2009年11月26日

「ギー・ドゥボール特集」感想(続き)






 前回の続きである。
 もう一度断っておかなければならないが、上映環境が劣悪だったこともあり、眼の悪いじぶんは、ナレーションにつれてどんどん切り替わる小さな字幕の内容を、うまく読み取っていくことができなかった。その分、映像の視認もおろそかになっていたと思う。
 また、すでに記憶もかなり曖昧になっている。木下誠氏の解説についても、じぶんのメモに拠っているので、正確さに欠けると思う。そのへんを割り引いて読んでいただきたい。











●『映画「スペクタクルの社会」に関してこれまでになされた毀誉褒貶相半ばする全評価に対する反駁』
 
 「スペクタクルの社会」は1974年5月に公開され、映画界や新聞・雑誌などで激しい反響を巻き起こした。題名どおり、それらの批評に反駁するため、75年に製作・上映された22分の作品。
 ただし、じぶんの記憶では、この作品の印象は薄い。作風がこれまでの方法を踏襲していたからだと思う。
 また、音声で、ドゥボールが論理的にどういう反論をしていたかについても記憶がない。
 「OUTSIDE IN TOKKYO」(http://www.outsideintokyo.jp/j/news/guy_debord.html)には、この作品について、
 「映画の専門家たちはそこには悪しき革命政治があると言い、人を欺くあらゆる左翼の政治家たちはこれを悪しき映画だと言った。しかし、革命的であると同時に映画作家であるとき、人は次のことを容易く証明することができる。彼らすべての辛辣さは、問題とする映画が彼らには打倒できない社会の正確な批判であり、彼らには作ることのできない最初の映画であるという明白な事実に由来しているのである」というドゥボールのコメントが掲載されているが、こんなことを言っても強がりにしか聞こえず、何も言ったことにならない。作品のなかでも、こんな程度のことしか言っていなかったような気がする。というか、覚えていない・・・記憶に残らない程度の「反駁」だったということか。

 しかし、木下氏からは、こんな話があった。
 この作品は、1974年にメディアに現れた批評への反論である。
 ドゥボールは、自分の映画について、紙上やテレビなどのメディアで語ることがなかった。彼は、自分が批判しているスペクタクルの中に登場することを拒否していた。
 1968年の「五月革命」と異議申立て運動の敗北後、メディアには沢山の知識人が登場し、運動についてはもちろん、ドゥボールの映画についてもあれこれコメントした。
 また、“ヌーボー・フィロゾフ”と言われる、メディアで活躍する哲学者らが脚光を浴びるようになる。政府は、大学改革として新たな大学を設立し、デリダやドゥルーズなどもそこで教鞭をとった。
 知識人の質が変化していった。68年を担った世代が、大学を出てメディア社会や公告産業などに入っていく過程は、異議申し立て運動が様々な既存社会の分野に回収されていく過程でもあった。このことにドゥボールは危機感を抱いた。
 1974年には、ポルトガルで革命が起こった。イタリアでは、アウトノミア運動(労働者自治運動)やフェミニズムのほか、地域運動などが様々な形で拡がりつつあった。しかし、その一方で、イタリア共産党とキリスト教民主党が「歴史的妥協」を行い、これらの運動を押えつけようとする動きが出てきた。
 この作品では、消費社会が様々な無意味なものを生み出していると述べている。


●『われわれは夜に彷徨い歩こう、そしてすべてが火で焼き尽くされんことを』(1978年、上映時間105分)

 1977年に撮影され、78年に完成したドゥボールの最後の作品。初上映は、81年5月。
 タイトルからして、ずいぶんと抒情的で、ニヒリズムの匂いがする。そのうえ、ラテン語のタイトル“In girum imus nocte et consuminur igni”は、回文になっている。(回文とは“たけやぶやけた”のように、前から読んでも後ろから読んでも同じになる文のこと。)

 またまた「OUTSIDE IN TOKKYO」から引用すると・・・・
 「既存映画の転用において使用された作品:『赤い砂漠』(ミケランジェロ・アントニオーニ)、『悪魔が夜来る』(マルセル・カルネ)、『天井桟敷の人々』(マルセル・カルネ)、『オルフェ』(ジャン・コクトー)、『進め竜騎兵』(マイケル・カーティス)、『第三の男』(キャロル・リード)、『壮烈第七騎兵隊』(ラオール・ウォルシュ)ほか。
『ギー・ドゥボールのすべての映画作品の中で、この作品が間違いなく、もっとも美しく、もっとも完成された作品であるといえるだろう。様々なフィクション映画の抜粋やニュースの断片、あらゆるところから集められたえ映像資料がぎっしりと織り成されている網目を通して、本作は、芸術性と政治性が分かちがたく結び付いているドゥボールにおいて、まさに遺言と言える作品であるだろう』(ティエリー・ジュス)」

 さらに、特集のパンフレットから引用すると、
 「1972年から77年まで滞在したイタリアを政治活動のために国外追放されたドゥボールが、50年代以降の自らの活動とその姿勢を省察する『自伝的』な作品。(中略)個人の生を忘却の闇へ消し去ろうとする制度的な歴史に対して抵抗する、ドゥボールの声と直接に生きられた青春。これまでの作品と同様に多くの転用を用いているが、ヴェネツィアの運河をとらえたパン・ショットやセーヌ川の航空写真、李白、ヘラクレイトス、オマル・ハイヤームのテクストに顕著なように、『水』、『流れ』、『循環』といった主題が軸となり、映画として抒情的な側面を生み出している。」
 

 たしかに「ギー・ドゥボールのすべての映画作品の中で、この作品が間違いなく、もっとも美しく、もっとも完成された作品である」と思わせる。詩的なことばが流れ、まさに「抒情的」な印象を与える。
 これは“完成された作品”なのかもしれない。・・・しかし、この場合、“完成された作品”とは、「スペクタクル」に変成された作品という意味でもあるだろう。そもそも公表される「自伝」とは、幾許かは自己のスペクタクル化でもあるのではないか。(ドゥボールは、他者による自身のスペクタクル化については、これを生涯拒否し続けたのではあるが。)
この作品は、ちょっと間違えれば、映像詩人の来歴とその思想を描いた凡庸な「映像詩」ないしは「構成詩」ということになりかねない。
 ドゥボールは、自分の批判が自己に向かうという視線を持ち得ていたのだろうか、という疑問。あるいは、反美学・反芸術主義を貫いたドゥボールも、やはりこういうところに来てしまうのか・・・という想いを抱かせられる。

 いや、むしろドゥボールはこのことに自覚的であったかもしれない。
 相変わらず「転用」される映像は、有名な劇映画のそれであり、ニュース映像(デモやストライキなど)であり、プロパガンダ映像(赤の広場でパレードを観閲するソ連の指導者たちなど)であり、さらには商品化されたエロスのイメージとしてそこそこに氾濫するCM写真(水着姿のカヴァー・ガールなど)である。
 言っていれば、このようなあからさまな「スペクタクル」と自分が撮影した風景の映像をつなぎ合わせて、それに詩的なことばを重ね、自らの軌跡を語るという手法は、作者が内包するジレンマをそのまま表出したものであると看做すこともできる。


 上映会場における木下氏の解説から・・・
 78年に完成したこの作品が81年まで上映されなかったのは、推測するに、ドゥボールがパリを離れ、スペインで亡命生活のような生活を送っていたからではないか。
 この時期、イタリアの歴史的妥協に反対する「赤い旅団」が、キリスト教民主党のモロ首相を暗殺(78年)。西ドイツでも赤軍のリーダーが獄中で殺されるなど、不気味な動きが続いていた。
 ドゥボールは「五月革命」に影響を与えた人物だったため、こうした過激派の黒幕ではないかと看做されたことなどから、スペインで、友人の間を渡り歩く生活をしていた。(彼は、イタリアでキリスト教民主党とイタリア共産党が結託のもと、資本・国家・警察が一体となって新左翼運動を壊滅させるために行っていた「国家テロリズム」を暴露する活動を行い、イタリアから国外追放処分を受けていた。)
 この自伝的な作品で、ドゥボールは51年の『サドのための絶叫』製作以降の活動を、すべて一人称で語っている。『スペクタクルの社会』は転用で構成されているのに対し、この作品は自ら撮影したものが多く、またナレーションには他者のテクストからの引用が多く用いられている。
 4半世紀にわたる自分を振り返り、自らを「スペクタクルの社会」との戦争を生き抜いてきた戦略家として語っている。(ここまでが、木下氏の解説のメモから)


 さて、この特集の最後に講演した、マルセイユドキュメンタリー映画祭ディレクターのジャン=ピエール・レム氏の話のなかに、次のような一節があったように思う。
 「ドゥボールの作品では、フランス語が重要な役割を果たしている。<ことば>は、単純に美学的なものでも、詩的なものでもない。ドゥボールは、自殺(1994年11月30日)のまえに、イタリアの哲学者が語った『言語は、すべてが破壊されたあとに残された手段である』という言葉を記銘していた。」

 ドゥボールは、このように、ことばを最終的な根拠として、「スペクタクルの社会」に立ち向かった。彼の映画作品には、“ことば”への依拠、そして“詩的なるもの”への思想的立脚さえもが看て取れる。
 それは、時代に追い詰められていくシチュアニストの不可避的な成り行きかもしれない。
 「分離」を否定するドゥボールのように、ラジカルな革命思想を持ち続けることは、大きく言って、ふたつの意味で困難さに見舞われる。
 ひとつは、“時間は経過する”ということである。真にラジカルな革命思想を、ひとは持ち続けることはできない。ひとが、関係において「革命的」な思想を持ち続けているとすれば、それは思考が硬直し、「革命的」行為乃至表現が自己目的化した代物であるか、または、幾許か現実に妥協した、つまりは、ひとが日常の関係というものを継続して生き続けるその時間性に妥協した(必ずしも“根源的批判”ではなくなった)思想であるか、そのどちらかである。
 ふたつには、ラジカルな革命思想は、―この場合、それは“ラジカルな批判思想”と言い換えられるが―は、本性的に、激しく<自己言及的>だからである。それは、一途な人間に対して、自家中毒症を発症させる。
 “ことば”は、そして“詩的なるもの”は、この革命思想の生真面目さやその陥穽から、良くも悪しくも、ひとを救う。ギー・ドゥボールのことばがそういうものだったかどうか、彼の著作を読んでいないじぶんは知らないのだが。



<山形国際ドキュメンタリー映画祭における「ギー・ドゥボール」特集の意味について>

 だいぶ長くなったので、この辺で、この映画祭においてこの特集が企画されたことの意義について、じぶんの感じたことを記す。

 じぶんが、映画や映像に対して、基本的に疑い深い視線をもっていることは先に述べた。
 2009年で10回を数えたこの「ドキュメンタリー映画祭」に対する視線も同質のものである。
 じぶんは、この映画祭からいくつかのものを学び、その意義を小さくないものとして認めている。
 だが、端的に言ってしまえば、この映画祭には“批評”が存在しない。映画祭の運営サイド(ボランティアも含む)や様々な形で関わるその筋の専門家(ディレクターや評論家や映画作家及びその卵たち)や愛好者たちを含めて、関係者から、まともな作品批評(批評というのは、もちろんまともな批判ということであるが)を見聞きした例(ためし)がない。
 乱暴な言い方でその理由を指摘してみれば、ここに集う人々はみな、どこかで映画の力を信じていたり、あるいは映像作品をそれ自体として価値あるものとみなしていたり、手放しに愛して(!)いたりするからである。
 決して豊かではない山形市民の税金で運営されているのに、映画作家を愛し、保護し、育成すべきだなどという度し難い想い込みや尊大さの裏返しにも見える擬似非的尊敬心から、どうしようもない作品の作家たちを甘やかしている輩さえ散見される。
 もちろん、このような傾向は、この映画祭に特有なものとはいえないだろう。

 ギー・ドゥボール特集は、この映画祭のディレクターの言葉によれば「8年越しで実現した」ということだったが、特集「映画に(反)対して」が、この映画祭に突きつけているのは、皮肉にも(というか、正当にも)映画祭自体に対する根源的な部分での否定であるだろう。
 映画祭の一部としての一企画が、映画を価値あるものとして顕彰する“映画祭”という擬制を鋭く告発する。そのスリリングな試みにひとまずは拍手を送ろう。企画者たちの側にそういう意図があったかどうかは別にして。
 しかし、である。そのことは、とりもなおさず、“映画・映像への根源的な批判”が、映画祭というファッション・ショップの商品棚にきれいに陳列され鑑賞されるという逆説的な悲喜劇をも帰結している。

 あの世のギー・ドゥボールは、それを「スペクタクルの社会」の一現象と看做し、自嘲気味に非難を浴びせることだろう。(了)
                                                                                                                                                                                                                                       
 




                  


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Posted by 高 啓(こうひらく) at 19:09│Comments(0)映画について
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