2007年05月01日

歌舞伎町の夜明け

歌舞伎町の夜明け
 GW連休の前半、新宿を訪れた。

 連休中の日曜日、だが休前日にもあたるこの日の夜、久しぶりに新宿ゴールデン街に廻ってみた。
靖国通りから歩道を入ると、あの長屋街の入り口のところにあったタバコ屋が消えていた。
 そのむかし上京するたびによく通った「トウトウベ」もとっくに看板は架け替えられているので、その長屋の二階のどこだったのか、もはや正確な場所の判別が覚束なくなった。

 だが、相変わらずこの入り口近くの、あるスナック風の店の前には、やはり背丈より少し高い観葉植物の鉢が置いてある。これは20年数年前から変わらない光景だ。あの頃はその陰の暗がりに女装した人物が立っていて、通りかかるいい男に声をかけるのだった。

 やがてバブルの時代がやってきて、ゴールデン街は次第に往時の賑わいを失っていく。そして地上げ屋が入り、長屋の店々は文字通り櫛の歯が抜けるように減っていったのだった。
 私はそれまで一度もこの暗がりから声をかけられたことがなかったが、この時期になるとその人物はもはや選好みしていられなかったのかこの私にも声をかけてきた。
 そこまできているのか・・・と、一抹の寂しさを覚えたことを思い出す。


 「トウトウベ」は詩人の安田有さんがやっていた店だ。
 そこに通うようになったのは、当時私が山形で参加していた詩と批評の同人誌『異貌』に、20代で自死した詩人・立中潤の作品に関する批評を掲載したことが機縁だった。(1982年7月の創刊号から「先験的自立者の憂鬱―立中潤ノオト―」を連載。)

 新宿5丁目あたりだったと思うが、伊藤聖子さんが「詩歌句」というスナックをやっていて、山形県出身のつながりである人に教えられてその店を訪れた。
 そこで今度は伊藤さんから、早稲田大学で立中潤と親しかった安田さんがゴールデン街で店をやっていると教えられ、「トウトウベ」を訪ねたのだった。

 なお、立中潤の作品は、死後、弓立社から『闇の産卵』『叛乱する夢』の2冊にまとめられ発行されている。

 余談だが、伊藤聖子さんといえば、そのころ『新宿物語』という本を出版していて、「詩歌句」は文学者(いわゆる「新宿文化人」?)の間では有名な店だったようだ。
 まだケツの青い田舎の若造だった私が訪ねて行ったときも、伊藤さんは親切に応対してくれた。
 そして、文学青年に見えた?私に気を使ってくれたのか、店の常連だという埴谷雄高や井上光晴が草野球のチームをやっている写真を見せてくれたのを憶えている。
 
 余談の余談だが、それまでに一度だけ埴谷雄高の講演を聴いたことがあった。
 きりりとした輪郭で、あの文体そのままに語る埴谷からはオーラが立ち昇っているように見えたものだ。
 <自同律の不快>を語る埴谷が草野球チームのメンバーと笑顔で記念撮影している俗物的な写真など見たくないと思ったほろ苦い記憶が蘇る・・・。

 ところで、安田有さんが「トウトウベ」を閉めて故郷の奈良県に引き上げてからも、関西出張の折に彼の始めた古本屋を訪ねて行ったことがあった。もう20年も前のことだ。
 安田さんは自宅へ案内してくれ、たまに来店する客の一人に過ぎなかった若い私を、旧い友人のようにもてなしてくれたのだった。
 
 その後、安田さんと私は、年賀状やそれぞれの作品が掲載された詩誌を送り合うだけの関係で推移してきたが、昨年、その安田さんから、彼の主宰する雑誌『coto』へ詩作品寄稿の依頼が舞い込んだ。
 私はよろこんでこれをお受けし、2007年1月発行の13号に「骨髄ドナーは呻き呟く」という作品を発表した。次の号にも依頼されたので、また作品を寄稿させていただきたいと思う。

 さて、新宿では、3丁目の、その昔、クリスマス・ツリー爆弾で爆破されたポリス・ボックスの近くのビルの8階にある「御八」という居酒屋チェーン店で窓際に座り、夜の街を見ながらしこたま飲んだ。
 真向かいの三菱東京UFJ銀行は、休日のために全館消灯のままだった。
 
 ・・・なぜか急に、新宿がつまらない街に見えた。新宿がつまらない街に思えたら、東京全体がつまらない街になってしまうのに・・・。

歌舞伎町の夜明け 
 
 歌舞伎町の新宿プリンスホテルでは、夜明けにカラスたちの声で目が覚めた。

 ビルの海に真っ赤な朝陽が昇る・・・・。夜の新宿は人間の欲望が渦巻く世界だが、夜明けから昼前まではカラスたちの嬌声が覆いつくす世界なのだ。


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Posted by 高 啓(こうひらく) at 19:57│Comments(0)歩く、歩く、歩く、
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