2007年12月18日

「山形詩人」59号



 『山形詩人』59号(2007年11月20日発行)に、詩「初期詩篇2 ジャンへの手紙」を発表した。


 なお、同号に、大場義宏氏がまたまた高啓批判の文章(「詩人としての真壁仁論デッサンの試み〜『日本の湿った風土について』のあたりで〜 三 」)を寄稿し、そこで今度は、高啓が東北芸術工科大学東北文化研究センター発行の『真壁仁研究』第3号に寄稿した「真壁仁・その<夜>の顔」について論難している。

 この「真壁仁・その<夜>の顔」は、『真壁仁研究』第3号の編集上の企画として設けられた「詩作品鑑賞」というコーナーに、編集委員の木村迪夫氏から依頼されて寄稿した短い文章である。
 私を含めて8人の詩人がそれぞれ真壁の詩作品から一篇を選定し、それについて論評するというもので、各執筆分量は見開き2ページを使い、その2ページを通しで、上段に取り上げた真壁の詩作品を掲載し、下段にそれに関する論評を掲載しているものである。(写真参照)





 私・高啓は、先に『山形詩人』57号で大場氏が行った高啓論文(『真壁仁研究』第7号掲載の「ぼくらにとって<真壁仁>はどういう問題か」)への論難について、同58号で反批判(「他者非難によるデッサン法の不毛について」)を行い、そのなかで大場氏の読みに牢固な先入観念による誤読と曲解があることを具体的に指摘していた。
 だが、大場氏は自ら論争を仕掛けておきながら、同59号の前掲文章でこの高啓の反批判の内容に全く触れず、唯我独尊とでもいう具合に論難を拡大させている。

 『山形詩人』59号における大場氏の高啓批判は、一言で言えば、大場氏が高啓論文(上記「ぼくらにとって<真壁仁>はどういう問題か」)の真壁仁批判に対抗できる論理的反論をなそうとしてなしえず、そこで高啓が『真壁仁研究』第3号に寄稿した「真壁仁・その<夜>の顔」における詩作品「夜の噴水」の解釈や鑑賞に難癖をつけて高啓を貶め、もって高啓による真壁批判論の全体を誤ったものだと印象付けようとしているもののように見える。

 自分の言いたいこと(大場氏の場合はそれさえ明確ではないが)を正当化するのに、意見を異にする他者をひたすら否定してまわるという方法が不毛であることは『山形詩人』58号に寄稿した「他者非難によるデッサン法の不毛について」において明確に指摘しておいたし、この態度を改めないかぎりまともに相手をする気はないことも闡明しておいた。
 したがって、高啓はいまのところこれ以上大場義宏氏の論難に付き合う気はない。このことを改めてこのブログで明確にしておきたい。(このブログ、遅々たる更新なのになぜか最近、多い場合は一日に百数十カウントもアクセスがあることがあるので・・・)

 ただし、ひとつだけ説明しておきたいことがある。
 それは、『真壁仁研究』第3号に寄稿した「真壁仁・その<夜>の顔」という文章の性格についてである。
 上述のように、これは作品鑑賞のコーナーなので、本来、筆者が選定した真壁の詩作品について具体的に解釈や鑑賞を叙述すべき場所であるのだが、私はこの寄稿の機会を戦略的に活用したのだった。
 以前から、『山形詩人』同人など周囲の人々との間で真壁仁に関することに話が及んだ折、私は彼に対する批判的な見方をかなり辛辣に述べていた。
(たとえば土曜美術社出版販売発行『詩と思想』2003年3月号掲載の座談会「山形の現代詩は今?」参照。ただし、ここでは、談話を取りまとめた高橋英司氏の手によって、高啓の真壁仁に関する言及部分はかなり省略されている。)
 私は、真壁をもっぱら肯定的に評価しようという意図の下に発刊される(ように見えた)『真壁仁研究』の編集者たちから真壁を批判的に論じようとしているじぶんに原稿依頼がきたことを奇貨ととらえ、この、たぶん最初で最後となるであろう機会に、真壁に対する批判的見地を概括的に述べ、かつはなるべく読者の印象に残るかたちで定立させておこうと考えたのであった。
 したがってこの文章は、実質1ページという与えられたわずかな字数のなかで、じぶんが真壁をどのように見定め、その思想的・文学的・地域社会的な営為の問題点がどこにあるかを、きわめて簡潔に、悪く言えば決め付け型・紋切り型で述べたものである。

 いわば“<真壁仁>という問題”を提出する素材として真壁の詩集『日本の湿った風土について』から「夜の噴水」という作品を取り上げたのだが、ところで、この作品はモダニズムの影響の下に暗喩を多用しており、「農民詩人」と称されたイメージとはかけ離れた印象を与える、真壁としては異色の作品である。
 ここで多用されている暗喩のそれぞれをどのように解釈するかによって、この作品の受け止め方は大きく異なってくる。
 私は、しかも、この解釈と鑑賞という機会を戦略的に活用した。だから、この詩の解釈についてじぶんの見方の排他的正当性を殊更に主張する気はない。そもそも詩の解釈は人によって多様になされうるものである。
 しかし、と同時に、ここで私がこの作品について述べたことは、戦略的発言としての性格だったこととは別に、解釈と鑑賞それ自体としても成立しうるものであり、改める必要を感じていないことを表明しておきたい。


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Posted by 高 啓(こうひらく) at 19:08│Comments(0)作品情報
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