2014年05月03日

山形詩人ミーティング2014 in 新庄

 去る2014年3月28日(金)、新庄市内の「ニューグランドホテル新庄」において、「山形詩人ミーティング 2014 in 新庄」が開催された。
 これは、『山形詩人』発行者の高橋英司と同誌同人の高啓が仕掛け人となって、県内詩人の近刊詩集及び評論集、つまり、新・日本現代詩文庫『近江正人詩集』(土曜日美術社出版販売)と万里小路譲『詩というテキストⅡ』(書肆犀)の2作品について、忌憚ない批評を交わす場として企画されたもの。各詩人が所属する同人誌の枠を超えた合同合評会である。(ちなみに、「山形詩人ミーティング」というのは山形における詩人のミーティングという意味であり、同人誌『山形詩人』と直接の関係はない。)
 高橋英司と高啓の仕掛けでこのような合同合評会を開催するのは、2012年に続き3回目となる。今回は、山形市を離れて県北の新庄市で開催した。これは同市が近江正人の地元であるため。(なお、万里小路譲は鶴岡市在住)
参会者は全部で15人。うち近江を含めて5人は地元最上地域の在住者だった。主な詩人は、相蘇清太郎、いとう柚子、井上達也、岩井哲、木村迪夫、佐野カオリ、高瀬靖など。
 なお、近江によれば、新庄市でこのような詩人の集まりが持たれるのは「史上初めて」ではないかとのことだった。







 ミーティングは飲食をしながら、自由に発言してもらう形で進行した。まず、高啓が進行役で『近江正人詩集』について、本人から話を聞いた。高啓のメモによれば、近江は次のようなことを述べた。
 近江の詩は、花や動物など生物に取材した作品が多く<命>から説きはじめている。その理由について近江は「若い頃から道元に魅力を感じていた。<道>が与えた影響を考えてきた。高校時代に植物を観てコメントを書き付けるなどということをしていた記憶がある。家庭の状況から抜け出して、外に世界を作ろうとした。孤独な少年時代だった。一人で山に登り、高山植物をじっと眺めながら、それらが咲いている意味を考えてきた。小学生のときから高校生まで、ずっと自分が存在している意味を考えてきた。」
 近江詩集には鉄道員の父親が酔って暴力を振るう場面が描かれた作品もある・・・
「幼いころの想いが突然出てくるのか、形而上的な作品を書きたいという衝動がある。しかし、風土に反逆したら生きていけない。反逆できない。その想いが反転して、風土に反逆する者に反対する気持ちになっていた。しかし、じつは自分は『新庄まつり』を観たことがない。祭りの時はいつも山に登っていた。これではない別の生き方があるはずだと・・・。」
 余計なお世話だが、ここで少し高啓の解説を入れると、・・・新庄は戸沢藩の城下町として栄えてきた最上地域の中心都市。「日本でいちばん天気の良い日が少なく」(近江)雪深い自然環境と保守的で停滞的な社会関係の下にある。一方、「新庄まつり」は約260年の伝統をもつ「山車(やたい)」と囃子の夏祭り。新庄の住民にとっては興奮と熱気に包まれる特別な時空であり、その囃子の音色は人々の心に深く刻み込まれている。地元の人間なら心が沸き立つ新庄まつりを避けて続けていたということで、その孤独の深さが察せられる。
 向日的で命の素晴らしさや最上の風土への想いを詠うような傾向の詩が多い近江作品に、こんな陰の部分があったことを知れたのは有意義だった。

 参加者からの発言は以下のようなものだった。
 「近江詩は日常の感覚に立脚しているが、詩に入っていくときはもっと別の存在にならなければならないのではないか。」(通俗的すぎるという趣旨か)
 「40年以上『ぼく』を使い続けていることに驚く。これから、いつ、どんな形で“老い”を書いていくのか楽しみだ。詩人はこの世界の地質学者のように時間の層を表現していくもの。」
 「近江詩は面白いというわけではない。しかし、節度を曲げないできた。どの作品も美しく、その点では稀有の存在。真壁仁や星寛治らの系譜に繋がる。」
 「“解らなさ”から撤退してしまえば、ポエジーから遠ざかってしまう。初期の『井戸』という詩のなかの“い/ま/わ/の/き/わ”という表現に大きなポエジーの力を感じた。」
 「律儀だなぁという感想。ひとつの事象と対峙したとき心の中にポエジーが生まれるが、それを素直に表現するかどうかということは別の問題だ。もっと多様な在りようがありうるのではないか。」 
 
 最後に、近江詩について高啓が話したのはこんなことだった。
 じぶんも最上に通うようになって、近江詩に頻繁に現れる“命の尊さや自然の息吹”を詠いたくなる気持ちが改めてわかったように思う。最上のひとびとの春の待ち遠しさ、そして春がやってきたときの歓びは名状しがたい。しかし、その反面、比喩表現や事象描写が次々に繰り出されていくため、読んでいて“やかましい”という印象になる。各作品の最終連などに、詩的な比喩がそれ自体で自足してしまう“ポエジーの落とし穴”がある作品が目に付きもする。








 次に万里小路譲『詩というテキストⅡ』について。ここから、進行を高橋英司に交代。
 この評論集は、『詩というテキスト』の続編。万里小路は、「山形詩人」や自らが主宰する一枚誌「表象」(およびその前身の「てん」)において、山形県内など地方の、一般には無名の詩人の作品を取り上げ、継続的に批評を書いてきている。県内詩人たちでは、近江正人、久野雅幸、いとう柚子、芝春也、高橋英司、佐々木悠二、高瀬靖、菊地隆三、本郷和江、高沢マキ。ほかに、新潟県の庭野富吉、滋賀県の北原千代、群馬県の房内はるみ、など。
 ここで万里小路が取り上げて論じている作品は、当該詩人の作品のなかでも光っている作品で、対象の選択それ自体から論者の慧眼が窺える。

 万里小路本人が語ったことは次のようなことだった。
 「無名の詩人たちの作品を論じているのは、“書き手はいても読み手はいない”と言われる現代詩の世界に対して反応したものである。
評論を書くにあたって参照するのは作品だけであり、その他に関係資料等を求めることはしない。私は詩人を論じているのではない。詩集を読み込んで、そこに書き込みをするというようなこともない。
 厳密に言うと、何を書いたのか自分でもわからない。読みとは一時的なもの(一回的なもの)であり、時間が経てば異なったものになる。私はいつも詩の本質を考えている。私にとって読むという行為は能動的な営為であるから。」

 万里小路の評論に対する参加者の発言は、次のようなものだった。
 まず、万里小路によって自分の作品が論じられている詩人の発言。
 「詩集のカバーに対する論評もあり、まさに“Cover to Cover”の批評となっている。個という存在の瞬間の在りようを掬い取っていて、取り上げられた詩人としてはありがたい読みである。」
 「現代文明に対する厳しい目の裏側に、自分でも気づかないところに気づかせてくれる温かさがある。」
 「取り上げる詩人に対して、その詩人に言及した原稿の校正を求めてくる。4回も求められた。私は『あなたが書いているのだからそれでいい』と言うが、それを許さない。だから万里小路の書いたものは、私とともに語っているものだということになる。詩を書く人間と評価する人間との共同作業という感じがする。その批評は詩の発生源に迫ってくる。」
 
 次に少し批評的な観点からの発言。
 「しばしばベルグソンとかハイデガーとかから説き起こしているが、生活のなかからの、素な、日常語に近い位相で表現できたらいいのになぁと思う。印象としては、それぞれ論じられている詩人が際立ってくると言うよりも、論者本人の世界が立ち上がってくる。」

 そして、高啓は次のようなことを言った。
 「文体は、比喩的に言うと、装飾品がいっぱい付けられている建築物という印象。歌舞伎みたいに大見得を切るような表現もある。
 全体が『□□は■■である』という、定義集というか、箴言集というか、そんな感じのものになっている。つまり、どんな詩人の作品を取り上げても、常に自分の定義集を展開できてしまう。これにはプラスの面(つねに本質に切り込める)とマイナスの面(何を取り上げても同じことになる)がある。」

 さて、このように書くと真面目くさって議論したように思われるかもしれないが、場の雰囲気は和やかで、ここには紹介していないが、近江詩集についても万里小路評論集についても参加者は積極的に発言し、しかも高く評価する発言が多かった。進行の高啓が「この会は出版祝賀会ではないので、作者をヨイショするような発言は慎むようにと言っているのに、まだそんなことを言う・・・」と嘆いてみせて、笑いをとる場面もあった。(了)

                                                                                                       







 


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Posted by 高 啓(こうひらく) at 17:14│Comments(0)山形県詩人会関係
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