2013年07月28日

大急ぎ サロベツ原野行(その5)






 旭川駅で「スーパー宗谷」から降りると、新しい駅舎が迎えてくれた。
 目を引かれたのは、エスカレータで1階に下りてくるところの大きなフロアの両側の壁一面に嵌められた細長い木製のプレートである。膨大な量のプレートの一枚一枚にアルファベットで個人の名前が記載され、一連番号もふられている。駅員に尋ねると、これは旭川市民に一枚2,000円の寄付をもらって作成したものだという。感心したのは、市民個々人の名前を駅舎に刻ませることで駅舎は自分たちのものだという意識を持たせようとしたその発想・・・ではなくて、一枚一枚に通し番号を振ってある点である。高く広い壁面のどこに自分の名前が刻まれたプレートがあるのか、上の方は双眼鏡でもないと判別できないのだが、予め自分のプレートの番号を知らされていれば、ああこの列の何枚上に自分の名前のプレートがあるんだ・・・と当りをつけることができる。
 ところで、余計なお世話と言われるだろうが、どうせ寄付を募るなら一枚5,000円くらいにして、儲けを出しておけばよかったのに、と思った。(笑)
 旭川駅は、ホームへ連絡するエスカレータの周囲の壁面などにも工夫がなされていて、駅舎全体が洗練されている印象を受けた。もっとも、北海道は札幌や旭川などごく一部の都市とその他の地域の都市化の度合いの落差が大きすぎるから、ちょっと間違うと厭味な印象を与えてしまいそうでもある。

 旭川動物園に行くには、駅前のバス停から市営バスに乗って40分もかかる。これだけ人気が出ている割にはバスの本数が少なく、平日でも満席で40分も立ったままになる乗客が少なくない。幼い子どもや高齢者、そして妊婦も見かける。アクセス面でもう少し来客に配慮があってもいいだろう。
 バス停で待っていると、たくさんの家族連れが並んだ。その半数以上は中国系の人々だった。園内にもずいぶんアジア系の外国人が多いなぁという印象だった。いまやこの動物園は国際的な観光資源となっているようだ。







 さて、園内を見て回って、たしかに工夫された素敵な動物園だという印象をもった。
 この動物園は「行動展示」という画期的な手法を採用したことでマスコミにたびたび取り上げられ、また何冊もの書籍で紹介されているから、詳しい説明は省く。
 この動物園を一躍有名にしたのは「あざらし館」の行動展示だと思うが、まさしく立体的に工夫された構造の水槽をアザラシたちが活発に泳ぎまわる姿を見ていると、つい時間を忘れてしまう。
 1枚目の写真は「ほっきょくぐま館」で覗き窓から外を眺めたとき、ちょうどよくホッキョクグマが近づいてきたのでそれを撮影したものである。
 ここの行動展示では、三次元空間の構成にとても工夫が凝らされている。「もうじゅう館」ではヒョウが木を登って観客のすぐ目の前までやってきたり(2枚目の写真)、「ちんぱんじー館」ではチンパンジーが木の上のように作られた居所で赤ん坊を抱く姿を間近で見ることができたりする。(3枚目の写真)
 オランウータンが上空のロープをリズミカルに渡る様子には見とれてしまうし、「両生類・は虫類舎」ではアオダイショウが客のすぐ頭の上の網の通路を渡って(便を引っ掛けられないよう注意!)、反対側の部屋のカエルを襲いにいく姿にも新鮮な驚きを感じる。(4枚目の写真)







 こういう部分以外でも、この動物園の高感度を上げている点がいくつか目に付いた。
 1つめは、行動展示を見る観客の側が立体的に移動できるように展示スペースが構成されている点だ。
 「おらんうーたん館」におけるオランウータンのロープ渡りや「でながざる館」におけるテナガザルの動きなどはそれ自体見ていて面白いが、これらの展示スペースではもっぱら地面から上空を見上げるだけである。しかし、「あざらし館」「ほっきょくぐま館」「もうじゅう館」「ぺんぎん館」などでは、観客の視点が立体的にいくつか設定できるように施設の構造が工夫されている。また、各施設の配置が敷地の傾斜や起伏をうまく利用して構成されているので、「もうじゅう館」「オオカミの森」「エゾシカの森」などでは、見物人は順路を歩いていくだけで立体的に視点を移動させていくことになり、自分のイメージのなかで自然にパノラマ的な空間を体験することになる。
 2つめは、職員の手作りの看板、解説プレート、情報掲示板などが、とても親しげな印象を与えていることである。ここまで有名になったのに、あくまで地元の旭川市民をメインの対象として、市民に末永く愛される動物園を追求しているという印象である。また、その手書きのタッチが絶妙で、動物たちを愛し、丁寧に世話をしている職員たちのイメージをとても身近なものとして伝えてくる。
 3つめは、行動展示によって動物たちが動き回ることもあるが、それ以前に各個体が檻の中にしてはとても生き生きしているように見えることである。これは飼育員の努力の賜物だろうが、一種類の動物の個体数を最低限に絞って展示していること(あるいは最低限の個体数しか飼育していないこと)にもよるかもしれない。
 たとえばキリンのコーナーは他の平凡な動物園と同じかそれ以下の環境の施設であるように見えたが(キリンやカバの施設は別の場所に新築中だった)、それでもそこでオスとメスが寄り添う姿には見入ってしまった。写真ではよく分からないかもしれないが、たっぷりと時間をかけて、メスの股間から太腿のあたりをオスが鼻先や舌で丁寧に丁寧に愛撫し、それにメスが目を細めてじっと感じ入っている。その姿はエロいといえばエロいのだが、なにかとても癒される感じがしたのである。
 4つめに、これは考えさせる展示という観点からであるが、エゾシカのいる区画のなかに野菜畑を作り、そこを電気柵で囲っている展示に注目した。北海道ではエゾシカの食害による農作物や生態系の被害が大きいこと、そしてその食害から農作物を守る手立てが(捕獲=駆除以外にも)あるのだということを観客に伝えようとしている。
 広大な農地で土地利用型農業がおこなわれている北海道で、電気柵による野生鳥獣被害の防止がどの程度の効果を上げられるかかなり疑問だが、動物園としてこのような展示で野生鳥獣との関係を見物客に考えさようとしている点は評価したいと思う。







 さて、誉めてばかりではつまらないから苦言をひとつ。
 オランウータンの「もぐもぐタイム」(というのか)で解説する飼育員の話は、マイクの音響が割れて擦れてずいぶん聴き取りにくかった。大勢の観客が注目していたが、その注目度ゆえか、解説者は音響の不調など関係ないという感じで、早口で滑舌もよくない喋りをルーティンワークのように繰り出すだけだった。飼育員とオランウータンとのやり取りは工夫されていて面白いはずなのだが、いまいち楽しめない。解説者とオランウータンにとってはルーティンワークであろうとも、観客にとっては一生に一度の機会かもしれない。水族館の海獣やイルカのショーのような演出は不要だが、もう少し観客を意識してパフォーマンスをしてほしいものだ。

 この動物園に滞在したのは3時間あまりだったが、あっという間に帰りの時刻がきて、慌てて旭川駅行きのバスに飛び乗った。
 相変わらず「特急サロベツ」は運休だったから、旭川発の「スーパーカムイ」に乗り込み、陽が沈む前に札幌に着いたのだった。(次回に続く)
                                                                                                                                  

  

Posted by 高 啓(こうひらく) at 01:33Comments(0)歩く、歩く、歩く