が飛躍してしまうが、敢えて言うと、この問題はある意味であの「東北芸術工科大学合併問題」と同じ要素を含んでいる。地域住民が、入場料とグッズ代のほかに税金と寄付とで支えてきた“山形県のクラブチーム”が、確かに合法的にではあるけれども、地域住民の知らないところで、いつの間にか“誰かさんのもの”になっていくような気配がある。
 この流れに賛成か反対かは別として、また事情を理解していたか理解していなかったかは別として、サポーターや関係者諸氏が2008年の「フルモデルチェンジ構想」のときのように活発に発言しなかったのはなぜだろうか。そのことが気になるといえば気になる。(了)


PS.
 一部のサポーターや山形市及び同市商業関係者らのなかで「新スタジアム建設問題」が論じられているが、これに対して高橋社長は近々クラブとしての考え方を示すと言っている。この結果が、たとえば「新スタジアム建設」という方針で、それに応分の県負担を求めるということになったとき、県(つまり吉村知事)とクラブ運営会社(つまり高橋社長)の関係に、さらに距離が生じてしまうような気がする。これが杞憂であることを願いつつ擱筆する。
                                                                                                  
                                                                                      



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